Delisiouc! 11
課長が、男連れ……。
そうか、そうだよな、うん、好きな人がいれば見合いだって仕事を口実に断ろうってもんだよな。
「どうした降矢、まずいか?」
「あ、ううん。ワインは普通、ライトボディの赤って、美緒子ちゃんは好きじゃん」
「そうなの。おいしーい」
オレは課長の連れの男を見る。まあ、課長と同年ぐらいだろうな。
大人の落ちついたカンジの男。オレなんかが逆立ちしたってムリだな。
でも、なさけないけど、みっともないけど耳がダンボ状態で、会話を聴き取ろうとする。
あさましいなと思ったけど、仕方ないじゃん。
「仕事の話だと聞いたから、きたんだけど」
「それは口実。見合い、したんだって?」
「……あゆみから?」
「そう」
「だとしても関係ないと思うけど」
「恋人なのに?」
「友人の間違いでしょ」
なんだあ、友人かよ。でもなんてゆーか、男の方が課長に気があるのは確かだよな。
「朝まで一緒にいたのに?」
友人同士、朝まで一緒に。
いや、オレ等はありよ? 倉橋と美緒子ちゃんとオレでTVゲームを徹夜でってのはたまーにある話よ?
でも課長がこの男と朝まで一緒にTVゲーム徹夜でするか?
てかそういうシチュエーションなら、童貞のオレでもわかるわ、てかやるこた一つだろ?
だからそれは友人と違う……。
オレはさりげなく、店内を見る振りをして視線を向ける。
男の手が課長の手を握っている。
「ずっと、すれ違ったままで。だけど、俺の気持ちが通じたんだって、思った矢先に、見合いをしたって訊いて驚いた」
「あの日は酔っていたのよ、できれば、忘れて欲しいわね」
「薫」
「……あゆみがいるじゃない。あの時、あなたはあゆみを選んだのよ」
課長の声が震えていた。
凛として、いつも気丈で、大人で。そんな課長が、こんな頼りなく声を震わせてしまうほどの相手なのか。
でも、話を訊いてる時点で思う事は。
相手に恋人もしくは奥さんがいるんじゃないか。
だめだろ、そんなの、そんな実りのない恋は。辛いだけじゃないか。幸せなんて、ちょっとだけだ。
オレははたっと、自分のテーブルの倉橋と美緒子ちゃんの視線に気がつく。
「さっきから、後方テーブルのカップルを気にしているようだが」
「知り合い?」
オレはワインを一口飲む。
アルコールの力を借りないと。
「課長」
倉橋と美緒子ちゃんは顔を見合わせて、おもむろに後方のテーブルに視線を走らす!
だああ! だからお前等、オレがチラ見してたのに、その意味ねーだろーが!!
「不倫系」
「ふ!」
オレは口を抑えた。不倫だと!? どこをどー見てそういうの? 美緒子ちゃん。
オレの視線に美緒子ちゃんはしゃらっと答える。
「男、薬指にリングはめてるー」
え? そうだった? そんなのよく素早くチェック入れられるな。
「男は必死だな」
「……」
「課長の方が、迷惑そうなのは明かだ」
「そ、そう思う?」
「迷惑ってゆーかー」
「……」
「どっちかってゆーとー、迷惑なフリしてても男が強引に押したらよろめきそうなタイプではあるよね。見た目しっかりした人って意外とどっかもろいところあるしー」
「そこを敢えて押すのが楽しみっちゃ楽しみだろーな。男は。自分はとっくに結婚してるし、そんな刺激とはしばらくなかったんだ。若い子落とすのとは違う楽しみ方もあるだろうし」
倉橋……お前、オレと同い年だよな。なんでそんなに冷静、てか老成してんの。
それはもう海千山千の恋愛経験者だからなの?
「食事の後はホテルだなー」
「あれ絶対一回ぐらいはヤっちゃってるでしょ」
「だとしたら、そこまでもっていくのは楽勝だよな」
「……」
美緒子ちゃんと倉橋が声を揃えて、オレを見る。
「で、どーすんの?」
どーすんのって……あんた、そんな……。どーすりゃいいのよ。
「ここは自信を持って、自分をアピってこい」
はいいぃぃ!?
「今の誠ちゃんならイケル」
「女だって目新しい対象がいりゃー、一瞬はそっちに気をとられるってもんだ」
「そうそう」
「それが一瞬か、長期間はお前の努力次第だ」
「……」
「課長が見合いするってだけでべソかいてたんだから、ほら、ダメで元々でしょ。失敗したら、あたしがいるじゃーん」
「ど、どーすりゃいいんだよ」
「そんなの、お前で考えろ、男と引き離して店を出てもOKだし、こっちのテーブルに連れてくるも良し」
「ハッタリでもなんでもいいのよ、ガラスの仮面をかぶって行ってらっしゃいよ」
ガラスの仮面……演技力で勝負?
月影先生……オレにはムリ……。
でも、デキャンターに映るオレは、いままでの冴えない気弱な眼鏡青年じゃない。
頭の先から足の先までこの2人にカスタマイズれている状態なのだ。
すでにガラスの仮面の下地はついてるってことか?
てことは、やるか? できるか? オレはガタンと立ちあがった。
「悪いけれど、話がそれなら、帰るわ」
「おい薫。お前は多分、俺のことを好きなんだろ?―――――結婚しなかったのも、俺が好きだから」
「自惚れてるのね。私は……」
「課長」
課長はオレを見て一瞬すぐにわからなかったみたいだ。
オレが声をかけた瞬間は男は手をひっこめた。
引っ込めたってことはそうだよな、その左手で課長の右手を取るなんてことはできないだろ。
「ふ……降矢君?」
「こんばんは。課長、偶然ですね。お仕事ですか?」
気付かないフリで、オレはにっこりと笑って見せる。
「そ、そうなの、でも話は終ったから……」
課長はテーブルに座る男を見る。
「え、じゃ、食事まだですよね。よかったらオレのテーブルでお食事御一緒にどうですか? 味を見ないってことは内装の相談だったんでしょ? オレ商品企画に移っていろいろメニューの研究とかレシピの研究とか始めてて、できれば相談に乗ってほしいなって、もし、よろしければそちらの人も」
男が立ちあがり、時計を見て時間がないような素振りを見せ始める。
「悪いが時間なんだ。深澤さん、じゃあ、また後日、今日の続きを話そう」
慌ててビジネスライクに話し出す。
「……お話は終りました。後日はないです」
「……」
オレは一瞬すごい目で男に睨まれたけれど、そんなの屁でもなかった。
普通ならびびって涙目になっているところなのに、それなのにどっちかって云うと、してやったざまあみろって思ったね。
「……プライベートでした?」
オレが云うと、課長は硬質な表情を解いて、微笑む。
「わかっててやったんでしょ」
「……」
どうやらオレのガラスの仮面はつぎはぎだらけだったようだ。
それでもいいや。結果オーライなら。