「じゃあ、すぐに帰るとは思うけど」
なかなか出発しようとしない年下の夫を見上げて、彼女は笑う。
「大丈夫よ」
「いや、大丈夫じゃないし、とにかく何かあったら、救急車は呼ぶように」
「いや、タクシー使うから」
彼よりも8歳年上の嫁が呆れたようにそう呟く。
否、今日からしばらくは7歳差だ。
とにかくも彼が心配するのは身重の彼女の身体のことである。
出産に救急車は呼んじゃいけないのと、彼女は年下の夫をたしなめる。
「お義母さんに連絡いれるよ?」
「……私の機嫌を損ねたら、どうなるかわからないわよ」
「無茶してほしくないっていってんの」
「無茶はしない」
「絶対?」
「絶対」
「安静にしてる?」
「してる。もうタイムアップ。行きなさい、リハに間に合わないでしょ」
年下の夫を彼女は追い立てる。
その口調はまるで彼女がマネージャーをしていた時と変わらない。
ビジネスライクなその口調。
でも、彼女は奏司のことを思っての発言だ。
今日のライブは特別なのだから。
彼は心配そうに愛おしそうに、彼女の張り出ている腹部をなでる。
なかなか出発しようとしない年下の夫を見上げて、彼女は笑う。
「大丈夫よ」
「いや、大丈夫じゃないし、とにかく何かあったら、救急車は呼ぶように」
「いや、タクシー使うから」
彼よりも8歳年上の嫁が呆れたようにそう呟く。
否、今日からしばらくは7歳差だ。
とにかくも彼が心配するのは身重の彼女の身体のことである。
出産に救急車は呼んじゃいけないのと、彼女は年下の夫をたしなめる。
「お義母さんに連絡いれるよ?」
「……私の機嫌を損ねたら、どうなるかわからないわよ」
「無茶してほしくないっていってんの」
「無茶はしない」
「絶対?」
「絶対」
「安静にしてる?」
「してる。もうタイムアップ。行きなさい、リハに間に合わないでしょ」
年下の夫を彼女は追い立てる。
その口調はまるで彼女がマネージャーをしていた時と変わらない。
ビジネスライクなその口調。
でも、彼女は奏司のことを思っての発言だ。
今日のライブは特別なのだから。
彼は心配そうに愛おしそうに、彼女の張り出ている腹部をなでる。
「パパが戻るまでいい子にしてるんだよ」
その声を訊いて、胎動があるかと思ったがそれもないようだ。
デビューして三年。
いま売れに売れてメジャー路線を走るボーカリスト神野奏司。
12月24日。22歳の――――本日23歳の、誕生日の日だった。
クリスマスイブが彼の誕生日。
彼を売り出したプロデューサーの石渡由樹が、彼のデビュー前に、『毎年誕生日ライブやる。やっぱ年末はでかいイベントは組み込まないとね』なんて云ったのが、きっかけで、今年はまた都内でライブだ。
12月24日は神野ファンには風物詩となった誕生日ライブ。
年末とクリスマスイブというイベントも重なって、昨年のチケット販売は5分でソールドアウトになった。
そんな売れに売れてメジャーなミュージシャンとなった彼であるが、実は今年入籍した。
相手はデビュー当初から彼のマネージャーを請け負っていた高遠静。
ミュージシャンと担当マネージャー。
年齢差8歳。(静の誕生日がくるまでとりあえず現在は7歳差)
静の方が年も上だし、いろいろと葛藤もあったが、結局この年下の彼のペースに乗せられてしまい結局は結婚し現在に至る。
現在に第一子を身ごもって、本日で38週。
デビューして三年。
いま売れに売れてメジャー路線を走るボーカリスト神野奏司。
12月24日。22歳の――――本日23歳の、誕生日の日だった。
クリスマスイブが彼の誕生日。
彼を売り出したプロデューサーの石渡由樹が、彼のデビュー前に、『毎年誕生日ライブやる。やっぱ年末はでかいイベントは組み込まないとね』なんて云ったのが、きっかけで、今年はまた都内でライブだ。
12月24日は神野ファンには風物詩となった誕生日ライブ。
年末とクリスマスイブというイベントも重なって、昨年のチケット販売は5分でソールドアウトになった。
そんな売れに売れてメジャーなミュージシャンとなった彼であるが、実は今年入籍した。
相手はデビュー当初から彼のマネージャーを請け負っていた高遠静。
ミュージシャンと担当マネージャー。
年齢差8歳。(静の誕生日がくるまでとりあえず現在は7歳差)
静の方が年も上だし、いろいろと葛藤もあったが、結局この年下の彼のペースに乗せられてしまい結局は結婚し現在に至る。
現在に第一子を身ごもって、本日で38週。
「ママを守ってね」
それは無理だろうと突っ込みを入れたい。
