Fruit of 3years17




今回のことで、高遠家への連絡をとるのを躊躇ったのは静だ。
訪問前に何度か連絡を取ることになるとは思わなかった。
最初に「逢わせたい人がいる」と伝えたのだが、「実はわけあって、相手の保護者の方も同伴する」と、再度連絡をとらなければならなかった……というのも。
「いや、お詫びを含めて奏司と一緒にご挨拶することは、今回の件なら当然だろう」
奏司の叔父である隆司の一言で、美和子もうんうんと頷いていた。
「でも……お詫びなんて、そんな大袈裟にしなくても……子供の件はおいおいでもいいと思うんですが」
「静」
奏司がまっすぐに、静を見つめる。
「ただでさえ、実家へ連絡取りづらくて、そして行きたくないところへ、オレだけじゃなくて、叔父さん達も同行するの、すごく躊躇うかもしれないけれど」
「……」
「味方がいると思って」
「……」
「静はなんでも、一人でやってきたから、一人で対応したいのわかるよ。でもね、オレ達、家族になるんだから一人での対応じゃだめなんだよ」
奏司のこういうところには、いつも驚かされている。
自分よりも、ひょっとして年上なのかと錯覚してしまいそうな言動をよくする。
静の苦手なことを、よく知っているし、静を言いくるめてしまう。
そして、この今日の日を迎えた。
 

「初めまして、神野奏司と申します。本日は静さんとの結婚を許していただきたくお邪魔いたしました」
高遠家へ行き、客間に案内されえて、開口一番に奏司は云った。
勧められた座布団には座らずに、その横に正座して頭を下げた。
母の初音も義父の恭平も、奏司の態度に驚きの表情を隠せない。
予め、十数年ぶりに再会となる娘が、結婚相手を連れての訪問してくるとの連絡をもらっていたが、相手がこの若い青年だとは思わなかった。
「今、静さんのお腹に、僕の子供がいます」
ガチャっと湯のみを落としたのは、静の義父であった。
「決して軽い気持ちで、静さんとお付き合いさせていただいたわけではありません。真剣に、将来のことを考えてました。順番が逆になったことは本当に申し訳なく思いますが、お許し下さい」
「私ども、この子の保護者として、お詫びとお願いにあがりました」
たっぷりとした沈黙が客間を支配した。
その沈黙を破ったのは、静の義父だった。
「その、ずいぶんと若いみたいだが……」
「22歳です」
義父と静の実母は顔を見合わせる。
「若いけれど、自分は現在それなりの収入を得てます、職業はけして硬いものではありませんが、当面、静さんも、子供にも不自由はさせないつもりです」
「私共も、お嬢さんの体を気遣います、ぜひ、この結婚をお許しください」
隆司も頭を下げる。
静の義父と実母の返事を待つが、聞こえてきたのはこの二人以外の人物の声だった。
「30超えて、片付かない娘に嫁の貰い手があるんだったら断る必要とかないんじゃないの?」
障子ごしの言葉に、客間にいる全員が廊下へと視線を向ける。
「むしろ恥ずかしいのはこっちでしょ? 30超えてデキ婚なんて、しかも相手は8歳も下で?」
恭平がカラっと障子を開ける。
「綾子!」
恭平の怒鳴り声もどこふく風で、綾子は背を向けたまま立っていてた。
「そっちのご両親に、『うちの娘がオタクのご子息を誑かして申し訳ございません』ぐらいは云っておいてもいいんじゃないの? まあ、娘も母親に似て、そういうの上手だったってことで」
「綾子!」
「あたし、でかけてくるから」
ひらひらっと手を振って廊下の角を曲って玄関へと歩いていった。
奏司も奏司の叔父夫婦も、静の家庭の事情は聞いている。
今のが例の『同い年の、ウマの合わない妹』というやつなのだと、納得したみたいだった。
「……お義父さん」
「……」
「綾子さんの云うことも、一理あります。お義父さんには、恥をかかせるようで、申し訳ありません」
そういって、頭を下げる静に、義父は言う
「せっかく。十数年ぶりに帰ってきてくれたのに、すぐに嫁に出す話だとは……さびしいものがあるよ。静ちゃんが、綾子を気遣ってくれたのに、そういう気持ちはあの子には伝わらなかった……というか、逆に、さらにコンプレックスを刺激したみたいでね。未だにあの調子だ。申し訳ない」
「義父さん……」
「神野さんのご両親も、神野君も、足をくずして下さい」
「……」
「再婚してから、この子には、何も手をかけてあげることもできなかった」
「……」
「私が偉そうなことは云えない」
「……」
「おめでとう、静ちゃん」
「……」
「幸せになるんだよ? いいよな、初音」
「静がそれでいいなら……」
母親は渋い顔で頷く。
その後は、その場にいる全員が、緊張がほぐれたのか、雑談を交えて今後のことを話し始めた。
静には母と義父に今まで連絡を取らなかったことを少しだけ反省していた。
特に母。
きっと、今もこの結婚には納得していないのだろうということは、表情から察することが出来た。
相手が若くて、芸能人だなんて、結婚しても数年後の未来は破綻する。
そんな可能性が目に見えるようだと、いいたそうな発言がちらほらと出る。
特に。
「結婚式は挙げてください」
との一言に、静は反論する。
「母さんさっきも云ったように、奏司が式をあげるとマスコミが……」
「それぐらいあしらいなさい」
「……」
「静」
「……」
「あんたがもしも、数ヶ月後に娘を産んで、育てて、年頃になって、将来の結婚したいが式はあげないと言われたら、どんな気持ち?」
「……」
「ほとんど手をかけて育てられなかったわたしはね、お前が幸せになると、相手と一緒に幸せになると、そういうところをきちんと見て、納得したいのよ。だから式は挙げなさい。でないと認めません。いいですか神野さん」
静の母が、奏司に鋭い視線を送る。
奏司はその視線を受けて、穏やかに頷く。
「僕も、静のウェディグドレスは見たいので」
「奏司! わかってない!! そう云う形式に囚われて、キミの今後がっ」
静の言葉を奏司は手を挙げて遮る。
「わかってるよ、オレは若いしこんな職業だし、静のご両親の云うことや不安は、親としてもっともな言い分だよ」
「奏司」
「オレ、静が嫌がっても、写真だけでも、ウェディングドレス、着せる気だったもん。調べたら、5.6ヶ月までならドレスOKみたいだし、もう一、二ヶ月内に式を挙げる方向で、よろしいですか? 叔父さんもいい?」
奏司は勝手に双方の両親に尋ねる。
はきはきとした発言に、静の母は奏司を見て何か考え込む表情をする。
「証拠が欲しいんだよ、静。うちの叔父さんたちや静のご両親だけじゃなくてオレにも。そして静にも、ソレは絶対に必要なんだよ」
きっぱりと強く言い切る奏司を静は見つめる。
いつだって、そうだ。
口調はどこか少年めいてるのに、その言葉はいつだって静を捕らえてくるのだと、静は諦めて頷いてた。