ベッドとバスルームでさんざんいちゃいちゃした揚句に、力尽きて眠ってしまい、目が覚めたら真っ暗だった。
マンションの高層階で、遮光カーテンなんて閉めずにそう云う行為に及び、その最中に日が沈んでいく空を見た気がするけれど、彼との行為が時間の感覚を消していた。
気がついたら、重なるスプーンみたいに、ベッドで一糸まとわぬ姿で重なって、あたしの身体を抱き寄せる手が、首から胸へと降りていき、膨らみを包んでいる。
「鳴海さん」
「慧悟……さっきまで散々慧悟って連呼してたクセになんで鳴海さんに戻るかな」
確かに、散々連呼しましたよ。
妊娠中にもかかわらず、あんなことも、あんなことも! あんなことも!! イタシテしまいましたよ!!
もう自分で自分が信じられない!!
たいした経験もないはずなのに、セックスだって人生二度目のはずなのに!! アレが普通か? 濃厚すぎやしないか? 日が沈む前にさんざんする行為か!?
自己嫌悪にまみれつつも、抱きしめられて、すごく甘くて幸せな気持ちになっているのはいいことなのか?
「慧悟……」
「うん?」
あたしは慧悟に向き直る。
いつものクールな俺様って雰囲気が少しあるけど、でも、優しい……それに……。
あたしは、慧悟の胸に額を擦り寄せる。
「莉佳は、普段気が強くて口が悪いのに甘えん坊なんだな、基本的に」
おっしゃるとおり、あたしらしくないから、だからいやなんだよ。こういうの。
こんな風に全部をさらけ出したら、もう身の置きどころがないっていうか……心許ないっていうか。
「素直に『うん』と云わないし、ヤッてる最中はすっごく素直なのにな」
そんなこと云うなー! 自覚してるよ!! わーわーもう耳を塞ぎたい。
片方の耳を彼の左胸に押し当てて、少しでも耳を塞ぐ。
そしたらさっきまであたしの胸を包んでいった手が胸から脇へお尻のほうへ伸びてきて触れてくる。ひとしきり撫でた手が太腿のほうへまわり、足の間にはいってくる。
ちょ、さっきまで散々したのに?
「け、け、慧悟……」
「何?」
「手……が……あっ……」
指先が、さっきまで彼を受け入れていた部分に触れてくる。
「や……」
快感から逃げようとしたあたしの体を腕一つだけで引き寄せる。
「慧悟……もう……やめ……」
「さっきはさんざん強請ったくせに?」
指が、一番敏感に感じる部分を撫でた。
「強くシテないだろ?」
ほんの少し、なぞるように撫でるだけなのはわかるけど、それが逆に全身に甘い痺れを誘発する。
「ダメ……もう……そんなにしたら……」
挿入されてなくたって、その部分は感じるから。身体の奥がキュンってなってわずかに鈍い痛みがきている。
「痛いから……痛くなるから……だめ……」
なんか感じると、子宮の方がキュウってなるし張り出すような痛みがくる。
慧悟はあれだけシタのに満足してないのかな?
だとすればどんだけ?
「慧悟……お願い……」
「本当に痛い?」
あたしは何度もうなずく。
「嘘じゃないもん……だから……あっ……あぁん」
ほんの少し。触られていただけなのに、達してしまった。
身体に残る快感の余韻のせいなのか、ほんの小さな甘い刺激であっという間に達してしまう。
あたしは自分の下腹部を片手で押さえる。
「妊娠初期は、安定するまでセックスは控えろって、買ってきた本に書いてあったな……悪かった。ちょっと調子に乗った」
そこの項目、目を通していたのか!?
う、いや、その、あたしも目を通してましたが……だって、だってね、先日のバーベキューの時だって、胸を掴まれて、キュンって下腹部がへんな感じだったし、なんか自分も勘違いだったらすごくいやだとは思ったけれど、でも、もしも、万が一、セックスを求められたら、どうすればいいのかっていうのは、不安だったし。
体調が悪い時は、やめておけとか書いてあったけれど、体調悪くても、あの雰囲気からは逃れられないと云うか……。
あたしの手の上に慧悟は自分の手を重ねる。
「痛むか?」
こうして身体を密着させて、慧悟に抱きしめられるこの状況は、ものすごく正しいというか自然というか……なんだろ……すごい安心感っていうか……。
「慧悟?」
「うん?」
「……愛してる?」
あたしのこと、愛してくれてる?
