昼休みに完成したのは、『ツバメ』『カエル』『モグラ』『蝶々』と『妖精』。
そして、放課後には『王子』と『ねずみのおばさん』が完成した。
家庭科室から会議室に移動して、それぞれのお母さんたちが子供を連れてぞろぞろと、会議室に入ってくる。
しかしやっぱりこの日に都合がつかないお母さんもいて、そういう人は幼稚園の先生が、預かるらしい。
出来上がった衣装を見て、こどもの前に当てたり、中にはすでに着せちゃったりして、『うわーすごい』『凝ってるねえ』なんて声があがって、クラスのみんなはちょっと照れ臭そうにしているが、やっぱりそんな中で1人黙々と手縫いを続けているのは愛衣ちゃんだった。
しかしそうこうしていると、衣装の引渡しは終わり、もう残ってるのは生徒達だけになった。
そうなったところでガンちゃんが声を出した。
「みんなーごくろうさまでした。明日は劇がキラキラプラネットの大ホールで行われるんで、お昼すぎにロビーに現地集合で」
ガンちゃんの言葉に「おう」とか「はーい」とか、クラスメイトたちが声をあげる。
「ホチキスとか両面テープとか裁縫セット、持参してくれるとありがたいです」
真咲も云う。
これは昨日電話で、愛衣ちゃんが云っていた。
当日、微調整しなきゃならないこともあるから、そういうのあるといいと、云っていたのだ。
性格上、愛衣ちゃんは人前で伝達するキャラじゃないので、真咲からみんなに伝えると女子から『オッケー』と声があがる。
そんな賑やかな会議室のドアを開いたのは、遅れてきたお母さんたちではなく、飯野君だった。
「ガン、できたよ」
「まじ? っしゃ、みんなーえーと、ごくろうさまでした。帰るだけの準備をして最後にもう一度家庭科室に来てください」
「家庭科室?」
「えー先生から掃除しろって?」
「掃除はしたよー」
そんな声が上がる中、ガンちゃんは両手を振る。
「違うから、そうじゃなくてさ。今回つきあってくれた人に、崇行と、お母さんたちから、感謝の気持ちでね」
「?」
「カレーライスを作りましたー」
「うおお!」
「マジ?」
「夕飯がわりになっちゃうかもだけど、みんな食べてって」
真咲は最後まで頑張ってる愛衣ちゃんに、学校終ったら、一緒にやろうと云って、手を止めさせて、一緒に会議室から家庭科室へと歩き出す。
ガンちゃんは、前もってこういう打ち上げがあると、知らせておこうか悩んだらしい。でも、コレにつられて、あんまり働きそうもない生徒が集まってくるのはさけたかったらしい。
本当はもっと軽食を用意しようかと案もあったけれど「カレーは別腹」というガンちゃんの意見がまかりとおってしまったんだとか。
会議室をでて階段を昇ると、独特のスパイシーな臭いがみんなの嗅覚をくすぐる。
給食当番のように、ガンちゃんがライス、飯野君がカレーを盛る。
「ほんとはね、ガンのヤツが、おでんとかにする? っていってたんだけどさ」
飯野君が言う。
「コストがかかるよって云ったんだ。したら、じゃあ、カレーだなって」
「一もニもなくカレーかよ」
「オツ『カレ』サマで、カレーなんだって」
「なんだそりゃ、駄洒落かよ」
男子がわいわいそんなことを云いながら、家庭科室に入ってく。
今回の衣装作りに参加した十数名が、紙皿に盛られた、白いご飯と、カレーを前にする。
全員に配り終わると、みんな声をそろえて「いただきまーす」を唱和した。
「おいしい!」
真咲が云うと、愛衣ちゃんも頷く。
「うん! おいしいね!」
「崇行がほぼ作ったんだよ」
ガンちゃんが云う。
飯野君の作ったカレーは結構ジャガイモも人参も、大きめにカットされている。
「家で作ると、本当は、もっと細かく根菜類を切るんだ、桃菜がまだ小さいから、けど、みんなが食べるならカットは大きくと思ってさ」
「大きいとジャガイモがホクホクしてていいよな」
「な」
ガンちゃんと光一が頷く。
「へーやっぱ、お家でも作るの?」
真咲が尋ねると、飯野君は頷く。
「うん。桃菜も好きだし」
飯野君は、桃菜ちゃんの様子を見てる。
桃菜ちゃんも、このカレーにはご相伴だ。
