Delisiouc! 2
テーブルの上に缶ビールが数本並ぶ。
ピザはあらかた、倉橋と折原さんの胃に納まったようで、2人は落ちついた表情をしている。
そういう表情も2人共絵になるのだ。
「慎司、ビール厭きた、なんかない?」
「ねえよ、自分で買って来い。俺と降矢のもな」
「えーこんな夜遅くに〜?」
「何甘えてんだよ、向いにコンビニがあるだろ」
オレは立ちあがって冷蔵庫野菜室の奥にあるビンを取り出して、各々の氷の入ったグラスにビンの中に入っていた液体を半分注ぎ炭酸で割る。
そのグラスを2人の前に差し出した。
「何コレ! 綺麗なピンク!」
折原さんは身を乗り出す。
「苺酒」
「えー! 誠ちゃん、そんなのも作ってんの? 主婦! 主婦より主婦〜!」
折原さんは形のいい唇をグラスにあてて、一口飲み込む。
「あまーい! おいすぃー!」
「なんか漬けてるなって思ってたんだが、酒作ってたのか」
そう、1ヶ月前、苺も最後の時期で、駅前の商店街のヤオマサの苺が2パックで250円(粒はすっげえ小さいけど)安かったし、折原さんが食べるかと思ってデザートに買ったんだけど、折原さんはロケに行って、で倉橋もその時は忙しくて、デザートに出すには、多すぎて、もったいないからホワイトリカーで漬け込んだ。
ほんとはサワーにしたかったんだど、こっちにしてみた。
でもこれは正解だったみたいだ。
オレも一口飲んでみると、苺の酸味と炭酸が合う。
「で、誰が見合いするんだって?」
「課長」
「課長!?」
異口同音で折原さんと倉橋が聞き返す。
「…………ねえ、誠ちゃん。7年も慎司と同棲してて、どうして別の男に走るの?」
違うからっ!!!!
だから折原さん、その発言は誤解を生むから!
オレがまるでホモみたいじゃないか!
確かにこうして男同士で7年同居できているのは、ほんとに、不思議だとは思う。
オレと倉橋は大学が同じで同郷なんだ。
上京する時、1人暮し用の部屋を探していたんだけど、ウチの親と倉橋の親は家賃や条件が整わなくて、同じ不動産屋で悩んでいていたら、ここを紹介されてさ。1人暮し用の部屋借りるよりも割安だったんで、オレ等に異存がなければ、どうだって同居を薦められた。
駅近く、部屋のタイプも完全振り分けタイプで、リビングダイニングが広くて、DINKS向きのこの物件は、親が家賃を払う際折半すれば、まあ、良すぎる物件だったわけで。
寮に入ったと思えばいいかなんて思ってさ、お互いの親が決めたんだよね。
当時、同居して半年ぐらいで、大学卒業したら、この同居はなくなるかなって思っていたし。
同居したての時、1日交替制で家事をやっていたんだ、それを半年ぐらい。
いっちゃなんだが、倉橋は料理が苦手。
まずご飯。
食器用洗剤で米洗おうとしていたのは阻止できたんだ。あれ止めてなかったらオレ死んでたかも。
オレはあの時に、米は無洗米を買おうと決めたね。
で、倉橋が最初に作ったのは最初に作ったのは、カレーだった。簡単だろ? 人参じゃがいも玉ねぎ肉と市販ルーいれればいいんだよ。失敗しないよね。
でも、倉橋……すごいことをしてくれた。
そのカレーに、りんごと蜂蜜を入れたんだよ。
あの、「リンゴと蜂蜜入ってます!」のCMでお馴染みのカレールー使用してるのに、そこでさらにリンゴと蜂蜜入れてんですよ!!
しかも、ルーの辛さは甘口だったんですよ!!
