Fly by the invisible wing10




「なんだって女子バスケ部まで巻き込んだんすか?」
吉住が無関心を決め込めないで、質問をする。
その質問に筧が答える。
「ただでさえ運動部の中では肩身の狭い男子バスケ部だから、マネを公募するなら女子バスケ部に協力してもらうことによって、女子バスケ部にも有望な人材を発掘できればいいかなと」
「それで、女子バスケ部から人員が流出して、またウチの評判ガタ落ちするんじゃないっすか?」
「流出?」
「篠塚センパイとか、桜庭センパイとか、藤咲センパイとか目当てで女子バスケに入った人間が男子バスケのマネができるならそっちに転向しようっていう人間いるでしょ?」
「そういう人間は、すでに女子バスケにはいないらしから。入学当初はいたけだろうれど、もう7月間近の現在で、そういう部員はとっくに退部届けだしてるだろうさ」
女子なりに活動内容はヘビーらしい。
新学期から早3ヶ月、運動部系の活動は本格的になっていく。
吉住のいう軽い動機の新入部員は脱落して、他の部、主に文化系のクラブに席を移すか、帰宅部になるかだ。
「ああそう、とりあえず、バスケ部は男子も女子も弱小だから協力しあうってことなんすね」
「少人数精鋭、ただ、サッカー部や野球部ほど部費は多くないだけ」
「それにしても筧センパイ」
「うん?」
「このペーパーテスト、難しくないっすか?」
「葛城なら解けるだろ?」
「ハナっから雪緒サン基準っすか?」
「本来なら葛城だけがウチにくればいいだけの話、なのに、篠塚は頑固だしあのとおりの性格だしな、公正さが大前提なんだと」
「だけど結局出来レースってワケね」
「なんだつまらなさそうだな」
「別に」
「吉住はあ、雪緒の傍にいる沢渡さんに入部して欲しいんだよー」
ボリュームを落としてはいるものの、聞こえる声で筧に耳打ちするのは桜庭だった。
「いいだろー、そういうの」
「昨年、篠塚が一掃したけどさ、そういうのも青春だよな」
「てか、そういうのが青春だよね」
先輩たちがニヤニヤしながら、吉住を見るが、当の本人は呆れたような表情で先輩達を見返す。
「篠塚センパイが青春でしょ、惚れた女を傍に置きたいだけなのに、こんな回りくどいことして」
吉住の言葉に筧は頷く。
「まったくだ」
「テストができても、問題は実技だよなあ」
桜庭も呟く。
「実技?」
「女子部の選手と1ON1でゴールできればOK。ほんと篠塚、公私混同はしないよな」
「……それって……もし、雪緒さんが実技の途中でぶっ倒れたらどうすんの?」
「わかんね」
「だけど、今朝、偶然正面玄関で葛城に会ったが、本人は結構ヤル気だったぞ」
やる気があるのは結構だが、もし倒れたら責任問題じゃないのか?
雪緒ならば多分大丈夫だとは思うけれど、あの身体がどこまで動くのだろうか。
それに……。
全然関係ないのに、何故か泣きじゃくった陽菜の顔を思い出して、吉住は溜息をついた。
 
