極上マリッジ 20






「お菓子しか作らないって云ってたわりにはやっぱり、手慣れてますわー」
三人分のサラダうどんと、菊田さんが買ってきてくれたプリンをダイニングテーブルに配膳すると、菊田さんは感動したように云う。
「もーぼっちゃまが付き合う女性は、お米を洗剤で洗うぐらいのことをしそうな女性がいましたもの」
ああ、そういう人はいます……、あたしのところにも電話かかってきますよ『お米って、洗剤で洗っていいんだよね〜』なんて電話がさ。そのたびにふざけんな! と怒鳴り散らす。
でもそう云う女子に限ってモテ系なんだよね。
お米のとぎ方をレクチャーしてやったら『えー、手を突っ込んでかき回す? ネイルはげちゃうよ〜』なんて云うわけですよっ!
あんまり怒鳴ると、莉佳は怒りっぽいから〜とか云われかねないので、『世の中には無洗米という大変便利なお米もあるのでそれを使うように』と、その手のタイプには勧めている。自分の為に、そしてその米を食わせる相手の為にもね。
「菊田さん」
鳴海氏は菊田さんの発言を窘める。
「あら、さっきも莉佳様には云いましたけれど、そう云う女性はいまのところはございませんので安心してください」
ああ、鳴海氏はそこを気にしたのか。
そんなの、別にいても心配なんか……心配なんか……しない……多分……。
そんなことよりも。
「菊田さん、莉佳『様』はやめてください。ガラじゃないんで、それと、ここの近所のオススメのスーパーってどこですか?」
「あらー、申しわけありません、もう明日のお昼分まで買い足してしまいましたわ。明日の夕方ご案内します。でも、つわりがきついようなら、あんまり無理なさらないで、わたくしにご連絡ください。お手伝いさせていただきますよ」
「別に妊娠は病気でもないので、そんなに甘えるわけにはいきませんから」
「……」
「何か?」
「すごいわ……」
「はい?」
「かなり庶民的感覚のお嬢さんというか……、信悟様の奥様の美紀子様も、奥様も、お若い頃からお料理は苦手でらしてね、今でも苦手でらっしゃるんですよ。ぼっちゃまのお嫁さんも、きっとそうかなと思ってたものですから……」
もしかしてコメを洗剤で洗おうとしたクチなんでしょうかね。
きっと料理はお抱えシェフに任せて〜なんてセレブなご家庭だったんだろうなぁ。それはそれで羨ましいけれど、あたし、やっぱり人に『美味しい』って云ってもらうの好きなんだよね。
パティシェになってからは、そう云ってもらうようになって、結婚なんてしなくてもその言葉は貰えるようになってしまったし……。
「莉佳様……じゃなくて、莉佳さんはスーパーよりも先に探さないといけない場所があるでしょうし」
「?」
「病院ですよ。ここの近くの産院で?」
そうだった。明後日からやってるところあるのかな? 病院て。
来週まで休みのところもあるんじゃないのかな?
どうしよう。産院ってころころ変えちゃいけないもんなのかな?
いや、でもTVとかで緊急出産したーとかドキュメントとかニュースでやってるし……。
オカンが生きていたらなー。
莉紗姉も優莉ができた時、ちょっとはあたしみたいに思ったかな?
でも。病院か……。
「どうした莉佳」
「まずかったかしら? もう食べられないですか?」
「いえ、そうじゃなくて……」
「少し、お休みになられます?」
「さっき、休んだばっかりですよ」
「おなかの赤ちゃんの為にも、無理はいけないんですよ」
……おなかの赤ちゃんか……。
やっぱ妊娠してるからホルモンの影響かなんかで思考がマイナスに働くのかな?
普通の場合は、こういう状況なんだし、相手もウェルカムなんだからとっとと結婚のことも出産のことも前向きに考えるべきなんだろうけど。
「散歩もだめ?」
食べた食器を片づけながら菊田さんに尋ねる。
ここの土地勘わからないし、いろいろ歩いてみたい……。
「まあ、それぐらいなら……」
よし、じゃあ、行こう。
んーでもなー途中で吐き戻したらどうしよう……。
いや、ちょっとなら行ける気がする。
なるべく気にしないようにしてれば平気だよね。
出発前に、口の中をスッキリさせたいので歯磨きして、グロスをつける。
ミニトートにお財布とハンドタオルと化粧品と携帯だけ入れた。
あたしが玄関に行くと、菊田さんがついてくる。
「菊田さん、俺が一緒だから、いいよ」
「あらあら。ご近所デートですか、ごゆっくり」
はいいいい!?
ちょっと待て、あのね、あんたと離れて今後のことをここら辺を散策しながら、じっくり考えようとしてたんじゃないのさー!
あんたがいたんじゃ考えもまとまらないってゆーの!!
「行こう、莉佳」
鳴海氏はとっとと、玄関にたってドアを開ける。
菊田さんから声がかかる。
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
あたしは鳴海氏に背を押されてドアの外へ出た。
「具合はもういいのか?」
「多分……今のところは平気みたい……よかったのに、別にこなくても……」
「俺も気分転換が必要だった」
「お仕事の?」
「そう」
エレベーターに乗り込むと、鳴海氏はボタンを押す。
黙ったまま、並んで立っていると、鳴海氏があたしの手をとる。
ギュって、指を絡めてくる。
そうされると、体重も気持ちも全部預けたくなる。
「何?」
「ううん……なんでもない」
いいのかな? ほんの少しだけ体重を預ける。鳴海氏を見上げた。
そしたら、彼は、あたしの額に唇を押し当ててきた。
彼の瞳に、あたしの戸惑った顔が映ってる。
エレベーターで思い出した。
あの日のキスを。
お見合いの日のホテルのエレベーターの中でしたキスを……。
がっちりと肩を掴まれて抱きすくめらてしたキスを……。
鳴海氏の顔が、あの時と同様に近づいてあたしの唇に唇を重ねる。
あの日は、あたしを逃がさないようにして抱きしめてたけれど、今は、手をつないだままで……。
あたしがもう逃げないって、想ってるのかな?
こんな風に近くにいて、キスされると、あの日みたいに抱きすくめられていなくても、もう、気持も身体も離れがたいなって思う。
見えない力で引き寄せられて、反発とか逃げ出したい気持ちとか、綺麗に消えてしまっている。
胸が苦しくなるぐらいに、この人が好きって気持ちが溢れてきそう。
ほんと、ずるいよ。
あたしばかり好きなんじゃん。
好きじゃなくても、キスできるのかな……男の人は……。
それとも、あたしのこと、好きだから?
エレベーターが一階に停止すると、鳴海さんはキスを止めてくれた。