口の周りにカレーをつけてると、飯野君がハンドタオルで拭いてあげている。「トマト?」
「あ、うん、カレーにね、ホール缶のトマト入れたんだ、苦手?」
「ううん。美味しい。へー今度やってみよう。桃菜ちゃんのお兄ちゃん、お料理上手だね」
真咲が云うと、桃菜ちゃんはうんと頷く。
答えるよりも、食べるのが必死のようだ。
それは、もちろん、桃菜ちゃんだけじゃなくて、今回参加したみんなそうなのだけど……。
でも、おでんはコストがかかるからカレーという選択肢は……。
やっぱりガンちゃんは、飯野君のことを考えてのことなのかなと、必死でカレーを食べている桃菜ちゃんを見て、真咲は思う。
お母さんがまだ入院中だし、飯野君は桃菜ちゃんの面倒をみなければならない。
この打ち上げカレーで、今日、家に帰ってからの夕飯を作るという飯野君がやらなければならない家事を一つ減らしたことになる。
――――たいへんだよなあ……飯野君……。
クラブ活動だって、お休みをもらっていると聞いた。
サッカー部だから、上下関係は厳しいし、一年はだいたいが玉拾と基礎トレーニングで終ってしまう。
事情を知らない上級生の中には、『玉拾いがイヤで部活に出てこない』と、早とちりをして言いがかりをつけてきた人もいるらしい。
そのときもガンちゃんが、『まあまあ』と、先輩を宥めて納得させたという。そんな真咲の考えが飯野君にも伝わったかのように、飯野君は云う。
「ガンにはお世話になりっぱなしだよな」
「いいよ、またカレー作ってくれ、食いに行くから」
ガンちゃんが云うと、飯野君は笑う。
「菊池さんも、ほんと、ごめんね」
ふいにそう云われて、愛衣ちゃんは首を横に振る。
「ううん、私も……、桃菜ちゃんにはごめんなさい」
「あした、まにあうんだよね……」
桃菜ちゃんが呟く。
「うん。おうちのミシンで頑張るね」
「ぜったい、ぜったいだよ」
「うん」
「だから、桃はお歌と合奏頑張ろうな」
「うん」
「兄ちゃん、ビデオ、持っていくから」
「うん!」
「ほら、お姫様のキラキラ冠見つけてくれたあのお姉ちゃんが、桃菜ちゃんの髪、キレイキレイにしてくれるって」
さっきから、こっちをちらちら見ている斉藤に視線を向けると、斉藤がギョっとした顔をしていた。
会話に参加したそうにしていたわけではなくて、ただ、飯野君を見ていたかっただけかもしれない(そしてもし、機会があれば話をしたかったのかもしれない)が、まさかテーブルに距離があるに、話を振られるとは思わなかったのだろう、驚いた顔をしていた。
「ねー斉藤、あれだよね、合奏の時から参加してくれるんでしょ? 髪結ってあげんでしょ? 劇とは別にさ」
真咲が声をかけると、とっさのことでどうリアクションをしていいのかわからずに固まっている。
桃菜ちゃんの期待を込めたキラキラした視線を受けて、ようやく頷いている。それを見た桃菜ちゃんの顔がぱあっと輝く。
「いいの? 劇は昼からなのに、午前中からつきあってくれるの? 斉藤さん」
飯野君の言葉に、斉藤は頷く。
「うん。リボンとかも、いろいろあるから、桃菜ちゃんは何色が好き?」
「ぴんく!」
「うん、ピンクのリボン持ってくるよ」
「えへへ、ありがとう! おねえちゃん」
まったくなんであたしに話を振るのよと、いう目で真咲は軽く睨まれたけれど、それをスルーする。
だいたい、自分を見て欲しいなら、そいうところからアピールすればいじゃんかと、真咲は思う。
ニヤニヤしていた真咲は、ふと自分たちのテーブルに視線を戻すと、ガンちゃんの視線とまともにぶつかる。
「な、なに?」
「うん、真咲ちゃんはやっぱ、料理できる男がいい?」
「なんで?」
「オレもちょっとは頑張ったんですけど?」
「ああ、カレー? おいしいよー。ぶっちゃけあたし、あんまり料理も得意じゃないけど、作りたくなったよ。そうだ! 今度みんなで作らない?」
真咲が云うと、みんな盛り上がる。
「いーねー。カレーの会。カレークラブ」
「カレーだけ作るクラブ」
「それすごくね?」
皆がわあと盛り上がって、家庭科室は笑いとカレーのにおいに包まれたのだった。