16話 ドキドキ電話




電話するだけなのに、ドキドキした。
きっとあの、手を繋いでカイロ代わりにしてた事が、ヘンに緊張をよんでいるのかもしれないと真咲は思う。
しばらく電話の前で唸っていた。
TVからバラエティー番組の賑やかなオープニング曲が流れだした。その曲のノリに乗って真咲は番号をプッシュする。
あんまり動揺していると時間はなくなっていくから、ここは気持ちを決めた。
三回のコールで電話は繋がった。

『はい。岩崎です』


低めの男の人の声で応対された。
ガンちゃんのお父さんかもしれないと緊張する。
「あ、あの、私、梅ノ木中学1年1組の鎌田といいますが、岩崎君……じゃなくて、ガンちゃん……じゃなくて、厳太郎君、いらっしゃいますか?」
どもりながらもとりあえず伝えると、電話の向こう側にいる人物の声がガンちゃんを呼ぶ。

 




『厳太〜、電話〜、女から〜』
『やめろよ、兄ちゃん、そういうの!』
『生意気だなー中坊のクセにさー』
『もー、うるさいなー』
意外にも言葉とか口調が、結構乱暴な感じだ。
兄弟には遠慮がないからなのかな? と真咲は思う。
そういうやりとりがあってから、ガンちゃんの声がする。
『もしもし』
「ガンちゃん、あたし、鎌田真咲」
『おう、真咲ちゃん、どうした?』
「あの、今、大丈夫?」
『うん、ナニ?』
「愛衣ちゃんの電話番号が知りたいの、ガンちゃん飯野君と友達だから、もし飯野君の電話を知ってたら、飯野君2組だから、緊急連絡網見て愛衣ちゃんちの電話番号教えてもらえればって……思って……」
『愛衣ちゃん?』
「うん。結局、愛衣ちゃんにしわ寄せがいったじゃない? お母さんに相談してさ、明日、よかったら学校の締め切り終わったら家に持って帰って、なんとか完成させようかと思ったの。1人よりも手があれば早めに終ると思うし」
「そうかあ」
「そうなの」
受話器をあててる耳が熱っぽい。
「今日、家庭科室引き上げるとき、愛衣ちゃん、間に合わないかもしれないって、そんな顔してたんだ。あたしなんとなく心配で余計なお世話かもしれないけど、手伝えたらって思って」
『うん。わかった。飯野に連絡してみる。そんで、愛衣ちゃんから直接真咲ちゃんちに電話してもらえるように話してみる』
「ありがとう」
『ううん、ごめんな。明日、オレ、余計なことを企画したから、締め切りを早めちゃったんだ』
「余計なこと?」
『うん、夕方、真咲ちゃんが聞いたじゃん、隠してるって』
「うん」
『みんなにも労う気持ちで、打ち上げっぽいのを企画立てたんだ』
「なんだ、それならあたしも手伝うよ!」
『いや、真咲ちゃんは愛衣ちゃんを手伝って欲しいんだ』
「……」
『頑張る愛衣ちゃんにつきあってやってよ』
真咲は、浮かない顔をしていた愛衣ちゃんを思い出す。
「……わかった、そうする」
『うん、じゃあ、電話切るよ、愛衣ちゃんから連絡くるから、待っててね』
「うん」
『じゃあ、その……おやすみ、真咲ちゃん、またあしたね』
そういって電話を切るガンちゃんの声が、なんだか照れ臭そうに感じたのは、気のせいかなと真咲は思った。

 




