Extra ラスト・ゲーム 4回裏




4回裏の攻撃、打順奇しくも相手チームも3番からだった。
これは、相手も狙ってくるだろう。
ヒデの逆転ホームランに歯噛みしたのは、今度はこの相手チームなのだから。
「しまってこー!」
「おお!」
野手達も、ここは守らなければと気合を入れて声を出した。

――――カーブとストレートの組み合わせだ。とにかくカーブ、オレは打つから。

砂川町アローズの4番、伊能が3番の宮村にそう云った。

――――ストレートに絞れ。

「しゃあす!」っと声をかけてから、3番はバッターボックスに入る。

――――ストレートなら、そんなに速くもないしな。うちのピッチャーの方が速い。

ネクストサークルで次の打順を待つ伊能は、ホームランが出た時、下唇を噛み締めていた。
ここはもう打つしかない。自分達のチームも、2点以上を出し逆転をしたい。

「ストライク!」

ただ、梅の木のピッチャーは、外へのストレートもストライクゾーンにいれてくる。そこも良く憶えていた。
宮村はツーストライクまで辛抱強く待った。
なんといっても前打席、アウトになったものの宮村は右側に流すことはできた。
そこを思い出す。もう少し内側に入る様に、イメージする。

―――――絶対! この次はストレート内!

トーキチが投げたボールは予想通りのコース。
宮村は待ってましたとばかりにバットをスウィングする。
カキン! と当てたボールはライト前に転がった。
ベンチにいるアローズの選手達は声をあげる。
ライトがセカンドに投げる。間に合うか?
必死に走って二塁ベースへ滑り込む。
「セーフ!」
審判が両腕を広げる。
「ナイバッチ! ミヤ!」
アローズのベンチは活気付く。
セカンドベースにランナーがいる。
トーキチの表情に出さない。マウンドに立っているときは特にそうだ。
でも、こんな時はマウンドのプレーを見るように俯く。
相手にも自分のチームにも顔を見せない様に。
内心はドキドキしている。
ランナー出し二塁打になって。次は、前打席ホームラン打っている4番なのだ。
不安にならないほうが嘘だ。
呼吸を整えて、自分自身の暗示をかける。

――――抑えられる! 抑えよう、じゃない。抑えられる!

つけこまれないように気持ちを固める。

――――こいつを切って、まずワンナウトもらう。

トーキチはバッターを睨む。
まずは一球を。一番速いストレートでストライクを決めた。
ヒデからのボールを受け取る。

――――打たれても、大丈夫。みんなバックを守ってくれる。

もう一球、ストレートを低め内側に投げる。
「ツーストライク!」
アローズのベンチは、4番への期待を込めて声をかける。

――――あと、一球!

トーキチが渾身の力をこめてカーブを投げるが―――――。
カキン!
ショートのグラブを弾いて弾んだボールはレフトへ。
セカンドランナーはアッと言う間にホームへ戻った。

「同点だ!!」
「すげー!」

ベンチに戻ったバッターはベンチの連中とハイタッチをする。
ヒデはタイムをかけて、マウンドへ走ってきた。
トーキチはギュっと帽子の鍔を引き下げた。
「悪い、ヒデ」
せっかく、前の回、ヒデが逆転してくれたのに。それをフイにしてしまった。
「何が、悪いって?」
「同点された」
「同点だ。逆転じゃねえ」
「……」
「次に、オレがまた逆転してやっから、今のスッゲー悔しいかもだけど、お前、キレるなよ」
「……」
「わかるよな、トーキチ」
ヒデがチョイっとトーキチの帽子の鍔を上げる。
小首を傾げて、トーキチの顔を覗きこむ。
「ここにきて、キャッチャーぽいぞ。ヒデ」
ヒデはにっこりと笑う。
「キャッチャーだし。お前、3番に打たれた時、一瞬、あいつ(4番)を歩かせる(敬遠する)かどうするか考えなかった?」
トーキチはコクンと頷く。
「だよな、でもお前、勝負したかったんだろ? だからオレは立たなかったよ」
「……」
「オレにすまねえって、思うなら、この後のバッターは丁寧にきっていこうぜ」
「わかった」
「大丈夫、お前、今日はストレートもカーブもイイカンジだ」
試合前、ヒデも岡野も、心配していたけれど、マウンドに立って投球するトーキチのボールは走ってる。
「ストレートも速い、カーブもよく曲がってるよ」
「ほんと?」
「おう、今までで、一番サイコーじゃねえの? だから、いいな、ランナー気にするな、お前のボール、相手の4番だから打てたんだ、あとは手が出ねえ。これから下位打線だし」
「わかった」
「っし」
ヒデはマスクをして、キャッチャーの位置に戻っていく。

――――今まで一番。

トーキチは深呼吸をする。
審判が手をあげて「プレイ!」と声をあげる。

――――ヒデの云う通りだ。ここは1人1人、丁寧に切っていこう。ランナーは気にしない。

ここで全員を抑えておく。
カーブ、ストレート、カーブと投げて、三球三振。
「っしゃ! ワンナウト! いいぞ! トーキチ!」
6番が打席に入る。ストレートを投げ、ワンナウトをとる。
ヒデはストレートを要求する。
トーキチ自身は自分のストレートは球速がないようでいやだった。だから変化球を特にカーブを磨いてきた。
2年前、当時のエースが肘を痛めてエースの座を退いた。
この時のエースは速球のストレートが得意で、相手をガンガン空振りさせてきて、この地域では有名だった。
その後釜が、オンナノコだというのだから、みんな舐めてかかってた。
対戦相手だけでなく、チーム内でもだ。
でも、そんな中でたった一人だけ、トーキチを評価していたのがヒデだった。
チーム内でも、不満の声があったけれど、ヒデはずっと主張した。「トーキチは、ピッチャーとしてイイ条件、たくさん持ってるぞ、勝負すればいいんだ、不満がある奴は、でも、多分、トーキチが勝つぜ」まるで自分のことのように、胸を張って云いきった。

――――どんなリードでも、ヒデを信じよう。

最高のピッチャーと言い切った、ヒデの為に。
そしてここを抑えて、4番として、ヒデのほうが上だと証明する為に。
「ツーストライク!」
6番を三球三振に打ち取る。
「あと一人だ!」
トーキチは頷く。マウンドで叫ぶ。
「あと! 一つ!!」
野手達は、その声につられて、気合をいれる。
「トーキチ! 楽にな!」
「オレらが獲るからな!」
そんな声が、トーキチの投球を励ましたのかもしれない、最後の打者も三球三振に打ち取った。
ランナーはそのまま自分のベンチへと戻っていく。

――――なんて奴だ、打たれたのに、凹むことなく、3連続三球三振だ。

マウンドを降りるトーキチを呆れた様に見つめていた。