Fruit of 3years19




結婚式は、軽井沢の静かな森に囲まれた白いチャペルで行われた。
祭壇の奥には、軽井沢の四季折々の風景を望むことができた。
互いの両親(保護者)と、二人を知る仕事仲間だけでの参列といった、コンパクトな式ではあった。
参列者はチャペルに入ると、厳粛な面持ちで花嫁を待つ。
すごかったのは、入場の賛美歌が歌恋のソロだったことだ。
チャペル内に朗々と響く彼女の歌声はJPOP専門とはいえ、プロである。
ちなみに、オルガン奏者は、石渡が買ってでた。
これはこれですごいセッションだよなと参列した仕事関係者は思う。
参列した双方の家族はさすがだねえと聴きほれていたが、花婿の彼は、「それはオレにもやらせろ」的な心持ではあったようだ。
が、花嫁が隣で、そんな様子を楽しそうな表情で笑っていたので、声に出すのは我慢した。
聖書の一説を朗読したあと、誓約する。
あの誰もが聴いたことがある「病めるときもすこやかなる時も……」である。
静かな空間で、お互いに「はい誓います」と誓い合ったあと指輪の交換。
指輪の交換の時、静は奏司の姿をまじまじと見つめてしまった。
歌恋と二人で黒がいいよと云って決めたフロックコート。
ベストとタイが薄いブルーで、そのコントラストは彼に似合ってる。
若くて、綺麗で、これが自分の将来の伴侶になる男なんだと思うと、どきどきした。
緊張しすぎて指輪を落とさないように気を配るのが精一杯だった。
二人の薬指にペアのリングが光る。
牧師が静と奏司の手をとって牧師が2人の手を重ね、祝福があるように祈りを捧げ、結婚を宣言した。
ベールオープンしての誓いのキス。
ベールをオープンするとき、静に聞こえる声で、一応は尋ねる。
唇でいい?と。
照れくさかったけれど、静は頷く。
そんな静の気持ちを察してくれたのか、唇にちょこんと、軽く触れるだけのキスだった。
そして今度は出席者全員が規律して讃美歌斉唱だ。
奏司は歌恋に負けまいと思ったのか、歌っていた。
その声を聞いて、静は泣けてくる。
神様にも、愛される歌を、この彼は歌える。自分にはなかった……自分を包む何かを、思って歌える姿勢。
それは、彼が人を惹きつけてやまない証拠だ。
この後、誓約書に署名するが、婚姻届はすでに役所に提出済みな為、誓約書だ。
サインを終えると、牧師が祝福の祈りを捧げる。
そして、新郎と新婦は腕を組んで退場し、参列者の退場を一礼をして送り出す。
参列者が退場を終えると、スタッフが花を参列者に渡す。
参列者は「おめでとう」の言葉と共にフラワーシャワーを新郎新婦に投げかけた。
ブーケトスはしなかった。
ブーケはカラーだったので、トスするには、ちょっと形が悪いのもあった。
なので、花嫁の前にいる独身女性三人の誰がその場で受け取るかとなったのだが……。
 
