Fruit of 3years18




結婚式に対して情熱を見せるのは女性側。
しかし、静は結婚自体に夢がなかったから、イマイチこの結婚式への準備は、どこか他人事の用でならなかった。
「実際、銀行とか保険とかの名義変更や、車の処分の方をすませたいと思って、そっちを最初に片付けるのに集中したかった」
静が一人ごちると、歌恋は呆れたように云う。
「で、先週そっちに時間をかけたと、神野夫人」
先週、静の義父から婚姻届の証人欄にサインをもらうと、その日すぐに役所に提出し、その時点で奏司と静は入籍を済ませたのだ。
「一生に一度でしょうよ」
「……」
「あんたの性格からして、この先恋愛も結婚もこれっきりなんだからさ」
「31で恋愛も結婚もまだまだの人にしみじみ云われても」
静が云うと歌恋はくってかかる。
「うっさいわ。あたしは昔も今もこれからも、恋愛はするし、結婚も何度かする予定よ!」
「結婚は一度でいいと思う」
「あたしはね、恋愛の延長線上に結婚にいきつくタイプなの! 恋愛にも結婚にも夢もってんの! じゃなければラブソングなんて作れないっつーの!」
「ご立派です」
「同様に、あんたの旦那は夢持ってるわよねー結婚に」
「若いから?」
「ああ、そうね、若いしね。フロックコートも似合うでしょうよ、タッパもあるし、ほんと近頃のガキは何食ってあんなガタイいいんだか」
奏司の花婿姿は、自分の花嫁姿よりも華がありそうだなと静も思っている。
フォトジェニックというか……売り出した頃、CDのジャケット撮りの時、石渡が奏司にあれこれコスプレさせてみせたこともあったが、どの衣装もよく似合っていた。
当時は別に売れなくてもと本人はいっていたが、彼自身は自分を魅せることを無意識にやってのける。
それを思うと、静としては,自分のウェディングドレスより、彼の衣装を気合を入れて選びたい。
「アメリカナイズされた現代の食生活のせいかね」
「食生活。そう、食事。問題は料理よね」
「あんた、あんまり好きじゃないもんね料理」
「でも、仕事辞めてから少し嵌まった」
「へえ」
「科学の実験みたいで」
「……科学の実験……」
「スケールや軽量スプーンで量るのが特に」
「味付けなんて適当にみるもんよ」
「さすが歌恋姐さん」
「もっと褒めろ。それより、決まった? 式場」
「都内はさけた。で……あんまり大きなところはやだなって身内だけだし」
「親がうるさいんでしょ、あんたの場合」
「そうなの」
この結婚の難関は、奏司の叔父夫婦や義父ではなく、実母の意見だったりする。
「私は、母親の再婚にケチつけることはなかったのに、どうして向こうは口うるさいんだろう」
「そりゃ、心配なんでしょうよ」
「31にもなる娘相手に?」
「あんたもお腹のベビーを無事に出産して、大きく育ててみればわかる感慨なんじゃないの?」
「……感慨ねえ」
「まあ、あんたとあのガキが付き合い始めた時、あたしはそう思ったけれどね。いい意味で予想を裏切ってくれたから、もう、ただ結婚式に出席すりゃーいいかと思ってたんだけど……」
「……」
「今日は絶好のチャンスじゃね? 今ここにいないやつを悔しがらせてやる」
「なんでそんなに奏司のことを構うかな」
静が云うと、歌恋はニヤニヤ〜と笑う。
その笑やめようよと内心思うが声にはださない。
「やきもちですかあ? 静ちゃあん」
「……別に、そういうわけではなく、なんとなく前から思ってて……」
「かーわーいーいー!! 何それ! 何そのデレっぷりっ!! 違うね! 入籍すると違うのか!? そこは悔しいがヤツのせいか!?」
「……そんな、弾けなくても……」
「いやーテンション上がるでしょーよ。今までが今までなだけに。いいねえ、そういう静が見れる日がくるたあ思いませんでした。よっしゃ。次、これいってみよう!」
どこかのリーダーのような口調でハンガーにかかったウェディングドレスを歌恋はさっと静に渡す。
「なんでもいいと思うけどな」
「……」
静の発言にコメカミを引きつらせる歌恋を見て、大人しくウェディングドレスを受け取り、試着室へ入っていく。
「歌恋」
「何?」
「妊婦にこの試着は結構な重労働だと思うのよ?」
「やかましい!」
奏司の叔母が着せたいと言っていたマーメードデザインのドレスを着せた時の歌恋の反応がよかった。
チューブトップはシルクの光沢。トレーンはオーガンジーのレースで長め。、やつの
ブーケは白いカラー数本だけのもの。
大人の花嫁さんのイメージを強くさせてみせた。
デコルテ部分がむき出しなので、ネックレスが映える。
ヘッドにはティアラに、ビーズを散らしたベールの長さはショート丈。
静が気にしている腹部も周りは、初産のせいかまだ張り出してないので目立たない。
これならまだ大丈夫。
「確かに、ひらひらのプリンセスラインよりも、こういうのがいいわ、あんた身長あるし神野叔母、センスあるな」
「そういうなら、これでいいわ」
「よし、あのガキめ、大人の女と結婚するんだと自覚するだろ、このデザインならば。くくく」
カシャリと静の試着した姿を携帯に撮影して、それを奏司に送る。
「も、いいかな」
「何?」
「奏司のフロックコート選びたい」
「……そーかい」
試着室に入って、ようやく普段着に着替えると、静は紳士用の服が展示してるスペースへ移動する。
「黒かなー、いっそ白も似合いそうよね、あの子グレーもいい……」
「黒! 断然っ黒! あたしの中では神野奏司は黒豹だから」
「……そうなの?」
「そうよ! でかい黒いにゃんこよ! 白い王子様ってキャラじゃないから、あの子!」
「無邪気さは白っぽいんだけどなー」
「……惚気かよっ! 黒がいいって、似合うって」
「そうか……じゃあ、歌恋の意見を聞いて黒にしよう」
歌恋はうんうんと頷いた。
 
「たーだーいーまー」
「お帰り」
奏司を玄関まで出迎えると、奏司は静をギュウと抱きしめる。
「キレイだったあ、早くナマで見たい!」
「はい?」
「静のウェディングドレス! 歌恋さんが携帯メールで送ってくれたんだ」
静から腕を離して、「ほら!」と携帯を静に見せる。
「……奏司に送ってたの?」
「うん」
きっぱりと言い切ると、静は眉間に皺を寄せる。
「……なに?」
「……」
「どうしたの?」
「仲が……いいよね」
「へ?」
「歌恋と奏司」
「……」
「前から思ってたけど……」
奏司は静を見てニヤニヤ笑う。
その笑いは歌恋が静に昼間見せた笑いと似ている。
静は何もそこまで似たような笑いをしなくてもいいじゃないかと心の中で思う。
すると、奏司は静をギュウっともう一度抱きしめる。
「な、何?」
「やきもちやいてくれたんだー!」
「なっ!」
「それ、やきもちデショ!! 静のそういうリアクションめったにないから新鮮!」
「そっ…」
そんなことないと言おうとしたけれど、改めて考えてみるとそうなのかなと思う。
「静がオレのこと好きってことでしょ?」
そんなことは当たり前なのに……何を今更と静は奏司の顔を見つめる。
「違うの?」
奏司は静の顔を覗きこむ。
「違わない……」
静がそう云うと、奏司は静の唇に自分の唇を重ねた。