試合でマウンドに立つことはあった。
でも、それはキャッチャーとして、エースに話しかける時だ。
――――ピッチャーは憧れのポジションだもんね。
努力をして、女ながらそのポジションを勝ち取ってきた幼馴染は語る。
――――ヒデちゃんのやりたい気持ちはわかるけど、いっぱい努力しなきゃなれないよ。
――――なるよ、オレ。
――――あたしも、ピッチャーになるもん。
――――オレもなる〜っ!
――――なるよ、オレ。
――――あたしも、ピッチャーになるもん。
――――オレもなる〜っ!
まだ小学校に上がったばかりの頃の会話。
結局、リトルに入れたのは小学校5年の時だった。
一緒にずっと野球をやってきたけれど、トーキチに叶うところはないような気がしていた。
マスクを被ったトーキチが、軽く投げろと合図を送る。
入れ換わったポジションに違和感を覚えるものの、いつもどおり、キャッチボールと思えばいいと納得する。
ストライクゾーンを大きく外れて、トーキチのミットに収まる。
その一球の様子を見て、内野陣は、
―――ノーコンすぎるぞ……ヒデ……。
勢いがあるのか肩に力入りすぎているのか、多分相手チームのバッターも同様に思っている。
――――トーキチのコントロールがなまじいいだけに……。
――――他のヤツが投げるとその荒さが目につくなあ。
――――三倉は控えなんだが、あれはあれで標準値かあ……。
そんな内野陣の心の声がプレッシャーになったようである。
試合再開でバッターがボックスに入る。
トーキチはサインを出す。
ストレート、ど真ん中。
ヒデはサイン通りに投げる。
が。
ボールはバッターのわき腹に直撃。
「デットボール!」
マウンド上でサーと血の気が引いたヒデは帽子をとって深々と頭を下げる。
トーキチは審判にタイムを云って、マウンドに上がる。
――――やっちまったよ! ヒデのアホ!!
――――バッテリー同志で乱闘とかはねえよな!?
――――お願いだから、試合中止とかは辞めてくれえ。
内野陣も慌ててマウンドに走りだ外するけれど。トーキチは大丈夫だからと手で制する。
ヒデもその仕草に、咽喉が渇くのを憶える。
マスクをかぶっているので表情は近づくまで見えなかった。
てっきり、「てめえ、このノーコンがサイン通り投げろっつったろーが!」ぐらい怒鳴られると思ったが、意外にも、そんな怒っているいような表情でもなかった。
「ヒデ、アンタさ。云ったじゃんよ。キャッチボールでいいから」
「打たれるだろ」
「打たせろ。みんながとってくれる」
「……」
「あんた、みんな信じてないの?」
「それは、ない」
「でしょ?」
「キャッチボールでいいんだな? ほんとにそれでいいんだな?」
「いいんだよ」
――――相手チームの親に文句つけられるよりは、いっそお前は、打たれてろ。
「アンタ最後まで投げていいから」
「いいのか?」
「いいよ、ただしサイン通り投げろ、外と内ど真ん中のストレートだけでいいから。ミットに収まるように投げろ」
「わかった」
「どーしても投げにくいなら、どっかのキャッチャーみたいにキャッチャースチールで投げてもいい、あたしが許す」
その発言に、ヒデは噴き出す。
二人で読み漁った某野球漫画のワンシーンを云ってるのだ。
「ないから! それはないから!」
ヒデが否定すると、トーキチはにやりと笑って、グラブでヒデの胸を軽くたたいて、背を向けた。そして、ちらっとベンチへ視線を投げ、マスクをかぶり、ボックスへと走って行く。
デットボールで出塁した相手チームのランナーに、ファースト岡野がスミマセンとか謝っている。
「プレイ!」
深呼吸をして、ミットを構えるトーキチを見る。
やっぱりど真ん中ストレート。
相手バッターはさっきのデットボールを見ているから、初球はバットを振ることはないだろう。
ヒデのコントロールが悪いと思って、警戒もするはずだ。
――――ヒデ、コントロール悪いって、ウチのメンバーも今のデットボールで思ったかな……。でも、コントロール実は悪くないんだぞ。
牽制球だって上手いんだから、投球事態は悪くない。
もしかしたら、今は、多自分よりもボールスピードはあるんじゃないかとトーキチは思う。
――――去年と比べると、背も伸びてるし。くっそ羨ましい。
女子であるトーキチは望んでも手に入らないモノを、ここにいる、トーキチ以外のメンバーは持っている。
――――あたしもみんなとずっとこうして野球やってたいよ。
期間限定故に、こだわる勝ちへの執着。
――――ヒデに投げさせて……勝ってやる。
トーキチはポジションにつくと、今度もど真ん中のサインを送る。