 

「莉佳はどこを見たい?」
「……商店街とか……近くの公園とか……普通に散歩してみたいんだけど」
あたしがそう云うと、鳴海氏は、マンションは緑地化が義務づけられているから、公園は併設されて、そこで小さな子供遊ばせている住居者もいるらしい。
あと、このマンションにはいろいろと施設が入ってて、キッズルームがあるとか。子供が産まれたら、利用できるよと説明してくれた。
ぶらぶらと昼下がりの、あたしの知らない街並みを歩いて、商店街とかも案内してくれた。大き目のスーパーは駅前にあって、あたしは商店街の中にある本屋に足を向ける。
「本屋に行きたい」
「いいよ。莉佳は何を読む?」
「えー普通に、なんでも、莉紗姉はね、時代劇っぽい小説を読むの、あたしも借りる。あとはミステリーとかかな」
「ある程度なら、俺の書斎にあるぞ」
そうなんだ……でも、今日は小説じゃなくて、ハウツー本のコーナーを回って、育児関連の棚の前に立つ。
こんにちはあかちゃんとか、初めての妊娠出産とかの背表紙を見て、いくつか取り出してはパラパラとめくる。
「それがいいのか?」
「そ、それはその……やっぱりわからないことばかりだし……」
「あれは? た○ごクラブとかは?」
「えー?」
「それも買っとけ、あと、そうだな……」
鳴海氏は赤ちゃんの名前の本とかの類をいくつか見て、分厚いその手の本も手にする。
「一冊ぐらいあってもいいだろ」
「……うん」
育児関連の雑誌やムックを手にして会計をしようとする。
「ちょ、あたしが買うのに」
「いいから」
さっさと会計を済ませて紙袋を持ってあたしの手を引く。
もーあたしが買いたかったのにー!
「何ふくれてるんだ」
「あたしが買いたかったの」
「そう云うと思ったから、だから買ったんだよ」
意地悪なのか!?
あたしの表情を見て、鳴海氏はクスクス笑う。
「なあ、莉佳」
「何?」
「ゼ○シィも買っとけばよかったんじゃないか?」

それは絶対に買いたくないわ!

あたしの心の叫びを読みとったのか鳴海氏はまたひとしきり笑っていた。