6m×9mの聖域




小学生の頃から、背の順では一番前だった。



前へならえのポーズが1人だけ腰に手を当ててのポーズ。
そんな俺だけど、身体を動かすのは好きだった。
ただ。サッカーでも野球でも、どんなにスポーツが好きでも、俺は多分、自分の憧れたポジションにつくことはできないだろうと、判っていた。
どのスポーツも体格の良さは一つの武器になるのだ。
小学生までは、例え背が低くても問題はなかった。
だけど、中学に高校になるにつれて、そしてスポーツを続けていく時点で、試合に勝つ為に、身長の高さは武器になる。
その武器はなんと心強いものだろう。
俺は成長期のこの時点で、こんなにも惨めな体格だ。
身長が168cm。
ちょっと背の高い女子と同じぐらいの身長。
同じスポーツをしている女子でも、俺よりも10〜15cm上が標準だ。
男にいたっては、20〜30cm上が理想的。
そんなことはわかってる。
でも、諦められなかった。コートに入っていたかった。
一試合を、一つのポジションで、誰にも譲らない状態でレギュラーで出られるなら、例えどんな形でもOKだった。そして勝利を味わいたかった。



だから俺は――――――……。



「いいか、相手も辛い、とにかく阻止する。いいな江上、笹岡」
こいつらは俺が見ることのできない場所に立つ。
俺より20cm以上は身長がある。その2人に監督は指示を出す。
俺とは違う。9m×9mのコートを、自在に動ける。
攻撃、防御で、2.43mのネットの上に手を伸ばせるポジション。
俺が憧れた場所にいる。
俺には多分一生届かない視野とその世界。
だけど。
「この調子で都築、頼んだぞ」
監督が言う。
「はいっ!」
チームの連中とハイタッチを交わして、コートへ向う。
憧れてやまないのは、9m×9mのコートを自由に動くこと。
思いっきり、ネット向ごしに、相手を睨み据えて、ボールを追うこと。
その攻撃を防ぐこと。
そして、また―――――自分が攻撃すること。
俺に30cm以上の身長があれば、その世界に届く。
サービスに参加し、ブロックに参加し、スパイクに参加できただろう。
公式の試合で、もう絶対にできない。
だけど嘆いても、多分、169cmの身長がコレ以上伸びることはないだろう。
俺のポジションは3m向こうのアタックラインを超えることはない。
だから。
その悔しさを、俺は変換させてきた。



ラインから後ろ―――――――6m×9mのそこが俺の聖域。


相手のスパイクを江上と笹岡がブロックしようと跳びあがる。
ボールは笹岡の手を弾いて、俺のまっすぐ正面に落ちる。
笹岡のワンタッチで威力が半減している。
俺の変わりにココに立ちたいヤツなんて、腐るほどいるんだから。
絶対に受ける。
ここで拾わないと、俺の存在価値なんてないだろ!

「良く上げた都築!」

俺が上げたボールを笹岡が、ネット際に上げる。
江上がその身体を生かして、ブロードを決めた。
相手のレシーバーを吹き飛ばす強烈なスパイクが決る。
チーム全員でこのポイントを肩を組んでこのポイントを喜ぶ。

「いくぜ、あと2ポイント」

相手のポイントに、追いつくまであと2ポイント。
勝つ。絶対に勝ちにいく。
サーブの時は、俺は、このコートを出なければならない。
だから、決めろよ。そのサーブで1点。
加瀬のレシーブは、相手に拾われる。
相手だって俺達を引き離したいだろう。
最終セットまでもつれ込んでくるなんて、思いもしなかっただろう。

「どけ、加瀬!」

加瀬と俺のど真ん中にやってくるボール。
俺は躊躇いなく跳びつく。お見合いなんて怖がらない。
例えぶつかっても、このボールが上がればいい。
なんてことは俺だけだろ、だから、加瀬、この高低差のあるボールは俺のもんだ。どいててくれ。
お前に怪我なんてさせたくねえし。
俺の身体が、ボールの威力を殺して、このコートの真上に綺麗に上がればいい。
笹岡が浮き上がったボールをトスすると思いきや、速攻のフェイントをかけた。
速い!
この速攻は相手チームだけじゃなくて、俺達だってその速さに感動する。

「ナイスフェイント! 笹岡!!」

ほら、じわりと点差が縮まってきたぜ。
肩を組んで、ポイントを喜ぶ。
相手の監督がテクニカルタイムの合図を審判に送る。
コートから波が引くかのように、選手がベンチに戻る。

「笹岡、今の良くやった。速くな、とにかく速く、回していけ。ついていけよ、各務。柳」
「はい」

コートの汗をレギュラーに入れなかった人間がモップがけしてる。
俺だって、ずっとああだった。
俺も試合に参加しているんだって、モップがけも一生懸命やった。
もしかしたら、もう、一生俺はモップがけなんだろうかって、思ったこともある。
だけど。

「いい調子だ、このまま決めて来い」
「はい!」

円陣を組んで、また、ハイタッチを交わす。
この場所を、俺は俺の力で、手に入れた。
誰にも譲らない。
タイム終了のホイッスルが鳴る。
加瀬のサーブが、今度はコートのアウトラインギリギリに決った。
ベンチもコートの中も湧きあがる。

並んだ!! これでタイ!

相手の背中を捕まえはじめた。
勝ちを引き寄せろ、今ここで!
加瀬のサーブは今度は相手に拾われる。
俺は素早くコートにはいる。
相手の強烈なスパイクが、今度はなんのクッションもなく俺にめがけて放たれる。
いつも思う。
ネットを越せる連中の力は、確かにすごい。
その力で、この小さな身体を吹き飛ばしたいんだろ? 
だけど、俺はこの吹き飛ばされる体で、ボールの軌道を力を、変化させる。

俺がこの6m×9mの聖域に入る限り。

どんなボールにも、俺は逃げださない―――――――。


END