Delisiouc! 13




「仲がいいのね」

課長は云う。
食事の後、課長を送ると伝えたら、倉橋も美緒子ちゃんも目をキラキラさせて頷いていた。
なんかさー、中学生が気になる女子を送り届けると云ったら、兄とか妹とかに冷やかされるような? そんな気持ちになった。

「美緒子ちゃん、可愛いのに、彼女じゃないなんて」
「だ、オレなんて全然ダメです、そんな、それに」
「?」
「好きな人がいるんです」

あなたが、好きなんです。

て、実際ここで云えたら。
でもきっとその告ったあとが問題なんだよ。

「あら、そうなの?」
「はい」
「どんな人?」
聞くの? もうこれはオレに告れというの?
「大人な人なんだけど、何処か可愛いカンジがする人」
「……そうなんだ。そうか」
彼女は黙って並んで歩いていたけれど、ふいに、話し出した。
「さっきの店でいっしょにいた人―――――――」
「はい」
「昔ね、好きだったの」
「……」
「好きって云えなかったの、自信がなくて」
オレは数年前の課長を知らない。
20代の課長は、見た目に自信がなくて、仕事に打ち込んだって以前聞いたけれど、オレは今の課長しかしらないから、そう云われてもピンとこなかった。
「そうこうしていると、あたしの友達が彼のことを好きになってね、あっという間にアプローチして、あっという間に結婚したの」
早業だった。と彼女は呟く。
「友達はものすごく可愛くて、美人で、明るくて、男の人が好きそうな、女性的な要素がふんだんに入ってる子だったの、彼女とは高校の頃からの付き合いで、仲は良かったんだけど、恋愛になるとね、やっぱり私は彼女の引きたて役なのかなって、思う事もあった」
「オレもそうですよ、男としては、見られないタイプだから」
「え、降矢君はまだぜんぜん、大丈夫。ほんと、20代の私はもっとひどかった」
でも、そんな課長も見たかったな。
「だから彼が―――――友達に惹かれるのは仕方ないなって思った。私が男なら、私より彼女を選ぶだろうし……で、恋が叶わないなら他のことで頑張ろうって思ってそれから仕事一筋でやってきたんだけど、先日、彼に仕事で偶然会って……綺麗になったねって云われたのよ」
オレは初対面から思ってたけど。
でもオレが云っても、なんのお世辞とかそんな言葉で終っちゃうだろう。
だけど好きだった男に、「綺麗になったね」だなんて云われたら揺れるよな。
「本当に、バカだって、思った。たった一言が嬉しくて」
声が、ちょっと上ずって、泣き出したくなるのを堪えている様で。
オレも察してしまう。
本当に嬉しかったんだと。
「あゆみには……友人には、敵わないって思っていたのよ。でも、彼女を選んだはずの彼が、私を……女として、認識してくれた」
「……」
「あゆみの……友達の……夫になった人なのに。女として見てもらいたいって……一瞬思った」
「……」
「思うだけじゃなくて……もっと確かなもだって知りたくて、だから」
うん。もうわかるから。云わなくても。
「一晩だけ一緒に過ごした」
この人のことだから、後悔したんだろうな。
友人を裏切る行為に。
「だからいきなり見合いなんてして、逃げようとしたんだ」
なんて不器用な。
多分、今でも彼が好きなんだろうな。
恋なんて条件じゃない。
相手の男は、この人みたいに不器用な人じゃないだろう。
結婚してなおかつ、別の女性と関係しても、それを続けようとするタイプなんだから。
恋愛に関しては慣れてるんだろうし。
もしも――――相手がフリーだったら、オレは課長の恋を見守ってもよかったけれど。
相手の家庭がどうこうよりも。
課長が傷つく恋は応援できない。
「ほんと、友達にずっと嫉妬してて、それをずっと隠してて、おまけにこっそり盗むような、そんな人間が容易く逃げて幸せになろうなんて、ズルイにも程がある。それなのに、見合い相手は良い人だったから後ろめたくて、無茶苦茶な条件並べたてれば、仲介も相手も呆れるだろうし、こっちが断りを入れなくても、向こうから願い下げだろうし」
「女性がいう良い人って、恋愛対象外だもんね、オレも良く云われます」
「……降矢君」
「良い人じゃ、恋にならない。わかってるけど、傍にいられればいい」
あなたの、傍にいたい。
「でも課長の恋は――――傍にいることもできない」
男はいうさ、キミを好きだと、傍にいたいと。
「そうね」
「……」
「30になっても、きちんと恋愛できなかったところのツケがきちゃったのね」
課長は、自分をわかってる。
だから、どんなに相手を好きでも、相手がまた声をかけてきても、さっきの店でとった態度を貫こうとして……。
課長はピタリと脚を止める。
課長の視線の先に、さっきの男が、マンション前のガードレールに腰掛けていた。
課長の視線に、男は気がいて立ちあがる、が、オレに視線を走らせる。
「……薫」
「谷村君……」
オレは課長の手を握り締める。
課長は驚いて、オレを見る。
「店でも会ったが、キミは――――彼女のなんなんだ」
その言葉を口にする資格は、目の前の男にはない。
「恋人です」
課長はびっくりしてオレを凝視する。
「彼女が、オレのことで相談してたそうで、オレはこのとおり、年下ですから、不安がって昔の友人に相談したんでしょうけど」
男は課長に審議を確かめるような視線を投げる。
オレはキュっとほんの少し課長の手を握った。
お願いだからオレの嘘に調子を合わせて、目の前のこの人に、自分の本当の気持ちとか云わないで、辛いのわかるけど、その恋は実らないし叶わないし傷つくだけだよ。
さっきのような毅然とした態度を貫いて。
お願いだから、彼の手をとらないで。
「そんな学生が恋人なんてあるわけ……」
「学生じゃないわ」
「薫?」
男は信じられないと眼で訴えている。
「彼の云うとおりよ。不安だったの、だから……」
「だからお見合いもして、オレの態度をはっきりさせかったんですよ」
「ほんとうなんだな」
課長は頷いた。
「わかった。家までおしかけてきて、悪かったよ」
彼はくるっと踵を返して、2、3歩歩いて、タクシーを停めて乗り込んだ。

タクシーが遠ざかって、交差点を曲がるのをオレは確認してから、課長の顔を覗きこむ。
「課長」
「ごめんね、降矢君……ごめん、私―――――」
「泣いていいですよ、もう、あの人はいないし」
「キミを、利用した……」
「利用してください」
ギュっと手を握り締める。

「オレはあなたが、好きなんです、だから、利用していい」

課長は驚いた様にオレを見る。
「……」
オレの好きな人は叶わない恋をしてる。
その恋を諦める為に、必要なら、オレを利用していいよ。
白い頬に伝う涙をオレは指でこする。
その指を、唇に当てる。
抱きしめて、キスしたい衝動を堪える。
今そんなことしたら、傍にいられなくなるかもしれない。
そう思うと彼女の顔に触れる指を離すのが精一杯だった。

「あなたを――――好きなんです」

あなたが叶わない恋をしているなら、あなたを想うオレの恋も叶わないだろう。
叶わない恋なら、せめて傍にいるのは許してください。