お願いだから愛していると云ってくれ




もう少しで帰るよ。
そう電話してから、かれこれ4時間。
すごい渋滞で、都心に今だ辿りつけない。
これが羽田だったら、タクシーに乗らずに電車で彼女のところへ向って。
今ごろは数ヶ月ぶりの彼女の笑顔が見れたはず。

「じゃあ、キミの好きなもの、たくさん作っておく」

いつもなら、もっと落ちついた声で話すのに、帰国の電話を入れたとき、気持ち、嬉しそうに声が弾んでたのはオレの気のせいじゃないよね?
心配してくれてる?
携帯もバッテリーギレ。連絡できないしサイアク。
機嫌、損ねてる?
嘘つきな恋人だって思う?
アンタはイマイチ、オレのこと信用してくれてない。

「だって、ほら、有名人だから華やかな人と接する機会も多いし」

だから、なに? 華やかな人ってなに?
ようは、オレがアンタを好きか嫌いかでしょ?
何度も云ってるよ。好きだって。どうして信じないかな?
そんな寂しそうに微笑まないでよ。
その笑顔が――――もうあれから何ヶ月も経つのに頭から離れない。

都心の高速も渋滞。
結局マンションのキーを開けて、部屋に上がるころには日付が変わっていた。
電気は真っ暗。
リビングの間接照明とテレビだけがついてて、彼女はソファの上に小さく膝を抱えるような態勢で、軽い寝息を立てて横になっていた。
テレビ画面には80年代のハリウッドムービーが流れている。
日本を発つ前に二人で選んだDVD。

何年経ってもこの映画は、子供心を刺激するって、アンタは云ってた。
子供心もなにも……オレたちもういい大人なんだけど。
オレがそう云ったら、じゃあ、一人で観るから帰ってなんて、平気で云うし。
次の日、日本を離れる恋人に対していう科白じゃないでしょ?
オレの気持ちもわかってよ。少なすぎる―――アンタと一緒にいられる時間を、映画じゃなくて他のことで過ごしたかった。

彼女の寝顔をよく見るとまつげがぬれてた。
まったく。
なんでそんなに不器用で意地っ張りなんだろ。
オレはため息を付いて彼女のそばに座る。
DVDはラストシーン。
タイムトラベルの大冒険を終えた主人公の少年が、ガールフレンドをキスで起こす。
ガラじゃないけど、オレもそうしてみようか。
そしたら起きてくれる?
閉じてるその瞼を、そっとあけて、オレを抱きしめて。
そして云ってよ。

「お帰り」よりも、オレが欲しい言葉を――――。
「愛してる」って………その一言を……。