テストは放課後に行われた。
篠塚と大野、そして筧が立会い、その他は体育館にて練習が行われている。
この公募に協力した女子バスケ部の部員は、雪緒を知っている者もいて、テストが始まる直前に、「どうせ、バスケ部、人数すくないないんだから、女子部のマネも兼務させたい」と篠塚に申告した一幕もあった。
それはあきらかに雪緒狙いなのだが、大野がとりあえず、トータルでみてから決めようとその場を治めたようだ。
陽菜も雪緒と一緒に参加。
参加者は十数名、時期はずれの運動部マネの公募にしては、やはり人数的に多いほうだった。
テストが終ると、体育館に移動して、1ON1の3ゴール先取を実技でやる。
「ユキさん、大丈夫?」
陽菜は雪緒の横顔を見る。
「うん、今日は凄く体調いいんだ、陽菜ちゃんも頑張れ、一緒にマネやろう」
陽菜はペーパーを受けていた時点で、気持ちの変化がはっきりしていたのだが、とりあえず、実技もひととおりやってから、考え直そうと思った。
篠塚を見ると、篠塚は女子部と男子部の今回のスタッフに囲まれていている。
雪緒のことを心配していないのだろうか……。
他の参加者は、女子バスケ部のメンバーにかなうはずもなく、1ゴールだけ奪取できればそれは、いいほうだった。
陽菜は名前を呼ばれる。
―――――どうしよう、絶対シュートなんか入らないよ……。
雪緒を見ると、雪緒はギュウっと陽菜の掌を包み込んで握り締める。
「大丈夫、落ちついて」
「……」
「シュートできる瞬間が必ずあるから、陽菜ちゃんは大丈夫、ちゃんとゴールに向って飛べる」
いつものように、女の子にしてはやや低めの雪緒の声に、陽菜は頷く。
男子バスケ部のレギュラーも、練習を切上げて、このテストに注目していた。
陽菜はそのギャラリーの中に吉住を見る。
吉住は自分の手首を陽菜に見せて、指をトントンとさしている。
以前、居残りでシュートの真似事をしていた時の、吉住の言葉を思い出す。
―――――あ、……手首を効かせて……肘膝、効き側が1本のラインになるように……。
ボールを持ってコートに立つ。
―――――あとは……集中力だ。
ドリブルを阻む堅いディフェンスを強引に割り込むと、ゴールがある。
誰もなんの邪魔もない。
陽菜はシュートフォームに入り、手首を効かせて、ゴールにボールを押し込んだ。
3回のうち3回、まったく同じパターンでのゴールを狙う。
力技でディフェンスを打ち破って、シュートを狙う。
多分、実技で一番パワフルな動きをしていたのは陽菜だと思う。
シュートは2回成功したけれど、動きがパターン化していたので3回目は、バスケ部のディフェンスに阻まれて、失敗してしまった。
が、陽菜自身も納得のいく内容だった。
健闘を称えた拍手に照れ臭さを感じる。
でも、その拍手が少しづつ消えて、シンとした緊張感が体育館を包む。
――――……真打登場って……このことを云うんだろな。
コートに立って、女子バスケ部の部員と対面している雪緒を見て陽菜は思う。
シンと静まり返って、ボールをドリブルする音だけが、響き渡る。
それまでスタッフと打ち合わせていた篠塚が顔を上げて、雪緒の方に顔を向ける。
女子バスケ部の副部長が相手だ。
体育の時は、どのチームの試合も、ボールを追いかけての混戦だった。
個人の技量なんてわからないけれど、これなら、はっきりとわかる。
笛の音が鳴ると、雪緒のドリブルが始まる。
陽菜とは違う。
小さい頃からずっとやってきた基礎的な動きとスピード感が違う。
相手のディフェンスを素早いターンで躱し、ゴールに向って飛ぶ。
その雪緒の後ろ姿に、息を呑む。
――――やっぱり……篠塚先輩と同じ……。
プレイスタイルが似ているわけではないのに、どうしても陽菜の中では2人のプレイが重なって見える。
比翼の鳥……。
ふと、そんな単語が陽菜の頭にひらめく。
篠塚と雪緒の場合はきっと同じコートに立っていれば、そんな印象を周囲に与えたに違いない。
カッコ良くて、憧れて、見るたびにドキドキする。
恋敵なのに、嫌いになれない……むしろ、傍にいたいぐらい。
ずっと見ていたいのだ……。
彼女の見えない翼を……。
 
