病院帰りに、カフェに立ち寄った。
ちょうどランチタイムからずれて、わりとスムーズに席に案内された。
ちょうどランチタイムからずれて、わりとスムーズに席に案内された。
「生まれてくるのは年明けかぁ……」
エコー写真を見ながら、奏司は呟いた。
「あ、そうだ、静、一番先にやらなきゃならないことをやろうね」
テーブルにつくと、奏司はそう云って、スーツの内ポケットから四つ折の紙を取り出した。
「記入して」
左端に書かれている用紙は婚姻届の文字だった。
彼がこの用紙を準備していたことにまず驚いた。一体いつ用意したのだろう。
しかも、すでに奏司が書くべき場所は既に記入済みだった。
左上からずっと、静も記入していく。
記入漏れがないか確認して、折り目の右側の空欄を見つめる。
奏司も静の視線の先を見つめる。
証人の欄だ。
証人は二名。
「証人は、オレの叔父さんと、静のお父さんでいいかなって……ちょっと怒られそうだけど、挨拶の時にお願いしようと思うんだ」
「……」
証人の欄の記載を互いの親にしようというのはは、友人や仕事関係の人間をではなく、奏司がきちんと双方の親にこの結婚を認めてもらいたいという気持ちの表れなのかもしれないと静は思った。
証人の欄へのサイン……。
もう何年も会っていないのに、いきなり奏司を連れて帰って、この書類にサインを貰うおうなんて、そんな行動をとったら、義父や母はどんな対応をするのだろうと、静は想像した。
怒られるだろうか、泣かれるだろうか、それとも……呆れられるだろうか……。
「駄目?」
「ね……」
「うん?」
「いやな思い、するかもしれないわよ?」
「それは、普通に覚悟はしてるから」
「覚悟?」
「例えば、『お前みたいな若造に娘はやれーん!!』なんて、グーパンチで殴られるぐらいの覚悟はしてる」
「……」
そう云われると、そのパターンは絶対にありえないのだけれど、それぐらいのダメージを想定しているなら、挨拶と一緒にこの用紙に記入してもらって、妙な雰囲気に陥る方がダメージ的にはゆるい方なのかもしれないなと、静は思う。
というか……。
「その私も、奏司の保護者である叔父様夫婦には、それぐらいされても、仕方ないと思ってる」
「……いや。実は、叔父さんたちには、オレ、割と以前から静のことは話してる」
「はい?」
「あんまり隠さないから、そう云う話」
「……そうなの?」
いつからだろうと静は思う。
そんな静の表情を察して、奏司は指を折って数える。
「えーと、やっぱ第一印象からずっと」
「……ちょっとまて、もしかして私がキミのマネージャー担当をしていた時も……?」
「片想いダダ漏れです」
「えええ!?」
「付き合い始めた時も、んーと、ほら、オレが教育実習する時、静のマンションに転がり込んだ時もね」
「なっ……」
「だから、叔父さんからも殴られるのは多分オレなの」
頬杖ついて、静の顔を見て奏司は云った。
「殴られるの、覚悟してるからいいの」
「……だめでしょ、それは」
「今回は、オレに非があるから。相手の気持ちとか待たずに、オレの気持ちだけを押し付けた。なのに静は受け入れてくれて、ほんとに、ほんとに、今、すっごく嬉しいし、幸せなんだ」
「……」
「うん?」
「どうして……私だったの?」
「何が?」
「どうして、私のことを、好きになってくれたの?」
「……」
奏司はじっと静を見つめる。
「静、この期に及んでそんな質問?」
「……ごめん」
別に、奏司の気持ちを疑うわけではない。
彼の言葉に嘘はないのはわかる。
でも、ずっと思っていた。
「うちの奥さん、マタニティブルーかな」
婚姻届のサインを確認しながら、奏司は、それを折りたたんで、またスーツのポケットに収めた。
「不安なら答えるけど……でも、正直に答えて、静の想像裏切って、またブルーにさせちゃったらやだなあ」
「ブルーになんかならなから……知りたいの」
「……」
「奏司?」
「オレが静のことを好きな理由はね」
「うん」
エコー写真を見ながら、奏司は呟いた。
「あ、そうだ、静、一番先にやらなきゃならないことをやろうね」
テーブルにつくと、奏司はそう云って、スーツの内ポケットから四つ折の紙を取り出した。
「記入して」
左端に書かれている用紙は婚姻届の文字だった。