しかし、そうしたらきっと彼のことだ。
どんな言葉が返ってくるかわからない。
多分静をうろたえさせるだけの言葉を彼は云うだろう。
しかし、そうしたらきっと彼のことだ。
どんな言葉が返ってくるかわからない。
多分静をうろたえさせるだけの言葉を彼は云うだろう。
「奏司」
「はいはい」
「佐野さんが待ってる」
静の云う佐野さんとは、静の後に奏司の担当になったマネージャーである。
「……」
ソファに座ったままの彼女の額にキスを落とす。
「玄関までこなくていから」
奏司のいう玄関までこなくていいというのは、いつも仕事へ送り出す時に、静は奏司を玄関先までちゃんと見送るのだが、今の静を見て、それはしなくていいと、奏司はいうのだ。
「……」
「何かあったら連絡するんだよ」
「心配しすぎよ」
「今日は何かありそうなんだよなー。誕生日だし」
ソファの肘掛に座って、静を見下ろす。
「ライブ初日だから緊張してる?」
「かなー? でも、オレの勘って結構あたるんだよ」
「……うん。それはわかった。もし何かあったら美和子さんに連絡するから、それならいい?」
なかなか出発しない彼を納得させるような言葉を探して、そう伝えると奏司は頷く。
「OK絶対にそうして」
「メールも入れる」
「うん」
ショートコートを羽織ると、今度は静の唇に小さなキスをしてからリビングを出ていく。
静は手を振って送り出した。
さて、と、静は立ちあがる。
先日、大掃除も兼ねて、奏司はクリーンサービスを頼んでしまったので、洗濯をしようと洗濯機の方へ歩き出した。
「キミのパパは、心配性だね」
そう云いながら……。
「はいはい」
「佐野さんが待ってる」
静の云う佐野さんとは、静の後に奏司の担当になったマネージャーである。
「……」
ソファに座ったままの彼女の額にキスを落とす。
「玄関までこなくていから」
奏司のいう玄関までこなくていいというのは、いつも仕事へ送り出す時に、静は奏司を玄関先までちゃんと見送るのだが、今の静を見て、それはしなくていいと、奏司はいうのだ。
「……」
「何かあったら連絡するんだよ」
「心配しすぎよ」
「今日は何かありそうなんだよなー。誕生日だし」
ソファの肘掛に座って、静を見下ろす。
「ライブ初日だから緊張してる?」
「かなー? でも、オレの勘って結構あたるんだよ」
「……うん。それはわかった。もし何かあったら美和子さんに連絡するから、それならいい?」
なかなか出発しない彼を納得させるような言葉を探して、そう伝えると奏司は頷く。
「OK絶対にそうして」
「メールも入れる」
「うん」
ショートコートを羽織ると、今度は静の唇に小さなキスをしてからリビングを出ていく。
静は手を振って送り出した。
さて、と、静は立ちあがる。
先日、大掃除も兼ねて、奏司はクリーンサービスを頼んでしまったので、洗濯をしようと洗濯機の方へ歩き出した。
「キミのパパは、心配性だね」
そう云いながら……。
「奏司、なかなか出てこなかったね」
「静が大人しくしてくれるかどうかわかんないからねー釘さしておかないと」
車に乗り込むと、佐野がそう話しかける。
「静さん、あれだよね、元がマネージャーだから、じっとしてるのやなんでしょ?」
「……そうだね、佐野さんも助かるでしょ。オレの奥さん元マネージャーで」
「23になったんだから、やきもちやかない」
「年カンケーないし。なんでオレの奥さんにメール送るのよって話でしょ」
「元マネージャーだし」
「静が大人しくしてくれるかどうかわかんないからねー釘さしておかないと」
車に乗り込むと、佐野がそう話しかける。
「静さん、あれだよね、元がマネージャーだから、じっとしてるのやなんでしょ?」
「……そうだね、佐野さんも助かるでしょ。オレの奥さん元マネージャーで」
「23になったんだから、やきもちやかない」
「年カンケーないし。なんでオレの奥さんにメール送るのよって話でしょ」
「元マネージャーだし」
ぷうっと奏司は頬を膨らませる。
そんな表情を見たら、10代20代の女性ファンは金切り声をあげるだろうと佐野は思う。
でもこの彼はすでにもう嫁も子供もいるのだ。
ツアー先のちょっとした時間に一人でふらっと郊外のト○ザラスに行き、小一時間近くおもちゃを物色してた。
奏司は、「生まれてくるオレの子のために物色してたんだよ」と云ったが……若干、彼自身も欲しかったのではないかと佐野は思っている。
