180cmの武器




性格はもちろんだけど、その性格はこの標準よりも大きな身体が形成したんだと思う。
小学五年生ですでに170cm。転校した先の小学校の担任になった女性教師よりも身長が高い。
大人の身体で子供用椅子や机が合うはずもなく、クラスで何か班行動をとる為に机を四つ合わせると、いつだって私の机だけが飛びぬけて、バランスが悪かった。
注目を集めるのは、バスケやバレーボールをする時。
ゲーム形式の授業になると。バスケのシュート時のパスや、バレーのアタックは必ずと言っていいほど、私に回ってきた。
中学になると、私自身、そんなにスポーツは好きでもなかったのに、スポーツ系のクラブ、身長が武器になりそうな部はこぞって私を勧誘に来た。
性格的には美術部あたり入部して、ひっそり絵でも描いていたいタイプなのだ。しかし、この消極的な性格が。声の大きな体育会系の勧誘を断ることができるはずもなくズルズルとバレー部に入部し、現在に至る。

「翔子、やる気なさそー、監督にどやされるよ」
「へ?」
「都築見習え、の決り文句ができそうだよね」
都築? 誰ですか? 私の表情で誰かわかっていない様子を見て、奈々が言う。
「男子バレー部の都築先輩」
「男子バレー部の、一際ちっさい男よ」
先輩達が体育館半分を天井からつるすネットで区切られ、半分が男子バレーボールの部活が行われていた。
その中で「一際ちっさい」男子部員を探す。
身長が――――私よりも10cmは低そうだ。
中学に入ってから、私の身長はまた伸びた。最近はとまってきているけれど……、中学1年で180cmはどうしたものか。
女子キャプテンは云う。
「でも男子は欲しいよねその身長」

―――――代われるものなら、代わってほしい。

別にスポーツなんか好きじゃない。
これから先、おしゃれしたいなと思っても、年頃の女の子らしい服も靴も似合わないし、サイズがない。
「羨ましい……」
「翔子?」
それぐらいの身長だったら、ちょっと背の高い女子で済む。
でも、男の都築先輩は、自分の背が低いことで、悔しいとか……思うんだろうな。
私が背の高いことで悩んでいれば、贅沢者とかきっと思うだろう
スポーツなんて。バレーなんて。好きじゃない……。



そんなあたしに、都築先輩が声をかけてくれたのは、1年に課せられた体育館の後片付けをしていた時のことだった。

「牧瀬」
「は、はい」
「ちょっとセンターサークルに立って」
「はい?」
バスケのセンターサークルに立つ。
「そこの子、これ、上げて」
バスケのジャンプボールみたいにねと都築先輩が云う。
ボールを渡された奈々はコクコクと頷く。
「まあ、ジャンプ力があるかどうか見てやるよ」
「はい?」
「顧問の先生に言われてるから、ちょっとやってみて、思いっきりな」
そんなこと急に言われても……。
「いいか!」
先輩の声にビビって反射的に「はい!」と返事をする。トホホ。こんな体育会系、私のキャラじゃないのに。
奈々はボールを構える。
「行くぞ」
奈々が先輩の声に反応して、ボールを高く上げる。
ボールをタッチしようと、私は軽く飛び跳ねる――――――が、視界に都築先輩が壁になって現れる。

―――――なん?

ありえない。
先輩が私よりも高く……跳ぶ……。
先輩と私の身長差は10cm強。
先輩はボールをタッチして、着地。
私を見上げた。
「お前真剣に跳んでる? オレをバカにしてる? 舐めてた?」
「あの……」
先輩が背を向けて体育館脇の垂直跳びの計測板の下に移動して、手招きする。
奈々について来てと眼で訴えると、奈々もついてきてくれた。
「これで、ちょっと跳んで」
あたしが、垂直跳びをして見せると、先輩は呆れ顔になる。
「……オレはお前より10cm低いけれど、お前の20cm上は跳べるぜ」
「……」
「バレー辞めろ、いやいややってんの目に見えてるよ」
「……」
「やる気のないヤツがただデカイってだけでコートにウロウロされるの、女子だろーと我慢できねーんだよ」
キツイ。
「事実だろ。お前、やる気ねーだろ、スパイクだって、サーブだってブロックだって、全然パワーなさそうだもん」
「……」
「2.15メートルのネットなんざ、その身長があれば引っかかることなく跳べるだろ、なんでいっつも、ひっかかってんの?」
「……」
「バレー部員が垂直跳び25cmって、ふざけんなよ。今すぐ、辞めろ」
明かな命令口調に、あたしは泣きそうになる。
「それでもって、周りに、ただデカイだけの女、巨人女、和田ア○コ云われてろ」
ひどい、なんでこの人にこんなこと言われなくちゃなんないのよ……。
「ヤツあたりですか?」
そう云った瞬間、私の鼻の奥がジンとしてきた。
「お前、いやなんだろ、身体がでかいの」
「いやですよ!」
「だったら、なんでマジでバレーやんねーの? お前のガタイは武器なんだよ! オレが望んだって手に入らない武器なんだよ! 磨けば、お前をデカイ女だって囃し立ててきた連中を見返せるんだよ!」
見返せるって……そんなの、どうしたって……。
「先輩は、先輩はわからないんですよ! 女で身体がデカイのが、どんなに恥ずかしいか!」
「おめーもな! 男でガタイが貧弱でチビなのがどんだけ恥ずかしいか!」
「デカイ女だからバレーしか出来ないって云われるのもやなんです!」
「は? お前、現在デカイくせにバレーできてねーから」
ダメだ。泣いた。私、今、泣いている……。
絶対にこの体格からして泣いたって可愛くないし、相手は女の子を泣かしたなんて思いもしないよ。きっと。
「オレは、ただバレーが好きなだけでやってる。好きなだけっていうのは、心もとないし、すげえ不安だ。お前みたいに武器もない。でも不利な場所で、不利な状況で、だけどオレがいなきゃゲームなりたたねえ勝てねえってぐらいに周囲に認めさせる。オレはこの身体全部使って存在価値をアピってんだよ」
「……」
「どんな身体でも、それは自分のものだ。バレーが嫌いなら辞めればいいんだ。他人に何を云われても、お前は好きな事をやればいい。オレがこの身体でもバレーを選んだ様に……」
「先輩」
「キツイこといって、悪かったな。じゃあな」
「……」
都築先輩の後ろ姿は、小さかった。
あれだけキツイことを云われて、今、泣き出しているのに、先輩のことをいやな人だとは思えなかった。
多分、このままバレーをやっていたら、監督やコーチ、キャプテンに少なからず云われた言葉だった。
先輩だって、本当なら、こんなこと云いたくもなかったに違いない。

そしてこの日以降―――――放課後の練習は、自然と彼の姿を捜してしまう。

この180cmの身長が、コンプレックスのカタマリだった。
でも、これが武器になると云う。
それを教えてくれたのは一際小さい、男子バレーボール部員。
都築先輩だった……。

―――――ネットを越えるジャンプを、相手を見下ろすんだ。
―――――180cmの武器で認めさせろ。

部活帰り、ショーウインドーに移る自分の姿を見る。
それまでは、この身体がいやでしょうがなかった。
でも先輩の一言でこの身体を見る目が変わった。
彼がそう、教えてくれた……。
この身体は―――――180cmの武器……。



END