リトルリーグ・リトルガール プロローグ
二死満塁。
1打で逆転のピンチ。
向えるバッターは4番。
さっきからファール何球目だろう。左右に大きく逸れちゃいるけど、すげえ飛距離だ。
オレは審判にタイムをかけて、マウンドに走り寄る。
マウンドに内野のメンバーも集まってくる。
「投げられるか? トーキチ」
野球帽がキツキツなトーキチが、帽子の鍔をグッと引き下ろす。
ボールをグラブにパシイと投げて、俺を睨む。
トーキチ。
本名。藤吉透子、12才。
メンバーの大半が 、都営住宅梅ノ木公団アパートの住人の子供達で形成されている、リトルリーグ『梅ノ木ファイターズ』のエース。
もちろん、本名が透子ってんだから、性別は女。
リトルに女子が入ってるチーム、しかもレギュラーでエースだなんて、ここの地域じゃ、うちぐらいだ。
「当たり前だ! ここで逃げてどーすんの!」
こいつ、ホント帽子被ってると、男だよな。
そう囃し立てる連中がいるから、髪伸ばしてんだろう、この数年。
帽子を取れば、ふわふわのちょい茶系のロングヘア。
服装次第じゃ、オジョーサマに見えないこともない。
そんなコイツのみかけにダマされて、試合で泣きを見たチームは数知れず。
「だけどな、トーキチ!」
「トーキチ云うなよ、でかい声で」
「結構粘られてるだろ、この打席、何球目だ?これでトータル」
「75球」
「……スタミナ限界だろーが」
ファーストの岡野が、まあまあとオレとトーキチを宥める。
そこへ、控えピッチャーの三倉がやってくる。
グラブは持ってない。てことは、監督はこのままトーキチに任せる気だ。
「藤吉、オレ交替しないから、一生懸命投げろって、監督が言った」
小さい声で三倉は俯いて、云う。瞬間ダッシュで息があがったのか、自分がマウンドに上らない事実が悔しいからか……多分、両方か。
「でも、アレは使うなって」
「ああ、前打席で、タイミング計ってたもんな」
結局ピッチャーフライで打ち取ったけれど、もう、タイミングは見切られていると思っていいだろうな。
「上等だ」
トーキチはそう云って、パシッともう一度自分のグラブにボールを投げる。
こいつのこういう所が、ピッチャーって気がする。
三倉がとうとう控えのままで終った理由にも、三倉にはこういう気質がないからだろうな。
監督のピッチャーを選んだ理由はそういうところが強いとオレは思う。
敗績になっても、トーキチは自分で受けとめる。そこがすごい。監督や応援にくる親にどやされても、マウンドに上がる為に、挫けなかった。この最後の日まで。
「よっしゃ、勝って。集会所借りてお好み焼きかもんじゃ焼きやろうぜ」
「おお! もんじゃ!! ゼッテーもんじゃだね!」
セカンドの今野が叫ぶ。
「トーキチ、お前、腹減るようなことを云うなや」
「でも、やる気出るっしょ?」
「食い気が出るな。腹へりそうだぜ」
「じゃあ、もう一声、勝てば美味さが倍増だ」
「おう!」
内野陣が守備につき始める。
「ヒデ」
トーキチがオレを呼びとめる。
「最後だ。抑えるから、絶対受け取れ」
そう。
わかってる。これが最後だ。小学六年の最後の試合。
トーキチ。
お前がマウンドに立つ、最後の試合だ。
お前がやる最後の野球。
ラストイニング。
オレはマスクを填めて、声を挙げる。
「あとワンナウト! しまっていこうぜ!!」
異口同音でグラウンドに『おお!!』と声が広がった。