Delisiouc! 14




「倉橋……美緒子ちゃん……」
オレは帰宅そうそう2人の前に立って、説教ポーズをとるはめになった。
課長を送り届けて、駅前の24時間営業してるスーパーに立ち寄って、弁当用の食材を買い足して今帰宅したんだが……。
倉橋と美緒子ちゃんはきちんと正座して俯いている。
「誠ちゃん、慎司の後に名前を呼ばれると、あたしが、慎司の嫁になったみたいでなんかいや」
ぼそっと呟く。
お前―――! 怒ってんの、オレ、怒ってんのよ!?
そこでそういう気が抜けるこというの? どの口で!!
「いっそ嫁になってくれ、オレがここから出てくわ」
オレが低温度の声でそういうと、美緒子ちゃんはガシッとオレの脚にすがりつく。
「悪気がなかったんだよ、だって、誠ちゃんが御前様帰りなんて、しかも仕事じゃなくて、片想いの女性とその時間まで一緒にいたんだよ、関係が進展してもおかしくないじゃん。お祝いしたいじゃん」
そうね、ありがたいね、お祝いね。
他のお祝い表現はなかったのかね、キミ達は。
「空炊きするつもりはなかった、まさか壊れるとは……」
倉橋もそういう。
まあ、コレが十年選手の古いモノってゆーのもあるけどさ。
オレがジロリと倉橋を睨むと、倉橋は首をすくめる。
「新しいの買います」
まあ、この炊飯器は倉橋が上京した時の私物だけどさ。
無いと困るだろ。
も、すっげーいいの買ってもらう。
けれど問題は、明日の弁当だ。
炊飯器が壊れてるならなんとかしないと。
「じゃ、明日の弁当に使ってくれ、これ」
スっと倉橋が差し出したのは、レンジでチンのご飯ですよ。
しかも御丁寧に赤飯ですよ。

この2人は、オレが課長を送り届けている間、帰宅して、赤飯を炊こうとしたんだけど何をどうやったか空炊きなんかして、炊飯器を壊してくれたのである。
元々、炊飯器は古いモノだったけれど……。
料理失敗以前の問題だろ、お前等。

「もういいから、美緒子ちゃんは帰りなよ、明日早いんでしょ?」
「誠ちゃん……慎司を怒らないで」
「あ! お前がやろうって云ったんだろ! 全部俺かよ!? 俺になすりつけんのかよ!?」
美緒子ちゃんがサッっとオレの背後に隠れる。
「美緒子ちゃん、早く帰りな、オレが10数えるうちにここ出て行かないと、出入り禁止にするよ?」
冷静にそう云うと、美緒子ちゃんは顔を青くして、玄関へと遁走した。
オレは、腰に手をあてて立ちあがった倉橋を見上げる。
「もういいよ、倉橋も、寝なよ。オレ弁当の仕込みするから」
「降矢―――――……」
オレを呼んで聞きたいことはわかってる。
課長とあれからどうなんだって、そういうの聞きたいんだろ?
けれど、お前、今、この状況でオレが、そのことを語るかと思うか?
「は、や、く、寝、ろ! お前、もう、キッチン出入り禁止な」
ガタイの倉橋もがっくりして、自室のドアの向こうに消えた。
よし、集中して仕込みをしよう。
邪道ではあるが、コレもせっかくだから使うか。レンジでチンするタイプのご飯、赤飯バージョンを見て、しょうがないなあとオレは呟いた。



「お、降矢、今日は弁当か」
昼休み、大垣主任がオレの手荷物をみて、そういう。
「はい」
「一人分にしては多くない?」
狙ってる? もしかして狙ってるコレ。
オレはそろっと弁当を手にあとずさる。
「じゃ、お昼いってきま〜す」
オレは弁当を抱えて、コンサル部の方に行く。
課長が部下に囲まれて、食堂へと行こうとしていた。
率先してというよりは、本当に部下に囲まれるというカンジ。
でも。

――――……やっぱ、オレが弁当なんて作って、迷惑なのかな……。

そう思った瞬間、課長がオレに気がついた。
その顔が、彼女達に囲まれている時とは違うもので……昨夜の、泣き出した顔を思い出させた。
だからかも。
オレは自分でも信じられないぐらい、スタスタと課長の方へ歩き出して、課長の腕を掴む。

「課長、お昼、まだですよね」

課長も驚いて、首を縦に振るだけだ。

「じゃ、ちょっとつきあって下さい」
「あれ? 誰かと思った」
「降矢君だー。なんかイメチェン?」
女子社員から引き離して、課長を引っ張る様に食堂から遠ざかる。
「ごめん、試食してもらうから、課長借りる」
オレは女子社員に弁当を掲げてみせると、女子社員は、ポカンとして「あ、そうなんだ行ってらっしゃい」と手を振って見送ってくれた。
彼女達から離れて、人気が少ない廊下を歩く。
「降矢君……」
「約束したでしょ、弁当作るって」
オレは課長を見る。
「でも……昨日の今日で作ってくるとは思わなくて……」
「迷惑でした?」
「……迷惑じゃない……」
そうだよな。
プライベートを全部ぶちまけて、しかも、ぶちまけた相手から告られたら、複雑な表情はするよな。
別に、オレがキモイとかウザイからじゃない――――……よね?
エレベータホールに設置している自販機でペットボトルのお茶を二本買う。
「天気、いいから、屋上で食べませんか?」
オレがそういうと、課長は頷いてくれた。



屋上で弁当広げると、課長は驚いていた。
「赤飯作ったの?」
「それは……倉橋と美緒子ちゃんが買って来たんですよ」
「え?」
「オレがね、ずっと、課長のことを好きだったの、2人は知ってるから、オレ、見た目からして気弱だし頼りないし、男っぽくないし、そういうヤツでしょ。だから、そんなオレが好きな人に声をかけたり、ましてや送り届けるなんて、そんなことやったのが、もう、おめでとうな気持ちだったらしいですよ……あきれちゃうでしょ」
「降矢君……」
確かに、祝ってくれる気持ちは嬉しいよ。
炊飯器が壊れなければもっと良かったけど。
「確かに、オレ自身もびっくりしてる。告白までしちゃったし」
「……」
「オレね、好きな人に告白したら、そこで気持ちが終っちゃうのかなって、思ってて、いつも好きになった人には告白とかできなかった」
告白しないのは、見た目に自信がないっていうのも、理由の一つだけど。
一番はそういう理由だった。
告白したら相手に伝えたら、終ると思ったんだ。
バカだよな、そんなことで、好きな気持ちが消えるわけないのに。
そんな簡単なものじゃないから、相手に対して躊躇ったりするし、相手がこっちに対してリアクションくれれば嬉しい。
「課長に好きな相手がいるのは知ってます。だからオレが迷惑で、オレのこと気持ち悪くてウザイって思うなら、こういうのはやめるし、課長となるべく接しないようにするつもりです。でも、好きでいてもいいですか?」
「……バカね……」
「……」
「私には、そんな価値もないのに」
「……」

あなた自身は気がつかないかもしれないけれど、オレには大事な人です。

オレは彼女にお弁当を薦める。彼女は小さく「いただきます」と呟いて、割り箸を割って、弁当を一口食べる。
「美味しい……」
「よかった。また作ってきます。そうだ、今度、ウチにも食べにきてください。社交辞令とかじゃなくて、本当に。うるさいのがいますけど、云いかえれば、賑やかな食事ができるってことで」
「降矢君……」
「だめですか?」
オレの言葉に、彼女は「ありがとう」と小さくそう云った。