「あたし、あたし! あたしに!!」
ナオが叫ぶが、千帆も物欲しそうな表情でいる。
「あやかりたい! あたしも神野君並みの男と結婚したい〜!!!!」
「わたしも!! お花欲しいです!!」
「千帆も井原さんも結婚よりも前にやることが……」
「だって〜」
「欲しい〜」
「うっさいわね、コスズメ共! 本日の功労者に、ここは譲るのがスジってもんでしょうよっ!」
歌恋が千帆とナオを一喝する。
「わたしだって歌いたかったですう〜、歌恋さんばっかりずーるーいー」
ここにも、奏司以外に『歌いたい』ボーカリスト魂の人物が一人。
ここまで拘りがあるのはやはり、歌うことに、生まれついてる人間ならではこその発言だなあと静は思う。
「うっさいな、感動しなかったのかあんたは!」
「わたしが感動させたかったあ〜」
「こんのガキ」
「この後の会食で一人で歌ってればいいでしょ、千帆はっ! あたしにブーケ! 結婚〜!!」
「結婚、結婚てさ、あんたたち、アテはあんの?」
歌恋は、云ってはならないトドメの台詞をナオに云う。
「……」
「……」
「じゃ、そういうわけであたしがコレを……」
「歌恋さんにはアテがあるんですかあ?」
千帆が頬を膨らませながら、言う。
歌恋はぐっと詰まる。
「歌恋さんにアテがなければあたしがっ!!」
「ナオさんこの間、彼氏と別れたっていってたしー!アテなんかないじゃないですかー!!」
「千帆はこれから売れるんでしょ!? 22で結婚なんて早いっつーの!」
「神野さんも22で結婚してますう〜神野さんみたいに結婚して仕事もする〜!!」
「男と女だと立場違うでしょ! あんたどんだけ夢みてんのよ! 世の中そんな男いないってゆーの! だからあやかりたいのよおおお!! あんたは仕事ダケ! 頑張りなさいってゆーの!」
「その理屈なら、アンタも仕事頑張れって話でしょーよ! アンタ、静の後任なのよ!! 男も担当アーティストも、自分どおりにこれから育てりゃいいじゃんよ!」
可憐が一喝する。が、ナオは叫ぶ。
「そんなの難しいのお、自分成長するだけでイッパイイッパイなんですう!!」
静はため息をついて、ブーケにしてたカラーを三人に分ける。
「これでいいでしょ?」
静が三人を見つめるが、由樹がその花嫁と参列した独身女性陣のやりとりを見て呟く。
「分けるのって、結婚式では縁起いいんだっけ? 高原」
由樹がその花嫁と参列した独身女性陣のやりとりを見て呟く。
「やーよくないでしょ……でも、ここにあの中に入り込んでいく勇者はいないでしょうね」
「女三人よれば姦しいとはまさにこのこと。それにしても、静ちゃん綺麗だよねー」
「人妻に手を出さないように」
「出さない出さない。基本は僕、待ちうけ男だから」
困った人だよと高原は溜息をつく。
「それにさーアレが一番嬉しそうだよね」
「ああ、花嫁の横にいるあの男ね」
「当然といえば当然なんだけどさ」
石渡と高原は、花嫁の横にたって、女性陣のやりとりをみている彼に注目する。
あれだけ騒いでる中でも、花嫁しか見ていないのがかえってすごいなあと呟いた。
 
披露宴……披露宴といっても式に参列してくれたメンバーのみの食事会のようなものだが、チャペルと提携しているホテルの会場を借り切って行われた。
通常も一日限定数だが、今回は神野奏司が一日借り切った。
都心ではなく避暑地での式自体が極秘マスコミ対策だが、念には念を入れての処置だ。
身重の花嫁の為というのもある。
最近つわりが、かなりひどいもので、レンタルしたウェディングドレスが実はゆるかったらしい。
「静、大丈夫?」
「うん、花嫁は食べない方がいいから、ちょうど都合がいいわね」
「そんなにひどいもんだとは思わなかった」
「大丈夫、水分が取れれば問題ないって、病院の先生も言ってたから」
「でも、心配。オレ、来週からツアー開始だし……」
「そうね」
「毎晩電話する」
「……うん」
「メールもする」
「電話でいいって」
「……」
「奏司の声が聞きたいから。電話がいい」
テーブルの下で、奏司はギュっと静の手を握り締める。
「じゃあ、静もちゃんと、電話して」
「するよ」
「……ほんと?」
「毎朝、モーニングコールをする」
静の言葉に、奏司は嬉しそうな顔をする。
「きちんと仕事できるようにね」
そういうと、眉間に皺を寄せる。
「もう、マネージャーじゃないんだから……」
「……そうよ、パパには頑張ってもらわないとね」
静がスルっというと、奏司はそうくるかという表情で静を見つめる。
「年末までスケジュールはびっちり。奏司は仕事なのにね、なんか歯がゆいな」
「静もお仕事ですよ、出産は一大事業です」
「……奏司」
「うん?」
「もしもさ、もしも、よ?」
「うん」
「男が出産可能だったら、キミ、出産したいとか思うの?」
「うん。産めるもんなら産んでみたいね」
「……」
本当に彼には敵わない。
CDのテープからナマピアノの演奏に切り替わる。
石渡が、メドレーでソレらしいBGMを弾き鳴らしてる。
「ほら、歌えよ、花婿に花嫁」
弾き鳴らしながら、そう云われて、静は戸惑うが、奏司はノリノリで立ち上がる。
身体が平気なら立ってと、奏司に促されて、静は奏司の手をとる。
いつも、自分たちの周りには、音楽がある。お互い見詰めつめあって、声を、歌を歌う。
 
互いの心に響く終らない歌を探しながら。
永遠の誓いのように。
 
 
END