キャッチボールのスピードでど真ん中なんて打たれるに決まってる。
トーキチの出すサインに思わず首を横に振りそうになるが、マスク越し、そして距離があるにも関わらず、サイン通りに投げろのオーラが見える。
トーキチはみんなを信じろと云った。
結局、リトルに入れたのは小学校5年の時だった。
一緒にずっと野球をやってきたけれど、トーキチに叶うところはないような気がしていた。
マスクを被ったトーキチが、軽く投げろと合図を送る。
入れ換わったポジションに違和感を覚えるものの、いつもどおり、キャッチボールと思えばいいと納得する。
ストライクゾーンを大きく外れて、トーキチのミットに収まる。
その一球の様子を見て、内野陣は、
―――ノーコンすぎるぞ……ヒデ……。
勢いがあるのか肩に力入りすぎているのか、多分相手チームのバッターも同様に思っている。
――――トーキチのコントロールがなまじいいだけに……。
――――他のヤツが投げるとその荒さが目につくなあ。
――――三倉は控えなんだが、あれはあれで標準値かあ……。
そんな内野陣の心の声がプレッシャーになったようである。
試合再開でバッターがボックスに入る。
トーキチはサインを出す。
ストレート、ど真ん中。
ヒデはサイン通りに投げる。
が。
ボールはバッターのわき腹に直撃。
「デットボール!」
マウンド上でサーと血の気が引いたヒデは帽子をとって深々と頭を下げる。
トーキチは審判にタイムを云って、マウンドに上がる。
――――やっちまったよ! ヒデのアホ!!
――――バッテリー同志で乱闘とかはねえよな!?
――――お願いだから、試合中止とかは辞めてくれえ。
内野陣も慌ててマウンドに走りだ外するけれど。トーキチは大丈夫だからと手で制する。
ヒデもその仕草に、咽喉が渇くのを憶える。
マスクをかぶっているので表情は近づくまで見えなかった。
てっきり、「てめえ、このノーコンがサイン通り投げろっつったろーが!」ぐらい怒鳴られると思ったが、意外にも、そんな怒っているいような表情でもなかった。
「ヒデ、アンタさ。云ったじゃんよ。キャッチボールでいいから」
「打たれるだろ」
「打たせろ。みんながとってくれる」
「……」
「あんた、みんな信じてないの?」
「それは、ない」
「でしょ?」
「キャッチボールでいいんだな? ほんとにそれでいいんだな?」
「いいんだよ」
――――相手チームの親に文句つけられるよりは、いっそお前は、打たれてろ。
「アンタ最後まで投げていいから」
「いいのか?」
「いいよ、ただしサイン通り投げろ、外と内ど真ん中のストレートだけでいいから。ミットに収まるように投げろ」
「わかった」
「どーしても投げにくいなら、どっかのキャッチャーみたいにキャッチャースチールで投げてもいい、あたしが許す」
その発言に、ヒデは噴き出す。
二人で読み漁った某野球漫画のワンシーンを云ってるのだ。
「ないから! それはないから!」
ヒデが否定すると、トーキチはにやりと笑って、グラブでヒデの胸を軽くたたいて、背を向けた。そして、ちらっとベンチへ視線を投げ、マスクをかぶり、ボックスへと走って行く。
デットボールで出塁した相手チームのランナーに、ファースト岡野がスミマセンとか謝っている。
「プレイ!」
深呼吸をして、ミットを構えるトーキチを見る。
やっぱりど真ん中ストレート。
相手バッターはさっきのデットボールを見ているから、初球はバットを振ることはないだろう。
ヒデのコントロールが悪いと思って、警戒もするはずだ。
――――ヒデ、コントロール悪いって、ウチのメンバーも今のデットボールで思ったかな……。でも、コントロール実は悪くないんだぞ。
牽制球だって上手いんだから、投球事態は悪くない。
もしかしたら、今は、多自分よりもボールスピードはあるんじゃないかとトーキチは思う。
――――去年と比べると、背も伸びてるし。くっそ羨ましい。
女子であるトーキチは望んでも手に入らないモノを、ここにいる、トーキチ以外のメンバーは持っている。
――――あたしもみんなとずっとこうして野球やってたいよ。
期間限定故に、こだわる勝ちへの執着。
――――ヒデに投げさせて……勝ってやる。
トーキチはポジションにつくと、今度もど真ん中のサインを送る。
キャッチボールのスピードでど真ん中なんて打たれるに決まってる。
トーキチの出すサインに思わず首を横に振りそうになるが、マスク越し、そして距離があるにも関わらず、サイン通りに投げろのオーラが見える。
トーキチはみんなを信じろと云った。
――――オレも信じるしかねーよな、トーキチをさ。
サイン通りに投げるべく、ヒデは振りかぶった。