Delisiouc! 26




「……あら。舞ちゃん、お久しぶり」



谷村夫人の言葉に、「どうも」と妹の舞ちゃんが素っ気なく返す。
……なんだ、舞ちゃんは、オレだけじゃなくて谷村夫人にもこういう態度なんだ。
素っ気無くて、愛想がない。
同性だったらもっとくだけるタイプなのかなって思ったんだけどな。
あ、美緒子ちゃんは除くよ、あの子は特殊だから。職業柄、好かれるか敬遠されるかどちらかに分かれると思うし、あのキャラだからね。
「ま、元気そうでよかったわ。あたし、帰るね」
谷村夫人がそういうと、薫さんは頷く。
「またね、降矢君」
彼女がそういうと、オレも頭を下げる。
舞ちゃんが谷村夫人が出て行くのをずっと視線で見送っていた。
部屋を出て行くのを確認すると、きつい視線を薫さんに向ける。
「なんで、あの人がくるの」
「……一応友達なんだけど?」
妹さんはハアーと溜息をつく。
「友達ね」
「……」
「お姉ちゃんは人が良すぎ。あたしだって、あの人がしたことをわかってるよ、それであえてまだ友達とか言っちゃうんだ」
……あ、舞ちゃんはわかってるんだ。
谷村夫人と旦那と薫さんの事情。
「自分にはもう、恋人がいるからなんともないわっていうの。恋人にしては、どうかと思うけどさ」
「舞」
「あの人は同じことをするわ。きっと」
「……」
「またやるって。降矢さんみたいな人はあの人の好みじゃないからって、安心なわけ? もしかしてだから降矢さんを選んだんだ? でもあの女なら、何しでかすかわかんないわよ。降矢さんだって言い寄られたらコロっとイっちゃうかもね」
「……それは心配してない」
「なんでっ!?」



「だって降矢君、美緒子ちゃんに口説かれてもなびかないから」



きっぱりと薫さんが言い切る。
……わかってらっしゃる。
顔立ちとかスタイルとか年齢とか、谷村夫人と比較しても、隣人の美緒子ちゃんは当然レベルが違う。



「この間、着替え持って来たくれたときに散々愚痴られた。襲ったのに、絶対のってこないって」


美緒子―――――っ!! お前〜っ! 薫さんにナニを言ったんだよっ?



しかもその発言で舞ちゃん、オレのことをまた胡散臭そうなものを見る目で見てるし。
「男の人が全部同じのはずはないと思うんだよね」
「お姉ちゃんは、なんていうかそういうの、やめた方がいいよ」
「……」
「それでまた心変わりされたらどーすんの?」
「そのときは、仕方ないでしょ」
「諦めるんだ?」
「自分がバタバタしても、駄目なんだから」「お姉ちゃんはバタバタしないでしょ、だからあの人に獲られたんだよ!」

……なんとなーく会話の端々でわかるのは、谷村夫人と薫さんの関係は、親友だけど恋のライバルだったというオレの想像が、あたらずとも遠からずなのかなってことだ。
どうするかな。
オレがいると妹さん興奮冷めやらぬになるかな。帰った方がいい?
できるなら薫さんの傍にいたいんだけどな。
「薫さん、オレちょっと電話してくるね」
「うん」

オレに対してまた文句を言いたそうな妹さんの横をすり抜けて、病院の外へ出る。
携帯を取り出して、電話をしようとすると、声をかけられた。



「降矢君?」



声をかけられた方を見ると谷村夫人がたっていた。
電源をオンにした状態で、耳もとから離す。「あ、えーと谷村さん」
「あゆみでいいわ」
「……はあ」
「舞ちゃんに何か言われた?」
「? いいえ」
オレにはまだ直接には声かけられてませんが。いやかけられる言葉とかはだいたい想像できちゃうけれどね。
「そう……あの子ちょっと苦手なのよ、わたし。ね、もし、お時間あるなら、お茶しない?」
お誘い嬉しいですが、オレ恋人のお見舞いにきてるんですよ。
恋人の友人さんとお茶飲みに行ってどうするんですか。
「……」
「薫の話を聞きたいし」
「……」
「降矢君が知らない薫の昔話もたくさんしてみたいし。ね?」

……微妙……。
これはまんま受け取っていいの?
薫さん本人がいれば、からかい半分でそういうこともあるだろう。
旧友と今の恋人が、自分のことを語るなんて、ことはありだろうけどさ。
本人いないところで、そういうアプローチってありかね。
オレが古いタイプなのかな。
逡巡していると、正面玄関の自動ドアが開いて、早足で建物から出てきた。
妹さんだ。
妹さんはオレと谷村夫人を見ると、歩み寄る。
「……舞ちゃん……」
「降矢さん、お姉ちゃん呼んでるわ」
妹さんははオレのジャケットの袖の肘のあたりをつかむ。
そして、オレを見上げる目が。

―――――アンタ、ここでこの女についてく気じゃないでしょうね? 

的な視線だった。
そして。
その視線は当然谷村夫人にも向けられる。

―――――アンタここで、お姉ちゃんのとりあえず彼氏に手を出す気じゃないでしょうね?

と訴えている。



「谷村さん」



オレが彼女に声をかける。
「お話の機会はまたに、薫さんが退院したときにでもご一緒に食事でもどうですか? 舞ちゃんもね、オレ、こう見えても意外と飯は上手く作るんだよ。みんなで一緒に薫さんの快気祝いしませんか?」
オレの言葉に舞ちゃんは目を見開く。
「それじゃ」
谷村夫人に頭を下げて建物内に足を戻した
舞ちゃんは谷村夫人をじっと見ながら、オレの後を追う。
谷村夫人が見えなくなったところで、オレは舞ちゃんを見る。
「で、本当に呼んでるの? 薫さん……」
「ねえ」
「ナニ?」
「降矢さんは、お姉ちゃんのどこを好きなの?」
「……薫さんが、どうしてオレを好きなのかを聞いた? 舞ちゃん的には、そこが実は知りたいの?」
シスコンだろ、君は。
「……」
「誰がどう見たって、月とスッポン。豚に真珠だからなあ。舞ちゃんだってそう思ってるでしょ?」
「……そうですね」
ああ、なんて素直な肯定の言葉。
事実なだけに、飾らない分、ぐっさりくるぜ。自分で言ったんだけどさー。
「オレも、自分が持てるタイプの男じゃないのはよくわかってる。薫さんとは違うんはよくわかってるよ。薫さんは年上で美人で仕事ができて、オレなんか足元にも及ばない。薫さんはさ、二十代の頃は全然もてなくて、仕事ばかりしてきたっていうけど、仕事は本当にできただろうし、モテないっていうのは本人気づかないだけで、結構モテたと思うんだよね」
「……お姉ちゃんとは、離れてたからわかんないけど……でも学生の頃はそうだった……」
「……」
「勉強ができて、まじめだった。谷村さんだって、お姉ちゃんのこと、好きだったのよ」
「……」
「あゆみさんじゃないわ、ご主人の方よ」
「ああ。カッコイイよね」
くやしいけど見た目は全然適わない、もしかしたら中身もかなわないかもだけど。
「会ったことあるの?」
「……一回だけ。子供扱いされたけどね」
「降矢さん童顔だから」
「うん、そこもわかってる」
「あゆみさんは、ソレを知ってて寝取ったのよ、谷村さんを」
「……」
「あゆみさんの気持ちは嫌なんだけど、わかるの」
「?」

「あたしも、あたしも、お姉ちゃんに対してはそうだったから」