HONEYMOON12




「明日も会社?」
「休みでこっちにいるけれど?」
「そう、オレも学校休みだし、ちょっと遊びに行こうよ」
「遊び?」
「オレが運転するから」
奏司の言葉に静は眉間に皺を寄せる。
「練習させて。大丈夫。高速に乗り上げるから、信号ないし」
奏司と車で移動するとき、運転は静。
仕事上そうしてきたので、自分が運転席以外に座る時は、別に運転手がいるバンに便乗させてもらったりタクシーで移動するぐらいだ。
奏司の運転はけして下手ではないけれど、常に運転席に座る静は、助手席の居心地は悪い。
漫才師の立ち位置が違って気持ち悪い……それぐらいの違和感がある。
「せかっくオフなんだし。ちょっと遠出してみない?」
「……」
「高速乗って2、3時間ぐらいでつくと思うし」
「どこにいくの?」
「温泉」
「温泉?」
「実はちょっと前に予約入れてみたんだ。夏のシーズン前で土日でも空きがあってさ」
先月の半ばに発行された若い女性を読者層に定めた情報紙を静に渡す。
確かこの号は奏司がインタビューに載っているはずだ。
「けっこうよさげだよ」
「…」
「だめ?」
「予約しちゃったんでしょ?」
「そうです」
「断れないでしょ」
静が云うと、奏司は嬉しそうに笑う。
「でも運転は私が」
「ダメダメダメ!」
「……」
「静に何かあったとき、オレだって車の運転が出来た方が良いんだから、そういうのも兼ねてのドライブなの。付き合ってよ」
ガンとして譲らない奏司。
静は溜息をつくことで、彼の言い分を了承した。



でも結局、最初は静が運転することに。
軽自動車で高速を使うのは、ドキドキする。
過去。クルスマリアのツアーに同行した関東甲信越圏は車で移動だった。
高速道路でも事故を目撃したことがあるし、事故になった時の軽自動車の強度は普通車に比べるとかなり脆い。
まして、奏司は高速自動車の玉突き事故にあったことがあるのだ。
「そんな顔しないで、オレの運転そんなに心配?」
「心配。プライベートでも、本来なら後部座席に座って欲しいぐらいよ」
「えー」
「助手席の方が死亡率高いの」
「だから助手席に静が座らないの?」
「そういう問題じゃないでしょ? キャンセルする?」
「しない。どっかのSAで交替しようよ、練習させて」
「……わかったわ」
CDをかけて、やっぱりドライブライブが始まる。
奏司は御機嫌で54分歌い切って、ラジオに切り替えた頃、SAに到着した。
休憩を挟んで、運転手は交代。
奏司の運転は、静が心配するほどではなく、実は上手い。
オートマだし、操作性のいい車だということもあるだろうけれど……。
「静はこういうオフロードタイプが好き?」
「車?」
「うん」
「車高がちょっとあるからかな。景色がよく見えるし」
「本格的なヤツ欲しい?」
「でも、そんなに乗らないし都内では充分でしょ、ガソリンも高くなってきているし、軽はまだ税金が低い」
「そうなの?」
「そうなの」
「車、買ってあげようかとか、思ったんだけどな」
「何それ」
「静に、何かしてあげたいんだ」
「どういうこと?」
「静は、OLさんにしては、すっごく贅沢なマンション住まいで、車持ちで、オレがして上げられることって少ないってか、一つしかないから、なんかさー、それだけじゃ足りないかなって」
「だから、温泉?」
「うーん……まあ、そうかな」
「バカというか……」
「バカ?」
「カワイイと云われたいならそう云うけど?」
「いやそれは、バカのほうがまだいいような」
「男がカワイイって云われるのはダメ?」
「男は5才ぐらいからカワイイを脱却したいと思ってるよ」
奏司の言葉に静は口許を抑えて笑う。
「ほんと?」
「多分ね」

奏司自身はわかっていない。
彼が企画してくれるサプライズなこんなイベントは当然嬉しい。
だけど、静の傍で歌ってくれることが、それが幸せの総てだということを。
他愛ない会話をして、目的のICに降りると、景色が変わっていく。
「うん。定番なドライブコースをちょっと巡ってから、宿に行こうよ」
「そんなに練習したかった?」
「オフでなきゃ、時間取れないでしょ」
温泉地としてはそんなに有名ではないけれど、観光名所はそこそこある。
小さな美術館や体験コーナーも設けてあったりして、そこを巡ってみる。
「苺狩りも終ってるし、葡萄や桃には早いね、今度シーズンに来てみたいな」
今年は無理だろう。
年末までばっちりツアー日程が組み込まれている。
「何だか教育実習生らしい発言」
「?」
「小学生理科とかの見学みたい?」
「ああ、昨日、サツマイモの栽培実習をしたんだよ」
「昨日のドロだらけの靴下の原因はそれ?」
「そう」

そんな小さな寄り道を数回して、宿についた。
夕食は時期にできるけれど、それまでは温泉を堪能してみては? と仲居にアドバイスを受ける。
客室付きの露天風呂に入ろうという奏司の誘いをデコピンでかわして、普通の浴場に静は足を向けた。
浴場から部屋へ戻ると、膳の準備がされていた。
「静、早くない?」
「何が?」
「いつもはもっとゆっくり……」
「他にも入りたいのよ、せっかく温泉なんだし」
その科白からなんだかんだ云いながら、彼女はこの旅行を楽しんでくれているようで、奏司は嬉しくなる。
「こちら、地酒になってます」
仲居が薦める地酒を頼んで、静は奏司に酌をする。
「運転お疲れ様。あと、ありがとう」
「?」
「嬉しい」
静が酒を飲んでないのに、顔を赤くしているのは、湯あたりのせいだけじゃないのに、気がついて、奏司は静にも酌をする。
「じゃ、とりあえず、乾杯」
「何に?」
「オフでのリフレッシュ休暇に?」
「今年のツアーが上手くいきますように」

グラスの縁を合わせた音が部屋に響いた




END