HONEYMOON8




いくらオフでも、きちんとしないといけないと思っていたのに、結局は奏司の思惑通りのような気がする。このマンションから自宅に追い帰した方がいいのかもしれない。
それを朝食後に、口にしてみた。
「はい? 今なんて?」
「キミの体調管理も含めて、オフの場合は、自宅で過ごした方がいいんじゃないかって」
「……昨日のこと、怒ってる?」
「怒ってはいないけど、私自身が反省している」
「なんで?」
「結局は、キミのいいように……なってる気がする」
最後の方は声がしぼんでいくように小さくて、静が俯く。
「あのさ、静」
奏司は溜息をつく。
「オレはオレで結構、これでも自制してるんだけど?」
どの口がそういうかと静は訝しげに奏司を見上げた。
「静、男と一緒に暮したことない以前にまともに付き合ってないでしょ?」
「キミはあるの?」
「オレはいーの、オレは」
「よくない」
「ヤキモチなら答えてあげても良いよ、だけど、また、オレの過去の素行の悪さがスキャンダルにならないかとか、思ってたりするから答えてあげない」
プンと頬を膨らませて、スーツの上を着込む。
「管理できない自分が嫌なの」
「……静、仕事とプライベート、区切るのへただね」
静は黙る。
「いい加減に慣れて、てか、仕事はないから、神野奏司はオフなんだよ」
「……」
「ここにいるのは、静の恋人」
「……いいように言いくるめられてる気がする」
「大丈夫、オレが暴走したら大変だよ? 静はちゃんとオレをセーブしてるから。静が気がつかないだけで。そーだな。オレが暴走したら、実習サボって、1日中やりまくったって構わないぐらいなんだからね、それ1ヶ月続けてもOKなんだから」
静は玄関先で一歩引く。
「それをしてない、こんなに真面目にお勉強してるんだから、御褒美ぐらいは欲しいでしょ? はい」
一歩引いた静をグッと抱き寄せる。
「行ってらっしゃいのキスは?」
まっすぐ見つめられて、静は観念したように目を閉じる。
彼の頬を両手で挟んで、唇に唇を重ねる。
静からそっと、舌先を奏司も唇に乗せるそれを追いかけるように、奏司は舌を絡めてくる。
昨日のことや、今のことも含めてごめんねといっているような、いつもより積極的なキス。
静はこれを計算してやっているわけじゃない。無意識でやってると奏司は思う。
「何、どうしたの?」
唇を離して、静に尋ねる。
「いろいろと、反省してるの」
「反省ねえ」
反省するよりも、今みたいに素直になってくれればいいのになと、奏司は思う。
昨日、歌恋が帰ったあと、奏司が静に云ったこと。
彼女は聞いてはいたけれど、真剣に考えてはいないだろう。
「ま。いいか。じゃ、早く帰るから。一緒に買い物に行こうね」
「迎えに行くわ」
「へ?」
「ダメ?」
「車で? 静、個人で車持っていたの?」
いつも仕事で移動するのは、会社が所有する車で、静が個人で車を持っていたのは初耳だった。
「軽だけど」
免許をとってすぐに購入したのがあるんだと、静は云う。
となると、かなり前に購入したものだ。
「じゃ、お願いしようかな」
「行ってらっしゃい」
静が、僅かに微笑む。
その笑顔がすごく愛しくて、もう一度抱きしめたい衝動に駆られるけれど堪えた。



「水曜日だから、今日は授業時間、一限少ないのでホッとする」
「だよね」
「レポート、進んでる?」
「まあまあかな」
そんな会話を横で聞いて、奏司は帰り支度をしている。
子供達もそれは同じなのか、下校時間になると、友達と遊ぶ約束を確認していそいで下校していく児童もいて、奏司はそんな様子を職員室の窓から校庭を見下ろしていく。
実習生を含めての職員会議ではないので、今日は実習生も早く帰宅できる。
「神野君、お茶していかない?」
同じ実習生に声をかけられる。
誘ってきた相手は前からこのチャンスを待っていたらしい。
「あ、悪い、今日は迎えがくるから」
「え、もしかして仕事?」
「えー実習しながら仕事? それって大丈夫なの?」
もちろん、彼女達は奏司が大手レーベルのアーティストだということはわかっている。
密かにファンで、今回の実習に小躍りしたのは女性がほとんどだ。
「仕事は入れてないよ、オレのマネージャー有能だから、スケジュール管理はバッチリです」
「そうなんだー」
「いいじゃん、お茶ぐらい」
みんな帰り支度を済ませ、校舎を後にする。門を出ると、通学路にクロスカントリータイプの自動車が停まっているのに気がつかず、その場を通り過ぎようとしたら、クラクションが鳴るので、奏司と彼女達は立ち止まる。よく見ると黄色の軽自動車ナンバーだ。
朝の会話を思い出す。
「静」
車はちょっと進んで、助手席のドアが開くスペースぐらいはガードレ−ルから離れた。
車の運転席から、静が出てくる。
「迎えに来たわ」
「軽自動車ってそれ? もっとコンパクトカーだと思ってた」
「一応コレも軽でしょ―――――……あ、えーと……もしかしてこれから、勉強?」
実習生らしき面々がその場にいるので、静は奏司と彼女達を見る。
静が会釈をすると、彼女達も会釈をする。
「今お茶に誘われたけど、断ったばかり。約束どおり、今日は買い物でしょ? シェービングクリーム、旅行用のしか持ってきてなかったから、今朝切れたんだよ」
静は頷く、そして運転席に座って、ドアロックを解除する。
奏司は助手席のドアを開けた。
「じゃ、お先に。お疲れ」
「あー……うん……」
「また明日」
彼女達は、車に乗り込んでいく奏司を見送る。車が角を曲がって見えなくなるまで、数秒は立ち尽くしていた。
「今の……ダレ? 彼女? お姉さん?」
「えー!! 何今の! 気になるんですけど!」

後日、彼女たちが、この車で迎えに来た女性は何? と奏司に問い詰めたら、奏司はニヤリと笑って「オレの奥さんです」と本気とも冗談ともとれない表情で云いきったのはいうまでもない。