「なんだ、そんなこと……」
そんなことじゃないよ、肝心なことだよ!
こんなに身体も心も慧悟の傍にいるのに……。
「愛してる、莉佳、ずっと好きだった」
「……」
ほんと?
え? まて、ちょっとまて、それっていつから?
「何、眉間に皺寄せてるんだ」
眉間によった皺を指先でグリグリとなぞられる。
「いつから?」
「初めて逢った時から一目惚れ」
「日和の結婚式の二次会?」
「その前」
「じゃ、披露宴の時?」
「その前」
「な、その前っていつ!? だって、だって、慧悟と初めて逢ったのは日和の結婚式の時じゃないの?」
「……やっぱり、莉佳は俺のことなんて眼中になかったんだろ。結婚した後輩君に片想い中だったもんな」
な、何それ、そこまで見てたの!?
知らないよ、どうして?
「記憶の向こう側か……別にいいんだけどな」
よくないよ!
慧悟はベッドサイドに腰掛けて、下着と、ルームウェアのズボンを身につける。
さっきまで抱きしめられていた慧悟の何も纏ってないむき出しの背中……ダウンライトだけで照らされる背中の僧帽筋とか肩甲骨とか広背筋が、やけに眩しいというか……ドキドキする。
肩越しにあたしの顔を見ると額にキスを落とす。
「そんな不安そうな顔するな、ちょっとタバコ吸ってくるだけ」
「慧悟……」
「シャワー浴びて下に降りてこいよ、菊田さんの作った飯でも食おう、さすがに腹減った」
「……ん」
ベッドから離れる間際に、あたしの唇にキスをする。
こんな蕩けそうな甘いキスも、あたしのことが好きだから?
「……悪かったよ、莉佳」
「……ううん、自己責任でしょ」
シャワーを浴びてキッチンに降りて、菊田さんが作ってくれた夕食を温めなおして食事をしたんだけど、やっぱりリバースすること2回……。
後片付けは慧悟がやってくれたんだけど、ソファでぐったり横になってるあたしを膝枕しながらそう云う。
「明日、買い物に行けるか?」
「わかんない」
「莉佳、ちょっとずつ食べたらどうだ?」
「試してみるよ。あーコーヒーとか飲んじゃダメなんだよねーカフェインもアルコールもダメか……」
「酸っぱい物が欲しいとかないのか?」
「味覚的な変化はない……かな……柑橘類はもともと好きだし、油系の匂いはダメっぽい」
「菊田さんが云ってたように、ルームコロンを変えるか」
「もったいない……いいよ」
「な」
「うん?」
「入籍だけでも早くしないか?」
「……」
「まだ、俺と結婚したくない?」
あたしはぷっと吹き出す。
「笑うとこか、そこ?」
「だって、慧悟なら有無を言わさず、入籍手続き踏みそうなんだもん」
「ああ。それでいいなら手続きしてくる」
「やだ」
「……結婚が?」
「違う! ちゃんとあたしもサインするよ、婚姻届に……いろいろ考えてたんだよ、慧悟は都合がいいから偶然ヤったあたしに対して責任をとって結婚したいって思ってるんだって、別にあたしのことはどうでもよくて、あの晩、あんなことがなければ……あたしじゃなくても同じように結婚を申し込むのかなって」
「アホか、惚れてもいない女と結婚できるか」
「だから」
「何?」
「ちゃんと、あたしのことを好きでいてくれて、結婚してくれるならいいよ」
「莉佳」
「うん?」
「確認のために聞いておく」
「うん」
「莉佳は俺のことはどうなわけ?」
あたしは慧悟の顔を見つめる。
「もしかして、俺、身体で云う事きかせちゃったか?」
「おい!」
あたしは慧悟に膝枕されたまま片腕だけを伸ばす。
慧悟の頬に指先が触れる。
「愛してる……慧悟……」
慧悟はすごく嬉しそうに笑う。
まるで小さな少年が褒められたみたいに。
「結婚、しよう?」
だからずっと云っていただろうと、慧悟は呟いて、あたしの手にキスをした。