そして、実技の10分後に、今回のテスト実施を企画協力したバスケ部のメンバーが合格者を呼ぶ。
当然、雪緒はトップだった。
女子部からも、マネージャー兼務を前向きに考えてくれと懇願されたぐらいだ。
結果的に二番になった陽菜。
陽菜にしては大健闘。
球技は苦手だけれど、もともと身体能力的には悪くはないのだから。
そして、陽菜にも、女子バスケ部からマネをやらないかと誘いがあった。
「あ……あたし?」
「だいたい、結果はわかっていたから」
そういって、彼女は雪緒の方を見る
「次点の人を女子部に引っ張り込むのが目的だったのよ」
女子部の副部長は言う。
陽菜は雪緒をと女子部の副部長を交互に見る。
「あの……できれば、マネじゃなくて、部員で入部していいですか?」
「うっそ、マジ? 大歓迎なんだけどー!」
陽菜の手を取って、ブンブンと激しい握手をする。
「ごめん、ユキさん……あの、あたしね、ちゃんとやりたくなったんだ……バスケ」
本当なら雪緒の傍にいて支えてやりたい気持ちもあるけれど、それ以上に、興味がでてきてしまったのだ。
雪緒が……篠塚や吉住が……夢中になるこのスポーツに。
「今まで、男子部のバスケ見てた時点でも、興味は出て来たんだ。でも、今日、ユキさんのプレイ見たら、やっぱり、自分でやりたいなって……」
「うん……陽菜ちゃんなら、できるよ」
雪緒が陽菜を眩しそうに見る。その表情を見て、陽菜は雪緒の腕を掴む。
「でも、あの、これからも、たくさん教えて!!」
雪緒はにっこりと笑顔を見せた。
 
その後、男子バスケ部と、今回のテストに協力した女子バスケ部員数名と、陽菜と雪緒は一緒に学校を後にした。
もうすぐ、夏だ。
夕方6時を回っている空は、綺麗なオレンジ色に染まっている。
陽菜は雪緒を肩を並べて歩く。
「あのさ、あたしね、ユキさんが、バスケしてるところをを見れてラッキーだった。今日」
「何をいきなり……」
「ユキさんは、誇りに思っていいんだよ、バスケがスキなこと」
「……」
「見えない翼で飛ぶって……カンジがして、あたしは好き」
「見えない翼……」
「うわあ、ちょっと、あたしポエマー?」
陽菜はちょっと照れくさそうに自分の言葉を茶化す。
「ううん……、見えない翼は……陽菜ちゃんにあるんだ」
陽菜は雪緒の柔らかな低い声から発せられた、その言葉に足を止める。
雪緒もまっすぐ、陽菜を見る。
「私を引っ張りあげてくれたのは、陽菜ちゃんの見えない翼の力なんだと思う」
「いやあ、真顔で言わないでよ! 照れるじゃん!」
「ううん、本当に……陽菜ちゃんにはあるよ、見えないけれど力強い翼が……」
「うっひゃー、やーめーてー。ちょっと、吉住、訊いて―――、ユキさんが壊れた!! 篠塚先輩、なんとかして! ユキさんが、ヘンだよヘン!」
陽菜は自分達の前を歩いていく男子バスケ部のメンバーに混ざっている吉住と篠塚に声をかける。
篠塚は立ち止まって、雪緒に振り返って、彼女を待っている。
篠塚の横を擦りぬけて、陽菜は吉住の背中を叩く。
「って、アンタね、手加減しろよ、パワーだけは男子並じゃねーのか?」
「失礼ね!」
そして、そっと、陽菜は背後に位置した篠塚と雪緒を見る。
篠塚は雪緒に手を差し伸べる。
雪緒は躊躇わずに、その手を握り返して、肩を並べて歩きつづける。
胸の奥がどこか切なくなるけれど、でも、前ほどではない。
吉住は陽菜の頭をポンと叩いた。
陽菜が2人を見ないように、気を引いたのだと察した。

きっと、大好きな憧れの先輩は、彼女が傍にいれば、どこまでも飛べるのだ。
 

―――――その、見えない翼で、きっと遠く……。
 

END