その話をプロデューサーの石渡に云ったら「なんでそんな楽しい場所へ一人で行くの!? そこは僕も誘わなきゃダメでしょ!!」そう叫んで、翌日、リハ前に、石渡はマネージャーの高原を連れてト○ザラスに赴いてやはりリハーサルはその日もギリギリに開始されたのだ。
しばらく楽屋はオモチャブームになったのは記憶に新しい。
しかし、今日はそんなギリギリではなく、余裕をもって会場入りだ。
首都高を走らせて、佐野は人知れず安堵の息をついた。
都内はすっかりクリスマスイブ。
そんな表情を見たら、10代20代の女性ファンは金切り声をあげるだろうと佐野は思う。
でもこの彼はすでにもう嫁も子供もいるのだ。
ツアー先のちょっとした時間に一人でふらっと郊外のト○ザラスに行き、小一時間近くおもちゃを物色してた。
奏司は、「生まれてくるオレの子のために物色してたんだよ」と云ったが……若干、彼自身も欲しかったのではないかと佐野は思っている。
その話をプロデューサーの石渡に云ったら「なんでそんな楽しい場所へ一人で行くの!? そこは僕も誘わなきゃダメでしょ!!」そう叫んで、翌日、リハ前に、石渡はマネージャーの高原を連れてト○ザラスに赴いてやはりリハーサルはその日もギリギリに開始されたのだ。
しばらく楽屋はオモチャブームになったのは記憶に新しい。
しかし、今日はそんなギリギリではなく、余裕をもって会場入りだ。
首都高を走らせて、佐野は人知れず安堵の息をついた。
都内はすっかりクリスマスイブ。
「新婚なのになー嫁といちゃいちゃしたいなー。誰だろー誕生日ライブ毎年やろうなんてほざいたのはーとか思ってるー? 奏司」
本日のライブ会場の控え室に入ると、開口一番プロデューサー兼キーボードの石渡由樹が奏司にそう云った。
「思ってても口には出さない。23歳の大人になったオレ。年明けにはオヤジだし」
「ゆーよーになったなー」
「はーい、由樹さんに揉まれましたからー」
「静ちゃん元気なのかよ」
「元気に見せてるから心配なんですよっ。貧血あるとか云ってたしー」
「でも順調ではあるんだね」
由樹のマネージャーの高原に云われて奏司は小首をかしげる。
「……」
「何?」
「うん、出かけにちょっとね、不安とうか、心配とういか」
「何?」
「静は気のせいだって云うんだけどさ、オレ、すごーくこういう勘はいいと思うんだ。今日は、何かがありそうな気がする やっぱ電話する」
「……」
「……」
高原と由樹は顔を見合わせる。
嫁に電話かと思いきや、相手は違うらしい。電話先で訪ねた時の名前が違う。
奏司が携帯から連絡をつけた相手は叔母の美和子だった。
「美和子さん? オレ。うん。あのね、今日暇? 叔父さんとラブラブデートの予定? 違う? そーなら頼みやすいんだ。今日静の検診日なんだけど、ヘンに無茶しないか……そう付き添ってくれたら嬉しいな。うん。大丈夫迷惑じゃないよ、静は遠慮する性格なの、うん一人でなんでも平気とかいうから、うん、大丈夫こっちが強硬に出れば絶対に断れないから・うん仕事帰りはなるべくはやく帰る。うんじゃあね」
携帯を切って、奏司はこれで一安心と呟く。
「じゃ。リハ、始めましょ」
そう云って奏司はショートコートを脱いだ。
「ゆーよーになったなー」
「はーい、由樹さんに揉まれましたからー」
「静ちゃん元気なのかよ」
「元気に見せてるから心配なんですよっ。貧血あるとか云ってたしー」
「でも順調ではあるんだね」
由樹のマネージャーの高原に云われて奏司は小首をかしげる。
「……」
「何?」
「うん、出かけにちょっとね、不安とうか、心配とういか」
「何?」
「静は気のせいだって云うんだけどさ、オレ、すごーくこういう勘はいいと思うんだ。今日は、何かがありそうな気がする やっぱ電話する」
「……」
「……」
高原と由樹は顔を見合わせる。
嫁に電話かと思いきや、相手は違うらしい。電話先で訪ねた時の名前が違う。
奏司が携帯から連絡をつけた相手は叔母の美和子だった。
「美和子さん? オレ。うん。あのね、今日暇? 叔父さんとラブラブデートの予定? 違う? そーなら頼みやすいんだ。今日静の検診日なんだけど、ヘンに無茶しないか……そう付き添ってくれたら嬉しいな。うん。大丈夫迷惑じゃないよ、静は遠慮する性格なの、うん一人でなんでも平気とかいうから、うん、大丈夫こっちが強硬に出れば絶対に断れないから・うん仕事帰りはなるべくはやく帰る。うんじゃあね」
携帯を切って、奏司はこれで一安心と呟く。
「じゃ。リハ、始めましょ」
そう云って奏司はショートコートを脱いだ。
数時間後、奏司は自分の直感が正しかったのを知ることになるのだった。