彼がこの用紙を準備していたことにまず驚いた。一体いつ用意したのだろう。
しかも、すでに奏司が書くべき場所は既に記入済みだった。
左上からずっと、静も記入していく。
記入漏れがないか確認して、折り目の右側の空欄を見つめる。
奏司も静の視線の先を見つめる。
証人の欄だ。
証人は二名。
「証人は、オレの叔父さんと、静のお父さんでいいかなって……ちょっと怒られそうだけど、挨拶の時にお願いしようと思うんだ」
「……」
証人の欄の記載を互いの親にしようというのはは、友人や仕事関係の人間をではなく、奏司がきちんと双方の親にこの結婚を認めてもらいたいという気持ちの表れなのかもしれないと静は思った。
証人の欄へのサイン……。
もう何年も会っていないのに、いきなり奏司を連れて帰って、この書類にサインを貰うおうなんて、そんな行動をとったら、義父や母はどんな対応をするのだろうと、静は想像した。
怒られるだろうか、泣かれるだろうか、それとも……呆れられるだろうか……。
「駄目?」
「ね……」
「うん?」
「いやな思い、するかもしれないわよ?」
「それは、普通に覚悟はしてるから」
「覚悟?」
「例えば、『お前みたいな若造に娘はやれーん!!』なんて、グーパンチで殴られるぐらいの覚悟はしてる」
「……」
そう云われると、そのパターンは絶対にありえないのだけれど、それぐらいのダメージを想定しているなら、挨拶と一緒にこの用紙に記入してもらって、妙な雰囲気に陥る方がダメージ的にはゆるい方なのかもしれないなと、静は思う。
というか……。
「その私も、奏司の保護者である叔父様夫婦には、それぐらいされても、仕方ないと思ってる」
「……いや。実は、叔父さんたちには、オレ、割と以前から静のことは話してる」
「はい?」
「あんまり隠さないから、そう云う話」
「……そうなの?」
いつからだろうと静は思う。
そんな静の表情を察して、奏司は指を折って数える。
「えーと、やっぱ第一印象からずっと」
「……ちょっとまて、もしかして私がキミのマネージャー担当をしていた時も……?」
「片想いダダ漏れです」
「えええ!?」
「付き合い始めた時も、んーと、ほら、オレが教育実習する時、静のマンションに転がり込んだ時もね」
「なっ……」
「だから、叔父さんからも殴られるのは多分オレなの」
頬杖ついて、静の顔を見て奏司は云った。
「殴られるの、覚悟してるからいいの」
「……だめでしょ、それは」
「今回は、オレに非があるから。相手の気持ちとか待たずに、オレの気持ちだけを押し付けた。なのに静は受け入れてくれて、ほんとに、ほんとに、今、すっごく嬉しいし、幸せなんだ」
「……」
「うん?」
「どうして……私だったの?」
「何が?」
「どうして、私のことを、好きになってくれたの?」
「……」
奏司はじっと静を見つめる。
「静、この期に及んでそんな質問?」
「……ごめん」
別に、奏司の気持ちを疑うわけではない。
彼の言葉に嘘はないのはわかる。
でも、ずっと思っていた。
「うちの奥さん、マタニティブルーかな」
婚姻届のサインを確認しながら、奏司は、それを折りたたんで、またスーツのポケットに収めた。
「不安なら答えるけど……でも、正直に答えて、静の想像裏切って、またブルーにさせちゃったらやだなあ」
「ブルーになんかならなから……知りたいの」
「……」
「奏司?」
「オレが静のことを好きな理由はね」
「うん」
「顔」
その一言に静は固まる。
まさか、彼が自分を好きな理由がソレだとは思いもよらなかった。
が、伊達眼鏡をかけた彼がいたずらっぽく瞳を光らせる。
「声も好き」
「……」
「オレのことをね、一生懸命理解しようとしてくれたこと」
「……」
「オレが歌いたい気持ちを、何より優先してくれた。デビューした時、ドラマの仕事なんかできないから断って欲しなんて、無茶云ったのに、やってくれた」
「……」
「叔父さん夫婦のことも、気にかけてくれてる。まるでオレの両親のように」
「……」
「両親といえば、静はちゃんとお墓参りもしてくれてたでしょ?」
「……知ってたの?」
「叔母さんがね、そうだよって、教えてくれた。叔母さんも、お墓参りに行った時に静が来ていたの、遠目で見たらしくてさ」
「声をかけてくださればよかったのに」
