リトルリーグ・リトルガール 白球少年 4
4時限目のチャイムが鳴り終ると同じに、教室の後ろのドアが思いっきり開かれて、ドアの前にいた男子生徒は驚いたみたいだ。
「うお」
と声ををあげてあとずさる。
ドアに手をかけて教室内に身を乗り出してきたのは、ヒデだった。
「トーキチ!! いるか!? メシ食うぞ!」
ギョっとしてクラス内は彼の叫ぶトーキチなる人物を探し始める。
あたしはダッシュで教室の前のドアから出て、教室の後ろにいるヒデの腕を掴んで走り出した。
音楽室の鍵は開いていた。宮城野先輩と美香が先に着ていたらしい。
窓際の日当たりのいいところでお弁当を広げている。
「おー藤吉……て、そのツレはお前の彼氏か?」
宮城野先輩の言葉に、思いっきり速攻で否定する。
「違う!」
「あれ、マネージャー、いつもココで食ってんの?」
ヒデが美香に話しかけると、美香は心なしか顔を赤らめて頷いた。
赤らめて頷いてるって……これって……そういうことかい?
まあ、コイツは小学校の頃からモテ系ではあったけど……。
あたしは気をきかせて、美香の隣りにヒデを座らせた。
美香の緊張っぷりは宮城野先輩も気づいたらしい。
「あんた、寮に入ってるんでしょ? 弁当は?」
「コレは寮母さんが作ってくれる。夕食と朝飯は当番制で、でも献立とかは寮母さんがたててくれるんだ、買い出しと作るのは生徒。料理したことないやつもいるから寮母さんがついてみてくれてる」
「じゃあ、朝は寮母さんが弁当作って生徒が朝食作るのか」
「そうそう」
「あ、紹介遅れた、先輩、コイツ野球部の荻島、こちら吹奏楽部の部長の宮城野先輩」
ヒデは頭を下げる
「ちーす」
「で、藤吉のナニ?」
「幼馴染」
ヒデよりも早くあたしが答える。
「えっ」
顔を真っ赤にして俯いていた美香が顔を上げる。
ああ。そうだったんだ美香さん。今、気がつきました。
そういうことなら、昨日のうちにメールで説明していおけばよかったなあ。
「今まで気づかなかったんかい!? 1年経つぞ!?」
「……まさか同じ学校にいるとは思わなかったんですよ」
あたしはそう云いながらお弁当箱に箸をつける。
「あーあー、おばさんの出汁巻き卵あるーいいなーいいなー」
人の弁当をのぞきこんでヒデが云う。
「ほら」
出汁巻き卵を一切れヒデの弁当に載せる。
「コレコレ、出汁巻きチョッピリ甘めなの」
「ヒデはホント甘党だよね」
「え、俺んちは、ほとんど甘党だぜ」
「男5人、おじさんも!?」
「あー、オヤジは除外。子供だけ。雅兄が一番甘党」
「だからパティシエ志望なんだ」
「そうそう、今おフランスにいってる」
「へえ」
「あとね、佳兄が、青山だか表参道だかのオサレなサロンで働いてるって。今度教えてやる。身内価格でやってくれるんじゃねーの?」
「え、まじで? 云っておいて。美香、先輩、今度行こう。あたしの友達と先輩もいいかって」
「ゆっとく、今連絡つけるの難しくてなあ」
「なんで?」
「マネージャーは知ってるよな? オレら携帯持ち禁止なの」
美香はヒデも言葉に頷く。
「えー、ナニソレ」
「なんかよくわかんねえけど、ダメなんだって。いろいろあんだよ、東蓬クラスの野球部ともなると、つまんねー伝統とか先輩後輩のしきたりとか、体育会系独特の理不尽な公約が」
「ふうん……じゃあ、連絡ついたらでいいよ。和兄は?」
ヒデの箸がピタリと止まる。
「あの人は……人間じゃない……」
いや、あんたら兄弟みんな変だから。
てか、ナニかに特化しているから。
長男の雅晴兄さんは、さっきも云ったけどパティシエ志望。
あたし達が小学校の頃、よくおやつを差入れてくれた。
次男の佳晴兄さん、ヘアメイクアーティスト志望。
これも小学校の頃、練習台にされたこと数回。
三男の和晴兄さんは……どうなったのさ。
「昨年春にストレートで東大理科一類合格」
ゴフ。
ブリックコーヒーむせたよ。
いや、和兄が頭良いのは知っていた。
ストレートで本郷の赤門キャンパスかよ。そこまで頭いいのか。
惜しい。
知っていたら、カテキョ頼んだのに……てか今からでも遅くなくね?
