Extra 春休み
「岡野のヤツも気の毒に……」
「春休みがぱあだな」
「ああ」
三倉と澤田とヒデが呟く。
「親から見ると、春休み中だったのが不幸中の幸いってヤツだろうな」
「トーキチは?」
「あー、先いってろって」
「おお、チームメイトのお見舞いにおめかしか?」
澤田がいうとヒデは首を横に振る。
団地を出るまで一緒だった。
着ている服装はいつもと同じ。
ジーパンに普通の長そでティーシャツだった。
おめかしって感じはなかったのを見ている。
「そーじゃなくて、なんか先に行ってろって、病院とは反対方向の荒川土手の方にに走っていってさ、すぐ合流するからって云ってたんだけど……あ、きた」
病院のエントランス前にたむろしているチームメイトを見たトーキチはダッシュで走りこんできた。
「もうお見舞いした?」
開口一番、彼女が聞く。
「おめーを待ってたんだよ!みんな」
ヒデが云うとトーキチは肩で息を弾ませている。
「あー律儀に待ってくれたんだ? ごめん」
「何してたんだよ」
「お見舞いだからさー、手ぶらじゃなんだと思ってさー」
彼女の手に小さな花束がある。荒川土手で摘んできた春を感じさせる野の花を小さくヘアゴムで止めている。
出かけの時はポニーテールにしていたのに、この花束を作るために髪を解いて、花束をまとめたのだろう。
こいつのこういうところは、女子だよなと澤田も三倉も思う。
「マメだな『はげましのお手紙』があるじゃねーか」
「ほんと、恐ろしいことを考えるよな、三倉」
「なんだよ、みんなもノリノリで書き加えてたんじゃねーか」
「ウォーリーを探せみたいだよな?」
口々にそういって、病院に入っていく。
二階の小児病棟のナースステーションで岡野の病室を訪ね、小児病棟の大部屋に入ってくと、一番角のベッドに岡野が状態を起こして、週刊少年の漫画雑誌をめくっていた。
チームメイトの顔を見ると、うれしそうな明るい表情になる。
「岡野ー、屁でたー?」
「ガスプー」
「おう、でたでたプー、てかトーキチいんのに屁とかゆーか」
軽く返されて、みんなほっとする
「お、岡野ーフェミニストー」
三倉がひやかす。
ヒデがポンとトーキチの肩を叩いて、云う。
「岡野、手術したから、お前が女子に見えるらしいぜ」
「ヒーデー……おめーは……あたしゃ女子だっつーの、岡野元気そーじゃん、これ、お見舞い」
トーキチが差し出す小さな花束に、岡野はほんの少し照れくさそうに、それを受け取る。
数日前の朝、チームの練習の最中に岡野は腹痛を訴えて、グラウンドに倒れこんだ。
みんなあせって、監督をよぶやら、走って岡野の家にいって親を呼びつけるやらで、その日は練習にならなかった。
すぐに病院に連れて行くと、急性の虫垂炎。
盲腸だと診断されて、手術になって現在入院中……。
「朝錬の最中にぶったおれた時はびびったじゃねーか」
「起きぬけ、なんか腹いてーなーとは思ったんだけどさ、動けばなんとかなるかなーと思ってたんだ」
「なんともなるわけねーべ、あほか」
「始業式はまだ無理なんだろ?」
「うんーその次の日退院だ」
「手術どうだったよ」
「麻酔いてええ、背骨に打つの予防注射とチゲーよ、何あれ」
「へー」
「で。途中で麻酔切れた」
「げ」
「もう腹閉じてるところだったらしいけれど、でも痛かった」
「岡野、早く元気になってね」
トーキチがそういうと、岡野はちょっと固まる。
「はい」
「何?」
ファンシーな封筒を手渡される。
トーキチが摘んできた花束にも結構岡野はドキドキしたのに、またこのファンシーな封筒の登場である。
照れ臭いのと嬉しいのがかなりMAXだ。
そんな岡野の表情を見て。澤田も三倉もヒデも、笑い出しそうな表情をこらえる。
最初もときめいた岡野だが、周囲の様子のおかしさに、怪訝な表情をする。
ファンシーな封筒から便箋を取り出すと、便箋にびっちりとひらがなで「もうちょう」の文字が羅列しているのである。
まずはその文字の羅列のインパクトに噴出す。
瞬間−−−。
「いっでぇぇえ」
腹筋を使い傷が引きつったのだ。
それを見てみんなが一斉に笑い出す。
「お、お、お前ら、鬼か!」
みんなハイタッチで岡野を見下ろす。
「芸こまか! これあれだろ、しかも、いてえ、これ、間違いさがしになってる!」
もうちょうのほかにしゃちょうとかかちょうとかしょうちょうとか書き込まれていた。
トーキチはコップに水を汲んでサイドテーブルに花を活ける。
「ま、はやくよくなってまた野球やろーよ」
トーキチくったくない笑顔でそう呟いた。
例のお便りで笑いすぎて、看護師さんにお目玉をくらい、病院からみんなぞろぞろとでてくる。
ヒデは気になっていることを、トーキチに訪ねた。
「なートーキチ、もし俺が岡野みたいに盲腸になったら、花持ってきてくれる?」
「はあ? あほか!」
「なんだよ」
「そーゆーこと例えでもいうな。てか病気すんな! 怪我すんな!」
「ひでえ!」
「ヒデが入院したら、誰があたしの投げるボールをキャッチすんのよー野球やっても面白くないってゆーの!」
トーキチはそう叫んで飛んで走り去っていく。
叫んで走り去るトーキチの耳が赤いのを三倉と澤田は見逃さなかった。
「なー、ひどくねえ、思いやりなくねえ? あのピッチャー」
ヒデはそこに気がついてなくそんなことを呟いている。
澤田と三倉は顔を見合わせて深いため息をついた。
END