HONEYMOON10
奏司は、食材を出して下ごしらえをする。
意外にも手際がいい。
パスタと決めたからには、とりあえず鍋に水を張って火にかける。
適当に千切ったレタス、ビーンズはそのまま、カットしたプチトマトとハムをドレッシングで軽く和える。
食材のエビの殻とセワタを静が処理して、アサリを塩水につける。
玉ねぎ、ナス、ピーマンを食べやすい一口サイズにカットするのは奏司だ。
奏司が野菜に包丁を入れている間、静はサラダ用の取り皿とパスタ用の皿、グラスを用意。
ダイニングキッチンに続くリビングにあるコンポから、FMラジオを流す。
朝はNEWSを見るけれど、夜はあまりTVをつけない。
常に仕事だと、流行りのドラマをじっくり観ることもない。
仕事になるとTVドラマの時間帯にこのマンションにいることはない。ドラマをじっくり見てないので、話の内容が飛び飛びになり、内容がでよくわからなくなるからだ。
また、当然ながら、仕事に関わる場合はドラマでも歌番でもバラエティでもDVDに収録している。
個人的に夜にTVをつけるとしたら映画を観るぐらいだ。
奏司もデビューしてこの1年で、そのサイクルに慣れてしまった。
いつも車の中で耳にするラジオのパーソナリティが、新曲を紹介していく。
そんな中で交わされる他愛無い会話。
学校での授業のこと、奏司が不在の間に起こったことを報告しあって、でも手は休めずに、夕食のしたくをする。
RRRRRR。
静の携帯が鳴る。
静はバッグから携帯を取り出す。
「もしもし」
少し低めの静の声が、ダイニングキッチンに響く。
奏司は野菜をカットする手の動きを止める。
自分ではない誰かが、彼女へ連絡してきた。
仕事でもプライベートでも、こんなに一緒にいて、彼女の中で自分の存在は絶対のものだと信じているのに、たったこれだけで、その自信が揺らぐ。
「どうしたの?……そう……うん……」
その電話が凄く気になる。
実家から? 友人から? 奏司はじっと静の後ろ姿を見ている。
「わかったわ。うん。ありがとう。お疲れ様」
電源を切って、バッグに携帯を投げ込む。
振りかえってみるとカウンター越しに奏司が静を見ているのに気がついた。
「何?」
「誰?」
「井原さん、明日ツアーのポスターとパンフの色校があがるから、確認してくれって」
奏司はがっくりと肩を落とす。
「ごめん、すげえ、やだ、今のオレ」
「?」
「今の電話、誰からなんだろ―――――何話してるんだろ、なんて、1分も満たない時間での会話に、聞き耳立ててる自分がすげえイヤ」
「それは……すごい独占欲……だね」
「そうなんだよ。コレが振られる原因なんだけどさー」
「いい子ね」
「あっ! 子供扱いする」
「自分を客観的に見ることができて、しかも、それを云えるあたりが偉いわねってこと」
静でもなかなかできないこと。
時々、驚くほど素直に、奏司は自分の気持ちを言葉にする。
「例えば今みたいなことで、ほんのちょっとのことで嫉妬してイライラして、当たり散らすと、相手の気持ちだって離れやすくなる。当然のことでしょ。だから云ってみる」
これまで静が付き合ってきた男性(数少ないものの)にはない傾向だった。
「でも。今のは、静のことを好きすぎて、どうしょうもないぐらい、みっともないところだからもうやだ。あーやだ」
「全然、みっともなくないわ」
「ほんと?」
静はワインのコルクを抜いて、二つのグラスに注いで、一つ奏司の前のカウンターに置いた。
「うん。嬉しい」
「こんな子供でも?」
静はワインを飲みながら頷く。
「重たくない?」
それはまるで、初めて恋をした少女が云うような科白。
なのに、彼がいうと、それをちゃかしたりはできない。
「頭で理解していても、気持ちが冷静になんかなれない……恋愛はそういう場面が多々あるってことはわかってる。奏司のように経験値は高くなくてもね」
「……」
「自分を取り囲む世界は、いろんな要素が少しづつ積み重なって形勢されるものなのに、恋愛すると一つの存在が大きすぎて、それが総てだと思ってしまう」
「いけないのそれ?」
「良い悪いで括れないんだけどね。ただ、私の世界の中で奏司は一番大きな存在だから、そんなに不安にならないでと云いたい……だ……ぐ、こら」
ぎゅぎゅううと、奏司は静を抱きしめる。
「ナニ、このカワイイ人、誰――――?」
そう云いながら、抱きすくめた静を左右にゆする。
まるで小さな子が猫やぬいぐるみを抱きしめるような仕草で。
「誰って……キミね……」
「なんか、なんか、すげえ、愛してるって普通に云われるよりなんかも、嬉しい! メチャクチャ愛してるって告られたみたいじゃん。今の―――っ! ヤバイ、嬉しい! 嬉しさで死にそうなぐらい嬉しい!!」
「パスタ茹でようよ」
「えー、やだ、このままギューしたい」
「こら、いい加減にしなさい。明日はお仕事。ギューは無しで」
「ええええ!! そんな殺生な!」
「こっちも殺生なって云いたい。飢え死にしそうだから、お願い」
静がそういうと、ぱっとホールドしていた腕を放して、手早く料理を再開する。
「確かに云えてる。おなか空いてたら、このあと不都合だしね」
奏司が含蓄のある、ニヤリとした笑いを見せた。
その表情に不穏な空気を感じた静は、何が「このあと不都合」かは、問い返さないことにして、テーブルセッティングを始めた。