Extra 夏祭り




「おー。ヒデさん、こっちー」
「ヒデ、何やってんだよ、遅いじゃんか」
「出かけに朝晴につかまりそうだったんだよ」
梅の木アパート自治会主催の納涼盆踊り大会。
3号棟に併設されてるちっちゃい公園のジャングルジムに櫓が建てられ、普段は住人専用の歩道に車が乗り上げて屋台が開かれる。
オレ達の目当てはこれだ。
晩飯よりも、この屋台から漂う鉄板にソースを垂らした音と匂いが、オレ等の食欲をそそる。
食い物屋だけじゃなくて、くじ引きや、金魚すくい、朝晴はお面とかすげえ欲しがりそうだけど
な。

「トーキチは?」
岡野は言う。
「野球以外だと誘いにくいだろ、そんなん」

わかれよ、察しろよ、そういうの。
フツーにしてたって、最近やたら冷やかされるし。
これが中学とかだったら、違うのかな。
トーキチだって、そうやって冷やかされるのわかってるんだから、オレ等とはこうやって夜店や屋台、回りにくいもんな。
同じ学年の女子の姿もチラホラ見えるし、こういう状況でいくらリトルで一緒だからってつるんでいたら、また、あれ、煩い女子になんか云われるんだろうし。
「でも、なんか物足りねえ」
岡野が呟く。まあ、そうだけど、しょうがないだろ諦めろよ。

「じゃあ、いくべ、イカ焼き食おうぜ」
「あちーよ、かき氷だろ、断然」

日が沈んでも蒸し暑い。
Tシャツとハーフパンツで、屋台の並びを、オレ等は歩きはじめた。
朝晴ぐらいの年齢のちっちゃい子供は、甚平さんや、クシュクシュ帯を締めた浴衣を着ていたりする。
オレ等の同じ学校の女子も、浴衣を着ている子は着て―――――、オレ等と同い年の子はもうクシュクシュ帯じゃねえんだよな。きちんとした浴衣で、そういうのちゃんと着て隣町から、こっちまで足を運んできたりしている。
梅の木アパート自治会主催の納涼の屋台は、規模が大きいからな。
荒川の花火大会も屋台規模はすごいけれど、人込みがそれを上回るからなあ。

かき氷で熱さを凌いで、櫓の方へ歩いていく人込みを眺めていた。
試したい屋台は射的ならず、ボール当てだ。
景品にボールを当てて、あたった景品をゲットする。オレ等には腕を試されるあの屋台。
紙コップの底に残るシロップで溶け出した氷水を咽喉に流し込んで、ゴミ箱に投げ入れた。

「行くぜ。今年こそは新作ゲームソフトを獲る」
「おう」

屋台のオヤジとは、3年の攻防戦。
ゲームソフトは的としては小さい方だから、中々ゲットしにくい。
女子も、挑戦している子はいるが、なんだかわからないしょぼいノートとか当てて、目当てのぬいぐるみを逃して、嘆いている子もいるぐらいだ。
だけど、オレ等はリトルのメンツをかけて欲しいものをゲットしねえと。
チャンスは1回。
景品のレベルが上のものは上だから、1回の料金が金魚すくい2回分に匹敵する。
500円。
はずれるとイタイ。
屋台の近くにきて、誰がやる? と相談して、結局オレになった。
「オレかよ、料金もオレ持ちってこと?」
岡野と吉田が頷く。
これで外したら、このあと屋台は何も楽しめねえだろ。
これで半分以上はお小遣いぱあだぞ。
いや、獲ればいい話だ。獲れば――――――……。
オレは覚悟を決めて、おっちゃんに料金を払って、ボールを握る。
「行け。ヒデ!」
景品を置くひな壇は、かなり奥まっている。
喧騒の中、集中しろ、オレ。
右腕を振り上げ、ボールを投げた。

…………。

岡野はポンとオレの肩を叩く。吉田もオレのもう片方の肩にポンと手を置く。
オレが手にしたのは犬のぬいぐるみだ。
新作ゲームソフト。あと数センチでゲットできたのに。
観戦していた女子からはいいなあの声が聞こえてきた。
そんなにいいなら、これやるから、お前等、オレに500円くれよと思う。

「にいにい! わんわん、わんわん!! あーあー!」

聞覚えのある声がする。
顔を上げると、白地に赤い金魚がプリントされた甚平さんを着た朝晴が、オレの手にしている犬のぬいぐるみをちょーだいと、手を伸ばしてる。
「なんで、朝晴」
オレが呟くと上から声がする。

