HONEYMOON9




車に乗り込んで、驚いたのはカーステが旧式ながらも充実しているところだ。
それなのに、CDはほんの少ししか乗せていない。
「なんでCD少ないの?」
「結局この車はプライベートでしか使わないから……CDはそんなに乗せていないのよ。運転はだいたいが会社の車でしょ?」
いかにこの車をプライベートで使ってないかがわかるものだ。
会社の車は標準的なテープ&ラジオの設備だし、奏司はワクワクしながらステレオをいじってみる。
「ふうん、コレかけていい?」
「どうぞ」
奏司が数少ないCDから一枚選んで、セットした。
耳慣れた洋楽。
数年前にヒットした曲だ。
アップテンポでノリがいい。
奏司は鼻歌で歌い始め、ソレが次第に鼻歌じゃなくなっていく。
なんて贅沢なドライブ。
静が今までに出会った中でも秀逸なこのボーカリストが、隣りで生で歌うのだ。
声量が車内一杯に響く。
静は「煩い」なんて一言も云わない。
手拍子をして御機嫌な彼が、すごく愛しく感じる。
それに、髪を短くして、スーツを着て伊達眼鏡をかけていて、いつもの彼と印象が異なって見えて、慣れていなかったけれど。
こうして横で手拍子で歌っているのを目の当たりすると、彼はやっぱりボーカリスト神野奏司なんだと、改めて思わずにはいられない。
間違えそうなフレーズを静が修正すると、奏司はボーカルを静に譲って、コーラス部分を歌う。
車の中ではいつも音楽がある。
流れる景色がいつも都内のどこか。
そして今は、駐車のスペースが充実している大型ショッピングセンターへと進んで行った。



「あー、すっげ、楽しかったー。スッキリしたー」
車を出て開口一番に奏司はそういう。
しばらく、歌っていなかったから、ストレスも溜まっているのかもしれない。
「ごめんね、馬鹿でかい声で」
「窓閉めていたから大丈夫でしょ」
見上げると、嬉しそうにニコニコしている彼がいる。
「やっぱりいいなー、ドライブセッションまたやろうよ」
駐車場を抜けて店舗と繋がっているエレベーターに乗り込んだ。
カートにカゴを乗せて、店舗を回る。
「今日は何がいいかなー、静、オレが今日ご飯作るから、何食べたい?」
「カレー」
「……」
速攻で答えられてムッとして静を見る。
「その発言はどういうこと?」
「無難でしょ? 失敗しないでそこそこ美味しい」
「それ、本当は静がやりたかったんでしょ?」
「そうよ、理解があって嬉しいわ」
「他にないの?」
「じゃあ、シチュー」
「静さーん」
「……奏司は、料理できるの?」
「どうでしょう」
「カレーでいいわ」
「嘘、頑張ります! 美味いの作るから、放置プレイなしで!」
奏司は右腕を伸ばして静を抱き寄せる。
「パスタにしようか、サラダもつけて」
食材を選んで籠に入れていく。
トマトベースでやろうと、奏司は云う。
パスタの麺と、昨日、歌恋が持ってきたエビが残っている。
シーフードがいいなと、奏司は呟く。
相性のいい野菜……夕食の食材をあらかたカゴに積めて、今度は日用品へと行こうとしたら、奏司が静を引きとめる。
「ワイン、欲しくない?」
「……トマトベースだと色彩的に赤ワインを選びたくなるけれど……味的には」
「白だよね、静が好きだし。シーフードに合うし」
「奏司はどうしてそういうことを知ってるかな」
「静、白ワイン飲んでるとき、嬉しそうだし」
顔に出ているのか……でも、一概に表情が読めないと評されているのに、彼にはわかるのだろうか? 静はちょっと考え込む。ソレよりも気になるのは「白ワインはシーフードに……」なんて言葉だ。20の男が知ってることか? 
「何、ヘンなこと云った?」
「白がシーフードに合うってどこで覚えたの?」
「ああ! また過去のオレの素行に疑惑が!?」
「素行が悪かったの?」
「恋愛をたくさんしただけ、付き合ってた彼女に教えてもらった」
「……」
「今は、静だけだよ」
「……」
奏司の云う「今は」は本当に、「今」だけかもしれない。
奏司からたった一言、「恋愛してきた」と云われただけで、普段は心の隅に追いやっている不安が胸に広がる。
やはり彼は若いから……。自分とのこの恋愛は、いずれ終りがくる。
「オレが真剣でも、全然相手にされないんだよ。早く大人になりたいってずっと思っていた」
「……」
「静はオレのこと、子供だと思ってるでしょ? オレが若いから、未来あるオレと自分はつりあわないとか、たまーに考えない?」
「……」
「オレ視点から云わせてもらえば、若い男と恋愛してみるのも結婚前の最後の恋愛ゲームとしては最適とか思われてる? ようはゲームで遊びで付き合ってんのか? ……なんて、考えなくもないよ」
「……」
「不安なのは、静だけじゃない。オレだって不安だ。だからつい、云うんだよ」
「?」
「結婚してって」
「……なるほどね」
「ハタチと28歳はOKの範囲でしょ?」
男女逆ならねと、静は思う。
それでも、男が28で女が20の場合でも、静の年代の女性は難癖つけるにはつけるものだ。
「コーヒー豆が切れてる。明日のパンも買おう。奏司、シェービングクリームの他に必要なものは?」
「食器用洗剤とボディソープが切れそう」
静は必要な日用品を積んで、カートを引く。
「結婚のことは―――――……考えておくわ」
静が云うと、カートを引いている静を背後から抱きしめて、奏司は云った。
「是非前向きに検討してください」