同窓会 −5−
「どうする?」
「なにーガンちゃん、人事の人に口きいてくれんの?」
美紀が問いただす。
その言葉に飯野は首をかしげる。
「あれ……知らなかった?」
「何が?」
「ガンは社長」
美紀と友里と斉藤、そして真咲も一斉に声を上げる。
「えええええっ!?」
「斉藤さん、金だけだったら俺よりガンの方が稼ぎいいよ」
「げ、マジで?」
「マジで」
「ガンちゃんが……」
「社長?」
「年商、億単位のITベンチャー企業社長」
飯野の言葉に、斉藤はまじまじとガンを見る。
横にいた真咲が椅子ごとガンから距離をつくる。
「な……な……」
「まー俺がっていうようり、光一が、学生時代に作ったSNSシステムが大手企業に認められて、光一が俺にいろいろ相談するから俺もそれにのっていたらもう会社にしちゃえばー?ってなって、いつのまにやらってカンジ?」
「はー、瀬田が社長じゃないんだ?」
斉藤が尋ねる。
「あいつ、システムの開発とかは好きなんだけど、会社経営は興味なしで、でもそんだけ儲けられるならもー起業しちゃえよって言ったら、じゃあ任せたって」
「それで!?」
「うん、それで、現在急成長中、で、社員も常時採用中、うちは新卒と中途採用者は半々だよ」
ガンが言うと、左隣りに座った愛衣が、ガシィっと真咲の腕を掴む。
「まって、まって、まって、真咲ちゃんが今就職活動中なら、私のところへ来てー! 手伝ってー!」
「愛衣ちゃん!?」
「水臭いよ! 真咲ちゃん! 困ってるなら相談してよ!」
「愛衣ちゃん……」
「お給料はガンちゃんところよりも少ないかもだけど、でも真咲ちゃんと一緒に仕事したいー! きっと楽しいよっ!」
愛衣は今、10代から20代女子に人気のブランドデザイナーである。
自分はそんな才能はなかったし、愛衣の成功にはただただ感心するばかりだったのだが……。
「よかったじゃん、鎌田、就職先が見つかって、あんた同窓会じゃなくて就活しに来た?」
斉藤が呆れ気味に言う。
当の真咲としては突然のことで頭が真っ白だ。
「まあまあ、真咲ちゃんゆっくり考えてよ、そだ、真咲ちゃんも斉藤さんもちょっと手伝ってよ、そろそろビンゴゲームでもやろうかと思ってるからさー」
相変わらず、ガンちゃんの「手伝ってよ」が出てくる。
ガンが立ちあがって真咲と斉藤を促して、マイクの方へいき、会場に、ビンゴタイムでーすと知らせる。
真咲と斉藤はカードを配布して、景品を渡す作業を手伝いながら、マイクでいつもどおりの調子でビンゴを進めるガンを見て、大人になったけど、こいうところは変わらないんだなと感心したのだった。
ビンゴも終わり、一次会はお開きになり、店の外に出ると、愛衣はがっちりと真咲の腕にすがりつく。
「絶対絶対っ私と仕事するのー!」
愛衣は言う。
「ガンちゃんには瀬田君がいるじゃん! 真咲ちゃんも一緒に仕事したらずーるーいー」
「菊池、仕事は仲良しクラブじゃないんだよ!」
斉藤がまた説教するが、愛衣は譲らない。
「わかってるけど、わかってるけど、真咲ちゃんがいると心強いんだもん。うちの商品最近デザインワンパターンなんだもん。真咲ちゃんみたいな子も欲しいって思う商品作りたいしー」
「ほら見ろ、菊池だって、あんたに女子力ないって言ってるよ鎌田」
「女子力いらないし!」
斉藤に言い返すと、ガンから声がくる。
「じゃあ、俺のところへくる?」
愛衣が真咲の腕につかまったまま、猫が威嚇するようにガンを見る。
「ダメダメ」
「で、真咲ちゃーん、これからどうする? 当初の予定どおり、カラオケ行く?」
美紀と友里が言う。
「う、うん」
「おっけー。店に予約入れておくー」
真咲は愛衣とガンに挟まれて、美紀と友里の後を追うように歩き出した。
「愛衣ちゃんの気持はわからないでもないから、真咲ちゃんがいいなら、俺のところは、そんなに気を使って考えなくてもいいよ」
ガンちゃんの言葉に、愛衣はぱああっと顔を輝かせる。
「じゃ……」
「でも」
「何?」
「もし、愛衣ちゃんのところで給料や待遇で不満があったら、俺のところへおいで」
「そんなことないですー!」
愛衣は言い張る。
「仕事じゃない意味でだよ」
「?」
「永久就職先として、考えて下さいってこと」
愛衣と真咲は足を止めて、ガンを見る。
照れも何もない、さらっとした口調で、まるでお天気の話をするかのように淡々してるけれど、彼の言葉の意味は……。
「とりあえず、現在の、古い友達の状態から前進したお付き合いからお願いします」
愛衣はぱっと手を離す。
愛衣の体温が真咲の腕から離れて、真咲は愛衣を見る。
愛衣はニヤニヤ笑いながら、後に続く飯野と斉藤の方へ歩いていく。
「ちょ、ちょっと、愛衣ちゃーん」
愛衣は斉藤と飯野の間に入って今の言葉を伝えてるに違いない。
「真咲ちゃん」
ガンに呼ばれて、真咲は視線を愛衣からガンに戻す。
「はっはいぃぃっ!」
「返事は?」
「う、その、あの、いきなりで、その」
「ダメ?」
「ダメじゃないけどーその」
真咲が言い淀んでいると、美紀が予約取れたからおいでーと、真咲達に叫んでた。
真咲もガンちゃんと美紀、どっちに返事していいかわからず、そして、後ろに引っ込んで成り行きを静観してる愛衣達にも何かいってやりたいのに、ガンが言う。
「ダメじゃないなら、いいんだよねじゃ、OKということで」
ガシっと手を捕まえられる。
「なっ、そういう意味じゃなくてっ!」
10年も経ったけれど、この彼には敵わない気がする。
真咲はもうどっちを向いてもからかわれるなと思った。
「ガンちゃんはほんと変わり者だよ」
「そうかなー」
「そうだよ」
「でも、真咲ちゃん、俺といると退屈しないよ」
「わかってる」
真咲の言葉に、ガンちゃんはふんわりと笑って、真咲の手をとった。
お遊戯会の準備の時、土手沿いを歩きながら初めて手をつないだ時を真咲は思い出す。
「ねえガンちゃん」
「何?」
「茶碗蒸し、好き? あたし好きなんだけど」
「へー俺も好きだよ」
「この間、お母さんに教わったんだ。だから、作ったら、食べてくれる?」
「もちろん。楽しみだな」
そう照れくさそうに笑いあって、あの日みたいに、手を振りほどくことなく、二人は歩き出した。
END