リトルリーグ・リトルガール 白球少年 15
結局、あたしは翌日の試合もピッチャーとして出ることになった。
東蓬学園は野球部員が100名近い大所帯。ヒデみたいにこの球技大会には野球を選択している部員もいて、そういうチームとの試合が、勝ち残るたびに増えていく。
ちなみにこのチームも野球部員はヒデだけじゃない。
その要素もあって……あれよあれよというまに、大会最終日の決勝戦に勝ち残っていた。
こうなると、試合観戦者は初日よりも増えている。
「いやーしかし、いいねえ。最終の優勝決定戦のマウンドに花があって」
ピッチャーを途中で代わった笹原君が言う。
彼は一昨日の試合で頭にボールが当たったんだけど、もう大丈夫みたいで、先発で4回まで投げていた。
相手チームも笹原君の頭の包帯を見ちゃうと、リリーフをOKせざるえないっていうか……納得してくれたみたいだ。
「普通なら荻島が注目なんだろうけど、荻島が野球するなら投げるだろうって誰もが思うもんな。特に女子が煩いよな、荻島投げろコール」
「仕方ないよ。試合慣れしていないと、藤吉さんのピッチングの良さは、わかんないっしょ」
「荻島とはタイプまったく違うがオレ的にはイイ」
「中谷も云ってたけど、藤吉さんのあだ名が『水原勇気』で浸透してきちゃってねーか?」
樫田君がベンチ越しに振りかえって、話しかけてくる。
「うん。マウンドに上がると、「頑張れ水原」云われてるよ」
あたしが云うと、みんなが大笑いする。
そこに、決定打を打ってきたヒデが戻ってくる。
「まーた、何を賑やかにやってんの、オレが頑張って打ってる間に」
「いいじゃん、別に荻島の彼女じゃないんだろー」
「そーだ。そーだ」
みんなが囃し立てると、ヒデはムっとする。
その様子を見て、一昨日、高崎先輩に云っていた「減る。オレのだから、絶対だめ」を思い出して、あたしはまた顔が赤くなりそうになるのを堪える。
「んとに、おまえらは、あーいえばこーいう。散れ。ダメ、勝手にトーキチに触らない」
「お前のかよ」
「オレのだよ」
すぐさま切り返す。まただよ、あんたは。それやめなよ。勘弁して。
そりゃ、去年までは、合コンも声をかけられれば参加してました。中学の時、半年ぐらいは彼氏らしい人物もいなかったこともない。別に男からアプローチがなかったわけでもないし男に対してまったく免疫がないってわけじゃないんだけど……。
それなのに、なんでこんなにあたしが照れるかっていうと……。
ヒデが云うのは別なのよ。だって野球少年じゃん。
この手の発言をしているってことにギャップを感じる。
彼氏彼女だー男女交際だー、そういうのに力を入れてるタイプじゃないでしょう。ヒデは。
好きなのは野球だけって、感じがするから。余計に。
「いいの、藤吉さん? こーゆーことをこのマルコメ君に云わせて!」
確かに。冷やかされたり照れたりするのは完投してからにしたいんだよ。もう。
「マルコメ君いうな!」
ヒデの発言にあたしは切り返す。
「マルコメ君でしょ」
「あ、藤吉さんのツッコミが」
「キツ〜」
伊藤君が2-2の状態でセンターに打ったが、これはアウト。審判のチェンジの声がした。
現在、7回の表が終った。この次が裏。ここを抑えれば勝ち。
「笹原君が投げなくていいの?」
あたしはベンチに座る笹原君に尋ねた。
「いいよ、そのまま投げてください。ラブラブなバッテリーに水差しちゃまずいだろ」
さーさーはーらーくーんー。
それは誤解だ。ちょっとマズイんだってばもー。
「笹原〜お前いいやつ〜」
ヒデ! あんたも! ほんとに悪ふざけも大概にしなさいよ!