味ですか? おこちゃまが食べるヒーローパッケージのレトルトカレーの方がまだカレーでした。
オレの人生、後にも先にもあんな甘いカレーを食すことはないと思う。
で、なんで、そんなんで同居続けていたのかっていうとさ。
オレも欠陥があるわけ。
オレは、7年前は今よりもっと、消極的というか内向的というか、オタクというか。モノを貯め込むタイプだったんだよね。そして片付けが苦手でさ……。
逆に倉橋は、片付けが上手いんだよね、整理整頓、収納上手。
共同生活スペースはきっちりして使い易い状態を常にキープしてくれてるんだよ。
あの日、ちょっとしたアクシデントが起こるまでは、ほんと、この同居は大学卒業同時に解消されると思っていた。
あのアクシデントがあったから、家事は業務分担制、そしてへんな友情が生まれ、現在に至るが……。
「ホモじゃないし」
倉橋と折原さんはオレを見る。
「いや、お前がホモでも俺は気にしないから」
倉橋がポンとオレの肩を叩く。
「違う!」
「えー、だって課長なんでしょー?」
「役職が課長ですが、性別は女性です。オレはノーマル。ホモじゃない」
折原さんは「つまんないの〜」とかちっさい声で呟く。
つまんなくないから! てか、どうしてそっちで考える!?
もう、世の女性の社会進出は目覚しいでしょうが!
「上司、女かよ」
「オレの部の上司じゃないけれどね」
「てことは年上!?」
オレはこくんと頷く。
「年上……おま、またなんでそんないきなりハードル高いのを……」
しょうがないじゃんか、そんなんわかんないよ、気がついたら好きだったんだよ。
オレは倉橋を見上げる。
倉橋は、はっきりイケメンでモテる。
もしかして、年上と付き合ったことあるのかな?
「どんくらいなの、年の差」
「5才……上かな? 30ちょうどとか云ってたみたいだし」
「あー、5才差。まー、それなら対したこと無いか、押せば」
サラっと、ほんとーにサラっと云いやがりましたね。
対したコト無いって、倉橋サン。
どういうこと!? 押すって何!? お酢か!?
「見合いするってことはさ、独身だったの? それともバツイチ!?」
「独身……だと思う……な……なんでバツイチて?」
「えー30でお見合いだとお、バツイチ子持ちの可能性だってあるじゃん」
折原さんが答える。
そ……そうなの? そうなの!? 世間様はそうなの!?
オレがあんまり、キョトーンとしているから、2人は眉間に皺を寄せ始める。
「で、年と名前と部署と、独身らしいことはわかるわけね、他は?」
「他って?」
「だから、マジで子供いるとか、趣味とか、過去に付き合っていた男のタイプとか、付き合うならこんなタイプで芸能人なら誰みたいなとか!?」
そんな畳みかけるように云わなくても……。
でも、そんなの……。
「―――――知らない」
倉橋と折原さんは顔を見合せた。
「降矢! いくら部が違うとはいえ、情報集めようとか思わないのか?」
「だめじゃん、そんなの、恋愛舐めてんの? 誠ちゃん。指くわえて泣くぐらいなら、どーして、当たって砕けないの!?」
お前らのような! 見た目カッコイイ! カワイイ! 綺麗系! の人間に何がわかるっ!?
普通の、ふっつうの会話でさえ、全然意識もしない、てかむしろ、同性の後輩に声かけるにもドッキドッキのオレに!! そんな勇気あるか――――――!!
「ほんと、引っ込み思案ってゆーか、大人しすぎってゆーか」
「お前〜、前回の失恋から7年目にしてようやくできた好きな人なんだろーが!」
あう……前回の失恋。倉橋も現場に居合せた。
それでもってオレは失恋と引き換えに、倉橋の友情というか、この同居生活を手に入れたようなもんだ。
倉橋はわかってる。アレからオレにそういう浮いた話がなかっとことを。
「え! 誠ちゃん失恋て、付き合っていた人いたの!?」
だから云ってるだろう。折原さん。
「オレは年齢=彼女いない歴ですよ」
そういうと、倉橋は苺酒のお代わりをして呟く。
「イコール童貞な」
そうだよ! ヤってないよ! そんな機会に恵まれたこと無いよ!
だからって世間様に迷惑かけたことないっすよ!
どうせいつも片想いだよ!!
オレも自分の前に置いてある苺酒を一気に煽った。