generation gap




「ミスターラガーのような先生になったりしてね」
彼女の言葉は、ちょっと理解できなかった。
「誰です?」
俺がそう訊き返すと、彼女はキョトンとした顔をしていた。
しかし、それは一瞬のことで、すぐにいつもの余裕めいた笑顔に変わる。
「ごめん。時々ふと同年代だと錯覚しちゃうけれど……キミは私よりも、すごく若いんだよね」
会話は確か、家庭教師に向いてると部活の連中に言われたこと、個人的に好きな教科が世界史だということ。

「コレのこと」

彼女は新聞のテレビ欄を指差す。本日のロードショーだった。
80年代にヒットした冒険活劇の第1作目。
ハリウッドの名監督の代表的な作品で、地上波でもよく流れている。
確か考古学教授が伝説の真相を探るアドベンチャーで、耳に残るBGMも有名……。
つい最近十数年ぶりに続編が公開された。

「この頃の彼は素敵だった……今も素敵だし、好きだよ。年とってもカッコイイよね、彼は。ほんと、あやかりたいよ。キミもこういう先生になったりしてね。女子生徒にモテモテだよ。あ……今もそうか」
「彼がミスターラガーって?」
ラグビーの映画に出てたか? この俳優……。
「CMだよ。80年代、彼が出てたラガービールのCM。知らないよね。ごめんごめん」
彼女は新聞を畳んで、コーヒーメーカーに入った出来たてのコーヒーをマグカップに注ぐ。
「それで、家庭教師のバイトでもする気?」
「……留学費用を稼ぐにはいいかもしれない」
「援助しようか?」
「……怒りますよ」
「何故?」
「貴女は俺の恋人であってパトロンじゃない」
コーヒーの香りが部屋に満ちて、彼女はスツールに座る。
「あまり変わらないような……」

この言葉に、俺は自分の中にある感情の鎖が契れる音を聞いた気がした。
確かに彼女と俺とは年齢差がある。それは否定しない。だが、彼女に対して抱くのはしっかりとした恋愛感情であって、それ以外に何もない。
今、彼女の言った「援助」なんて言葉はまるで、TVや週刊誌が流す猥雑な印象しかないじゃないか。しかも『パトロンとあまり変わらない?』だと?
この人はそういうつもりで俺と付き合ってる?

「……どうしたの? ……顔恐いよ」
「……」
「怒ってる?」
「とても」

彼女は指を顎にあてて小首を傾げる。
貴女は知らない。
貴女の言葉がどれだけ俺を喜ばせ、どれだけ落ちこませ、生々しい感情を引き出すのかを……。
だから無邪気に言えるのだ。
そんな酷い言葉も。

「うーん……ごめんね?」
「安易な謝罪で誤魔化されるほど、子供じゃないつもりですが」
「……安易な謝罪……」

俺は溜息をつく。
この人に……すぐに謝ってもらっても、今、傷つけられた言葉の強烈さは拭えない。
貴女に対する感情は、真実で、偽りじゃないのに。
貴女は無邪気に否定する。
俺が要らない?
以前そう言ったら、「私にはもったいないからね」と云った。
何がもったいないのか、俺にはよくわからない。
恋愛感情に優劣なんて、ないだろう?
貴女は俺の恋人で、スポンサーなんかじゃない。
その事実を認めさせる方法は――――俺は一つしか知らない。
それを実行したら、貴女はまた俺に云うのだろうか?「やはりキミは若いから」と、からかうようなあの口調で……。

それでもいい。
その瞬間だけは、貴女は俺の事を、恋人だと認識してる。
俺の存在を必要とする。

「謝らなくていい、俺も謝らない」

マグカップを取り上げて、カウンターの端に置いて、スツールに腰掛ける彼女の身体を抱き寄せて、力任せにソファに引き倒す。
噛みつくようにキスをして、彼女を見つめ、服を剥ぎ取り、その肌にキスをする。
柔らかな弾力と、甘いフレグランスが俺の理性を奪う。
貴女は俺の恋人だと、貴女が俺を必要だと、この唇がそう云うまで……。

どんな拒絶も受け入れない。