ロマンチスト・マーメイド




彼女がプールに飛びこむ。
飛沫をあげてしなやかに、まるでその足には尾ひれがついた人魚のようだと、彼は思う。
ようやくプールサイド近くの水面に顔を出して、彼の存在に気がついたようだ。
彼女は首を傾げる。

「何?」
「いや、やっぱり速いもんだなあと」

彼の手にはストップウォッチ。
それを彼女に見せる。
25メートルのタイム。
それは別に彼女のベストタイムじゃないようだ。

「そうかなあ。水着が水着だしなあ、あんまり速くは泳いでないよ」

彼女は一時間前に、隣の市営体育館で一泳ぎしてきたらしい。
競泳用の水着は使い物にならなくて、予備に持ってきた水着を着ているらしいが……。
しかし……それはなんだかあまりにも露出がある白いビキニ。
健全な青少年には目の保養だが、本人は何をどう考えているのだろう?
彼女はプールサイドに手をかけて勢いをつけ、プールサイドに腰掛ける。

「筧君は、眼鏡取らないの」
「取らない」
「あたしも視力は弱いけれど。水の中なら平気よ?」
「いいんだ」
「……そうなの? でも、男の子っていいよね。眼鏡しててもカッコイイし」
「そうか?」
「オンナノコの眼鏡って、なんか、だめだよね。あたしは普段、眼鏡なんだけど」
「眼鏡でナイスバディなオンナノコはマニア受けだと思うが?」

そいう云われて、彼女はケラケラ笑う。

「あー可笑しい、ほんと、バスケ部の人たちって、可笑しいの」

猛暑と言う言葉以外出てこない……そんな暑さが続いた今年の夏―――――。
各運動部にシャワー設置は無理だから、プール使用を許可してみるのはどうか? 
勿論、練習のカリキュラムの一環として使用するのが大前提で。
一運動部が提案したことが生徒会で素早く決議、決定され、本日はバスケ部の使用が許可されている。
熱い太陽の日差しは、彼女の肌に弾ける水滴を照らして輝く。
水泳キャップを外すと長い髪がほどける。
塩素のせいで、髪の色が幾分脱色されている。
白いビキニに長い髪、まるでほんとに人魚のようだ。

「水泳部なのに、結構長く伸ばしてるな髪……」
「うん」

プールサイドに腰掛けて、足をばたつかせて、飛沫を上げていく。

「願掛けなんだ」
「願掛け?」
「内容云うと御利益がなくなるから、云わない」
「……まあ……一般的にはそう云われてるよな」

彼女はコクンと頷いて、筧を見上げる。
チョイチョイと手招きされて彼はプールに近づくと、彼女は筧の腕を引いて、プールに引き落とす。
周囲の連中も、その様子を見て「あー、また別の犠牲者が!!」と囃し立てている。
筧は水面から顔を出すと、彼女はにっこりと笑う。

「うーん……やっぱりだめか」
「何が?」
「フレームが耳に張りついてるみたいじゃない」
「そうかも」
「やーだ、ほんと、可笑しいの」

そう云うと彼女はまた笑う。
そしてプールサイドからまたプールの中に飛び込んだ。

「なあ」
「何?」
「やっぱり人魚なんじゃないのか?」
「……」
「尾ひれが乾燥すると、2本足になるんだ」

筧の言葉に彼女はまたキョトンとする。

「……随分古い映画を知ってるね」
「なんで出典が解るんだ?」
「だって、何遍も観たもーん」

彼女はそういうと鮮やかな動きで、泳ぎはじめた。
水中なびいていく長い髪は、まるであの映画のようだと、彼は思った。
プールの端の方に泳いでいき、ターンをして筧のところまで戻ってくる。

「そうそう、それに、意外とロマンチスト?」
「俺が?」
「だってあれ、すっごいロマンチックな話よ?」
「……」
「偶然見ただけなのが正解なのかぁ……」

そう云うとまた泳ぎ出す。
それはこちらの科白。
ナイスバディだけど、眼鏡をかけて、性格はざっくばらんな下町娘なのに……。
キミは意外とロマンチスト。