電話を切って20分後に、愛衣ちゃんから電話があった。
『菊池と申しますが……』
という丁寧な切り出しを、真咲のいつもの調子で受け取る。
「愛衣ちゃん? あたし、真咲だよ!」
その声に愛衣ちゃんはほっと安心したようだ。
緊張が抜けて、いつもの愛衣ちゃんの口調になっている。
『真咲ちゃん……。あの、さっき飯野君から電話があって』
「うん、ガンちゃんから飯野君に電話してもらうように頼んだんだ。ほら、クラスが違うし、電話番号わからないから、飯野君は愛衣ちゃんと同じクラスだから、緊急連絡網は持ってるかなって」
「そか……真咲ちゃん勇気ある〜」
「はい?」
「男の子のうちに電話できちゃうんだ。あ、相手が、やっぱりガンちゃんだからか……でも好きな子の家に電話する方がドキドキしない?」
「なっ、なっ」
真咲は受話器を持って、あたふたする。
衣装作り全般の総指揮者と云ってもいい、愛衣ちゃん。
今日の一件も、真咲とガンちゃんの冷やかしは、もう、目に入らないぐらいの集中ぶりだったのに……。
実は愛衣ちゃんも気になっていた?
「そ、そ、そりゃ緊張したよ」
夕方のあのカイロ代わりの手つなぎがあったから、余計に。
「けど。連絡事項だけだから」
そう、あの一件は考えないように電話したのだ。
「そ、それよりもさ、電話したのは、明日、衣装が間に合わないようなら、学校終ったら、あたしのうちでドレスを完成させない? って、思ったんだよね……」
真咲は、あわあわしながら用件を愛衣ちゃんに伝える。
「真咲ちゃん……」
「間に合わないんでしょ?」
「うん……1着だけ、間に合わない」
「やっぱり姫ドレス?」
「うん」
「姫ドレスは二着作らないといけないでしょ? 一着は多分、明日の夕方の引渡しには間に合うんだ。でも、もう一着はちょっと……」
「そうかー」
「それでね、さっき飯野君から電話があった時にね、飯野君に伝えたんだ。桃菜ちゃんの分がやっぱり最後まで間に合わないって」
「愛衣ちゃん……」
『飯野君の依頼が元なんだよね? だから飯野君の妹の服を真っ先に仕上げないといけなかったんだけどさ、やっぱりどうしてもうまく作業進行しなくて……』
「飯野君はなんて云ってた?」
『うん……『桃菜には、俺から説明しておくから頑張って』って……』


――――飯野君もわかってるんだ。愛衣ちゃんが一番頑張ってるの。


それにしても、桃菜ちゃんが楽しみにしてるのわかってて、後回しにしてもいいと云えるところが、大人だなと真咲は思う。
幼稚園児を説得させるのは大変だ。
健太のサイズを測るだけで真咲はてんやわんやだった。
桃菜が拗ねて泣き出しても、飯野君はキレたりしないで根気強くなだめているかもしれない。
大人だってそれをするのは難しい。

『飯野君は、こっちが頼むばっかりで、たいして手伝えないから、逆に悪いなって思ってるって云ってた』

飯野君にしてみれば、愛衣ちゃんに対しては、多分それだけじゃない気持ちが、あるかもしれないなと真咲は思う。
そもそも、愛衣ちゃんが飯野君のボタンをつけることがなければ、保健室に愛衣ちゃんがひきこもることにはならなかったはずだし。
そんな愛衣ちゃんが結局は今回のことで一番大活躍だし。

「飯野君は愛衣ちゃんには頭が上がらないだろうなあ」

ぽろっと真咲が云うと、愛衣ちゃんはあんまりよくわかっていなかったみたいで、『なんで?』なんて、キョトンとしている。

「いいや、で、明日、学校終ったら、うちにおいでよ」

真咲が本題に会話を戻す。

『それなんだけど、あの、真咲ちゃんさえよかったらなんだけど、真咲ちゃん、うちに来ない?』
「え?」
『うちの方のミシンがやりやすくて、飯野君から電話をもらってから、お母さんに相談したら、ウチでやりなって』
「いいの?」
『うん、手伝ってもらえるの嬉しいし、お父さんとお母さんがはしゃいでるし……ちょっと迷惑でうるさいぐらいのはしゃぎようで……』

多分、中学に入学してからすぐに保健室教室に通うことになった娘に友達ができたとなって、親にしてみればテンションは上がるだろう。
真咲はそれを想像して受話器を持ったままうんうんと頷く。

「わかった、愛衣ちゃんの家でやろう。最後の仕上げ」
『うん! お泊りセットなんてもってこなくていいよ、あたしのでよかったら、スウェットもあるし! タオルとかもあるし。制服のままに当日、キラキラプラネットホールに行くことになっちゃうかもしれないけど』
「きっとみんな制服だよ、ガンちゃんが学校の特別カリキュラムの一環とか云っちゃってるからさ」
『そっか』
「じゃ、愛衣ちゃんの言葉に甘えてそっちでお手伝いさせてよ」
『うん、こちらこそよろしくね!』
「うん、じゃあ、また明日ね!」
『うん! 明日ね!』
明るい愛衣ちゃんの声を聞いて、真咲はなんだかやる気が出てきた。
元気良くお休みと伝えて受話器を置いた。


「おかーさーん、あたしが愛衣ちゃんちに行くことになったー!」


キッチンで洗い物をしている母に、真咲はそう声をかけた。