あんまりそういう軽口ばっかり叩いていると、やり返すぞ。
あたしはグラブを顔の半分にあてる。皮の臭いを吸い込んで、動揺を押し込める。
うん。よし、表情も隠れる。本音が顔にでなくなる。
マウンドでバッターに対峙できる状態になった。
「じゃあ、いいリードを期待するよ。恋女房」
表情に何も出さないでヒデを見上げていってやると、ヒデは耳まで赤くして慌ててマスクを被る。
なんだよ、こっちがいうと、その反応ですか。余裕で切り返せないところが野球少年だね。ヒデ。
あたしはバッターに向ける笑顔(ヒデがいうには、不敵に笑ってるよなっていう笑顔)を、ヒデとみんなに見せて、マウンドに走っていった。
マウンドに上がると、軽口を叩き返して、緊張しなくなったはずなのに、また、少し緊張が戻ってきた。それというのも、バックネット裏に、高崎先輩をはじめとする3年の野球部レギュラー部員がたむろしているから。
確かにみんな野球好きだろうし、決勝戦、最終イニングだから気になるんだろうけれど。
なんだかなあ。
「荻島、『水原さん』にカーブとパームを投げさせてよ」
なんて、ネット越しにヒデに声をかけているのがここまで聞こえる。
あたしとヒデ、そして野手にボール回しをしたところで、バッターボックスに相手チームの打者が入る。審判が「プレイ」と声を上げた。
ヒデからのサイン。初球はカーブ。グッと曲がってヒデのミットに収まるけれど「ボオッ!」と審判の判定。バックネット裏がざわつく。
今度は内角高めにストレート、速球だ。
腕を振り上げて、ヒデのミットめがけて投げた。
「ストライック!」
よし。1−1だぞ。
次に同じトコロに、もう一球投げた。
カキンっと打たれ三塁線上にボールは転がる。サードが処理してファーストに送球するけど、バッターは一塁を踏んでいた。
―――――足、速いよ、このバッター。
ヒデがあたしにファーストへの牽制を指示。
ランナーはすばやく戻って、アウトにはならない。
まず、打者でアウトをとるってことか? 背後にリードの掛け声。
初球投げたら、あたしがよけろって? 二塁で刺すのか、ヒデが。
あたしはサインにうなずいて、パームを投げる。判定はストライク。
そしてキャッチしたボールは二塁へヒデが投げる。中谷君が捕球してランナーを刺すかなって思ったんだけど、ランナー一塁に戻っていた。やっぱり足が速い。
だけど、ヒデの肩との勝負はしないのか。自分の足かヒデの肩か。確かに、今の送球ならヒデの方に分があるもんね。オマケに、今のでランナーは少し尊重になったな。ヒデが一塁への送球をしないとも限らない。そう思えば、リードの幅はそんなにとらなくなる。
バッターはバントの構えはない。ノーアウトだし、打席最後だし、勝負か。
高めストレートを要求。もしかして……これは……。
あたしは頷いて、指示通りに投げる。
バッターはカキンと打つがショート正面。
ワンバウンドして弾いたボールをキャッチ。二塁へ、そして二塁から一塁へ素早くボールを回す。
――――――ダブルプレー!!
バックネット裏から野球部員の「おお〜!!」っという感嘆の声があがる。
そうだよね、普通は球技大会で見ることなんかできないよ。6-4-3のダブルプレーなんて。
これは野手が上手いんだ。だって、うちのチームもヒデ以外に野球部は、中谷君に伊藤君といるし。野球部入ってなくても、みんなほぼリトル経験者だよ。
だから、あたしが投げても、みんながフォローしてくれる。
「ゲッツーとったぜ! あと、1人!」
ヒデが声をあげる。あと、1人だ。あと1人で終り。
初日の試合でも思ったんだけど、この最後の1人が妙に感慨深い。これで終りなのが……。
あたし、また野球やりたいけど、もう、こんないい試合は、2度とできないかもとか思っちゃう。
今回のチームのメンバーはみんないいやつで、あたし、本当にリトルの頃みたいに、自由に投げることができた。勝負の緊張感すらも、嬉しいし、楽しかった。
あたし、応援するのもいいけど、やっぱり野球が好きなんだ。
試合が終ったら、相手チームにも「ありがとうございました」って心から言える。
ベンチに戻ったらみんなにも真っ先に云うんだ「ありがとう」って。
それから、ヒデ。あたし、いろいろつまんないこと、考えすぎていたよ。もっと早くこうしてボールを投げていればよかった。気がついたことたくさんあるんだ。ここに立たなきゃ、思い出せなかったこと、たくさん思い出させてくれた。行動するのに今からでも遅くないかな。
サイン初球はパームを真ん中に。このトロくさいチェンジアップ、よく使ってくれた。
「ストライク!」
同じところにもう一球。
「ツーストライッ!!」
3球目も同じ場所に同じパームで。だけど、投げて踏み込んだ瞬間、ふんばった左足が滑った。
態勢が崩れて、マウンドに倒れ込む。痛あぁい……! 痛いけど、それどころじゃない。
あたしはグッと腕だけでなんとか上体を起こす。
ボールは!? ボールはどうなる? 暴投? コースは? ボールは――――。
うわ、ヤバイ。バッター正面だ。落ちない。変化がつかない。タイムミングあってる!
――――――カキーン……。
耳に鮮やかな快音が響いた。