「忙しそうだったから声をかけそびれたって云ってたよ」
「……」
「静のそういうところがね、好き」
「……」
「まだ不安なら云うけど、どんだけ好きなのか語ると長くなるよ、惚気るなとか云われるもん」
「誰に!?」
「いろいろ」
「……」
「まだ不安?」
「……別に、不安だから、訊いたわけじゃないの……」
「そういう意地っ張りなところも、好き」
「……」
「まあいいか。この先、ずっと静にも惚気ていい切符をオレは手に入れたんだから」
ポンとスーツの胸ポケットを軽く叩く。
「一生かけて、説明するよ」
「奏司……」
「だから、静もオレに惚れてね」
「……」
ギュっと静の左手を握り締めて、リングを触る。
指輪を贈ってから、静の手に触れて、リングの環と静の指を指で撫でるのが、奏司のクセみたいになっていた。
まさか、彼が自分を好きな理由がソレだとは思いもよらなかった。
が、伊達眼鏡をかけた彼がいたずらっぽく瞳を光らせる。
「声も好き」
「……」
「オレのことをね、一生懸命理解しようとしてくれたこと」
「……」
「オレが歌いたい気持ちを、何より優先してくれた。デビューした時、ドラマの仕事なんかできないから断って欲しなんて、無茶云ったのに、やってくれた」
「……」
「叔父さん夫婦のことも、気にかけてくれてる。まるでオレの両親のように」
「……」
「両親といえば、静はちゃんとお墓参りもしてくれてたでしょ?」
「……知ってたの?」
「叔母さんがね、そうだよって、教えてくれた。叔母さんも、お墓参りに行った時に静が来ていたの、遠目で見たらしくてさ」
「声をかけてくださればよかったのに」
「忙しそうだったから声をかけそびれたって云ってたよ」
「……」
「静のそういうところがね、好き」
「……」
「まだ不安なら云うけど、どんだけ好きなのか語ると長くなるよ、惚気るなとか云われるもん」
「誰に!?」
「いろいろ」
「……」
「まだ不安?」
「……別に、不安だから、訊いたわけじゃないの……」
「そういう意地っ張りなところも、好き」
「……」
「まあいいか。この先、ずっと静にも惚気ていい切符をオレは手に入れたんだから」
ポンとスーツの胸ポケットを軽く叩く。
「一生かけて、説明するよ」
「奏司……」
「だから、静もオレに惚れてね」
「……」
ギュっと静の左手を握り締めて、リングを触る。
指輪を贈ってから、静の手に触れて、リングの環と静の指を指で撫でるのが、奏司のクセみたいになっていた。
「一生だよ」
右手で口元を押さえてうつむく。
ずっと独りで生きていこうと、思っていた。自分だけで、生きていくことは、少しは寂しいけれど、自由があった。
その自由が自分の世界の全てだった。
誰かを恋しても、自由だった。
自分を押し付けないことが、相手を不安にさせるなんて知らなかった。
だって静は激しい自己主張で家族を得ようとする人物から逃げてきたのだから。
戦いもせずに、キレイ事を云って、切り捨ててきたのだから。
今までの恋愛だってそうだ。
相手の自己主張から逃げてきた。
自分の自由を愛してきた。
それが寂しいとすら感じなかった。
その自由が自分の世界の全てだった。
誰かを恋しても、自由だった。
自分を押し付けないことが、相手を不安にさせるなんて知らなかった。
だって静は激しい自己主張で家族を得ようとする人物から逃げてきたのだから。
戦いもせずに、キレイ事を云って、切り捨ててきたのだから。
今までの恋愛だってそうだ。
相手の自己主張から逃げてきた。
自分の自由を愛してきた。
それが寂しいとすら感じなかった。
―――――――こんな自分勝手な生き方をしてきた私を、選んでくれた。
「静?」
―――――――愛してる。
「大丈夫、奏司の云うように、ちょっと不安になったのかも」
「……」
「元気出たから大丈夫」
「……」
「元気出たから大丈夫」
自分の手を握り締めて、指を絡めて、静の表情を窺う彼を見つめて、静にっこりと笑う。
「あ、この笑顔も好き」
「……」
「キレイなのに可愛いから」
「あ、この笑顔も好き」
「……」
「キレイなのに可愛いから」
家に帰ったら、実家に連絡をとろうと静は思った。
この先の未来は、もう、彼と共にあるのだから。
この先の未来は、もう、彼と共にあるのだから。