「ひでえ、兄ちゃんだなー、弟ほっぱらかして、それとも、それは朝晴の為か?」

岡野も吉田も声の方に顔を向ける。
カランと、下駄を鳴らして、周囲の観戦してる子供を掻き分けるように、オレ達の前にたったのは……。

「トーキチ……」

紺地に風鈴のプリント、風鈴の部分は仄かにピンクとか黄色とか僅かに色が入っている浴衣を着たトーキチが立っていた。髪はお団子にして、リボンをしている。
そうしていると、女の子だった。
ユニホーム着て、マウンドに立つ印象が強いから、一瞬見なれない格好されると、なんだか……。
別人見ているみたいでおちつかねえ。
カランと下駄の音が響く。

「どうだ、朝晴、あたしのちっちゃい頃の甚平さんピッタリだ。かわいいだろー。ねー朝晴?」
「あー!」

「トーキチの方が朝晴の姉ちゃんみてえだな」
岡野が言うと。朝晴はオレの手にしている犬のぬいぐるみをよこせの仕草をまた復活させる。
オレは朝晴に犬のぬいぐるみを渡すと、朝晴はトーキチにぬいぐるみを掲げて見せる。
「よかったなあ、トモ。貰ってなあ」
「あー。わんわん」
朝晴は満足そうに笑っている。
オレは立ちあがって、岡野と吉田に声をかける。
「行くぜ、もう、オレの小遣い少ねぇんだよ」
「ヒデ」
トーキチに声をかけられて、オレはトーキチの方に振りかえる。
「朝晴を、見てろ」
「あ?」
「いいから、朝晴見てな。トモ、ヒデと一緒にいな」
「あい」
朝晴は従順に頷く。言葉があまり出てこねえけど、朝晴はトーキチのいうことわかってる。
トーキチはカランカランと下駄を鳴らして、おっちゃんに「1回」と声をかける。
岡野が朝晴の手を握る。
オレ等は顔を見合せた。

指定位置より2、3歩離れて、トーキチはボールを握る。
カン!
と音をたてて、下駄を脱ぎ捨てた。
心なしか観戦者、増えてきたぜ。
これだよ、トーキチが投げるってだけで、そこがマウンドみたいだ。
遠巻きの大人の誰かが、裸足になったトーキチを見て「気合入ってるなあ」とか声をかける。
ボールの感触や重さを確認するとトーキチは腕を振り上げた。
浴衣の裾を払うかのように、足をグッと踏み込む。
しなるように鳴る腕からボールが放たれる。まっすぐに!
パン!と音が立って、新作のゲームソフトが倒れた。
屋台のおっちゃんが驚いて目を見開く。

「おっちゃん、それ、当たったよ」

トーキチは不敵に笑う。
見ていた子供達から「おお!」とか「すげえ!!」とか声が上がる。
「やべえ、トーキチ、カッコヨスギ」
岡野が呟く。
「惚れそーだ」
吉田も呟く。
なんだとっ!!
オレが目をむいて2人を見てると、オレの前に新作ゲームソフトが見える。
「トモにぬいぐるみとったんだろ、おばちゃんからトモの分お小遣いは預かってるから、交換だ」
「……」
「透子――――――! あたしの分もやってぇ!」
「あたしも、あたしも!!」
クラスの女子がオレ等を押し退けて、トーキチにお願いポーズでおねだりする。
トーキチはそれらを全部受けつけて、一球も逃さずに、戦利品をゲットすると、おっちゃんから出入り禁止を言い渡された。
「んだよ、あたしの分はこれからなのに、できないじゃんか」
「ポンポン!!」
「おー、水風船だね、トモ」
「あい! ポンポン!!」
「しょうがない。ヒデ、そのゲームやるときはあたしも誘いなさいよ」
トーキチはそう言い捨ててトモをつれて、水風船の方へと下駄を鳴らして歩いていく。
「たく商売あがったりだ。なんなんだよ、あのお嬢ちゃんは」
屋台のおっちゃんはぼやく。

「オレ等、梅の木ファイターズのエースピッチャーだ」

オレが云うと、岡野も吉田も何故か自慢気な表情をして、笑っていた。
おっちゃんは、がっくりとうな垂れて、タバコに火をつける。
朝晴をつれて歩く後ろ姿を見送って、やっぱりこいつにはかなわねえかもと、オレは思った。



END