Delisiouc! 25




休日。
お見舞いに行くと、見知らぬ女性が、彼女を見舞っていた。
病室内にいたのが妹さんじゃなくてよかったなと、ほっと胸をなでおろしていたんだけど、また見知らぬ人がいるとなるとちょっと緊張する。
はじめましてとは言わないまでも、会釈をすると、相手の女性もそれを返してくれた。

「薫の会社の人?」
「あ、はい」

人当たりのよさげな笑顔。

「わたし、薫の学生時代からの友人で、谷村といいます」

谷村?
どっかできいたことのあるような苗字だなー。
オレは薫さんの顔を見る。
彼女はちょっと戸惑ったような表情で、オレと、谷村女史を交互に見つめていた。

「降矢です」
「降矢君かあ。学生っぽくみえるけど、社会人なんだー。薫、厳しいでしょ。でも、休日にこうしてやってくるってことは、薫と同じぐらい仕事熱心なんですね」

これはどうすればいいの?
オレは会社の後輩で休日にお見舞いに来たってコトにしておくの?
オレと薫さんって、一応そのー付き合ってるって位置づけにはまだなってないってことなの? 
それともここは付き合ってる彼氏ですって、言った方がいいわけ?
薫さんを見ると、薫さんはオレの袖に手を伸ばして、ギュって掴む。

「そうじゃなくて、その、付き合ってるの。彼と」

…………っ!
マジですか!?
オレはバッとあいているもう一つの手で口元を押さえる。
照れもあるんだけど。
ナニ? 
もう、チョー嬉しくてニヤケそうなんですけどっ!!
今のオレを見た第三者に何をどう思われてもいい。
何コレ。何この場面。嬉しすぎるんですけれどっ!!!
薫さんとああいうことになって、ここにお見舞いに来たときもそうだったけどさ、薫さん自身が、オレのことちゃんとそう思ってくれるのが、そういう言葉きけちゃうのが、何より嬉しいんだよね。
それで、仕事の時はビシっしてるのに、プレイベートの時の頼りなさというか守ってあげますよ全力でと思わせる薫さんがめちゃくちゃ可愛いんですけど!!
この人のギャップ萌えるんだよな。
人が見てるのも一瞬忘れて、力抜けそうだったけれど、薫さんオレの袖を指先でギュってしてる状態に視線を落とす。
そして、彼女の表情を見る。
今の言葉は、嘘じゃないんだよね?
オレの顔を見て、彼女はにっこりする。
その笑顔を信じていいんだよね。
自信持っていいんだよね?
その指を包み込むように、オレは彼女の手を握り返した。



「……へえ……そ、そうなんだ。ずいぶんと、趣味変わったんだね」



……またしても。
またしてもその台詞ですか。
オレみたいな男が、薫さんみたいな綺麗で頭がよくて仕事ができて、そんな女性と一緒にいるのが、やっぱり第三者から見れば似つかわしくないですか。
オレの知らない今までの薫さんを知ってるならさ、彼女が付き合わないまでも、好みのタイプとかだいたいわかろうってもんだもんなっ。
もしかしたら、つきあってた過去の恋人だって知ってるだろうし……。

過去の……。

オレは頭の中で頼りない記憶力を振り絞る。
……谷村?

どっかできいたことのある苗字はアレか!?
前の男の! 不倫の! あの男の妻!!



「隆之がいってたけれど、この子かあ。聞いてたとおりに、ずいぶん幼……じゃなくて若いわねえ」
ビンゴ。間違いない。
あの野郎。どの面下げてそんなこと会話してんだろう。
温厚なオレでもさすがに思い出して、ムっとした。

「年上の女房は金の草鞋を履いてでも探せっていいますからね」
「え? 結婚するの?」
「そのつもりですよ」
シレっと言ってのけたら、谷村夫人はボーゼンとしていた。
「ず、ずいぶん若く見えるのに? いくつなの?」
「25です」
どうせオレの顔見て二十歳そこそことか思ってたんだろうな。
「……」
「25なんて若すぎない? ほら、まだもっと遊びたい時期なんじゃないの? 男性は」
25で結婚は若いのか。
そんな個人差だろ。
ヤンキーは十代で結婚するだろ。
オレが25で結婚決めて何が悪いよ。
畜生。
「オレはもてるタイプじゃないんで、この先、薫さん以上の女性は見つけられないだろうから、本当ならすぐにでも、ご両親にお会いしたいです」

ごめん、薫さん。
薫さんの親友っていうからさ、悪くは思いたくないんだけどさ、この人、なーんかヤな感じなんだよね。
いや、オレも人を見た目で判断しちゃいけないのはわかってるよ。
オレなんかはいつも見た目で判断されガチだからさ、それはよくないなーって思うんだけどね。
だからこそ、わかることもあるんだよ。この人、薫さんに対して上から目線の雰囲気があるんだ。



―――――仲は良かったんだけど、恋愛になるとね、やっぱり私は彼女の引きたて役なのかなって、思う事もあった。



オレの傍にもいたよ。そういうタイプの野郎。
倉橋じゃないよ? 倉橋はね、比較するレベルじゃない。オレが国産中古車なら、あいつベンツの新車だから、そんぐらいスペック違うから。
なんていうかな……自分も一歩間違えば、オレみたいにキモイとか言われかねないのに、必死なんだよね。
オレと比較して自分のいートコ見つけて安心したいのか、オレの性格を見て、オレを貶めたいのかはわかんないけどさ。薫さんは大人だから……ううん天然で鈍いのかもしれないけれど。
自分の魅力がないから、女としてみてもらえなくて。親友は女性的要素があって、みんな親友に夢中だったっていうけどさ。
この人は、薫さんから、男を獲ったのは自己顕示欲とかそういうの満たしたいからじゃないのか?
薫さんはきっと学生の頃から頭よかったんだろうな、まじめで先生たちの受けもよかったかもしれない。
で、本人は気がつかないけど、綺麗だったから、周りの男は薫さんをみていいなーとか思ってたんだよ。
高嶺の花だったんだよきっと。
けど、薫さんはそういうの鈍いから、自分で自分のこと気がつかないんだ。
目の前のこの女性はそういうの見て、薫さんに群がりそうな男の中からいいのを物色して、付き合ってきたかもしれない。

だって。
親友なら気がついてただろ?

薫さんが好きな相手ぐらいは。
知ってたよね?



オレは薫さんの手をギュウっと握る。
「薫さん、退院したら、プリンつくってあげるね、持ってこようかと思ったんだけど、病院食以外は駄目かなって思ってもってこなかったんだ」
「美緒子ちゃんにもあげて」
「あの人は、黙ってても食べちゃう人だから」
「うん、なんか想像できる」
薫さんはくすくす笑う。
「かいがいしいんだ。プリン作るなんて」
谷村夫人がそういうと、薫さんはいう。
「仕事で開発に移ってね、今はイタリアンレストランのドルチェ?」
「うん。フルーツ使ってやれっていわれてる尾崎さんがドルチェ得意で」
「彼女、製菓の免許もってるもんね」
「そう、いろいろ勉強になります」
「よかった、楽しそうで」
「……今はあんまり楽しくないな、薫さんがいないからね、お弁当だって一人分なんだ」
「お弁当?」
谷村夫人が小首をかしげる。

「オレ彼女の弁当も作ってるんです」
「…………」

そこまでいうと室内のベッドの傍にあるカーテンがシャアっと音をたてて引かれた。
その音をたてて、カーテンの外から姿を現したのは薫さんの妹さんだった。