ちょっと考えておこう。
「朝晴は?」
「ああ。梅の木小学校入学」
「ええ! もうそんなになんだ。あんなにばぶばぶしてたのにっ!」
「ばぶばぶ……ぐははははは」
「ばぶばぶでしょうよ」
「実家から電話かかってきたらからかってやろう、『ばぶばぶ』云ってやろう。イッチョまえに口答えするぞ、あの『ばぶばぶ』くはは」
そんなにその語感にハマルとは思わなかった。
「携帯ないのに電話はあるの?」
「寮の管理人室にね。本当に家族からじゃないと取り次がねーの。女からの電話なんてゼッテー無理だね」
そうしてると、宮城野先輩が口を開く。
「ねえ、今の会話を聞いたところ、荻島少年」
「うっす」
「あんた5人兄弟の4男なの?」
「そうっす」
「兄弟多っ!」
「男ばっかりでオバチャン大変そうだった。でも朝晴可愛いの」
「藤吉は仲良かったんだ」
「近所だし」
ヒデがこの場で「こいつリトルリーグにいて〜」なんて、言い出したら蹴っ飛ばしてやろうとは思っていたんだけど、その科白は出てこなかった。
黙々と弁当を食べている。
「どうした、ヒデ。急に大人しくなって」
「いやー。改めて俺、今、女子に囲まれてメシ食ってると思うとキンチョーしてきた」
「ナニを云うか。そこにいる貴重な部員をマネに持ってたのは野球部じゃないか。毎日一緒でしょーが」
「そんなに華やかでラブリーな部活動でもねーぞ。練習きっついしな」
「華やかでラブリー……」
「でも桃色遊戯を部室で部員がしでかしたことは、耳に入ってるけどね」
先輩の一言に、ヒデは咽喉を詰まらせた。
「うっ…」
「大丈夫か? ヒデ」
ヒデの前にあるブリックの牛乳を渡す。
ベコっと勢いよくパックがへこんだ。
「そういうことはもうないでしょうね」
「あっ! あったりまえっすよ! 野球一筋でガンバリマス」
「あんまヒデを弄らないでくださいよ、宮城野先輩」
「やきもちか、藤吉」
「違います、あたしの楽しみが減りそうでいやなんです」
そういうと、宮城野先輩とヒデがいっしょに「そうだと思った」と同時に呟いた。
「しかし春大会かあ……甲子園……ねえ」
ヒデの夢が一つかなうのか。
すごいな。小さい頃から夢みてきて、実現していくなんてな。
言うのは簡単だし思うのも勝手なんだけどさ。
そうするために、思いつづけること、動きつづけていくことは、すごく難しい。
こいつは、それをやってきたんだ。
「すごいな……しかもピッチャーなんだって?」
ヒデがあたしを一瞬ヘンな表情で見る。
「まあね。ちょっと理想のピッチャーとは違うけど、俺自身も周囲も納得してくれるぐらいだとは思うよ。甲子園だし」
「弱気な云い方だな」
「弱気ってゆーか、気分が変わってるてゆーか、環境変わってきてるから、メンタルな部分でいろいろあんだよ」
なるほど。そういうもんかな。
「まあ。楽しみだ、練習は覗かないでおくよ、本番で応援するよ」
「たくさんラッパ吹いてな」
ラッパいうな、トランペットだよ。ヒデらしいなと思うと、笑顔になるあたしがいた。