それは、終わったはずの恋だった2(梶谷side)









 2年前のことだ――――。

 「え?」
 「結婚するのよ、だから、別れましょ? わたしたち」

 付き合って6ヶ月目の彼女からの言葉。
 結婚? オレとキミが結婚するのに、なんで別れる話……とか、一瞬考えてしまったが、これは、目の前の彼女がオレ以外の男と結婚するので、オレとの付き合いはここでおしまいと宣言しているのだと理解した。

 「梶谷さんとの付き合いは楽しかったけれど、なんていうのかな……梶谷さんは、わたしとの将来とかって、あんまり真剣には考えてないみたいだし」

 ……あー……まて、確かに積極的には考えていなかったが……そろそろそういう話をしようかと……。年齢的に、そろそろお互い落ち着くのもアリだろとは思ってたのに?

 「梶谷さんは、申し分のない彼氏だったとは思うの、優しいし、マメだし、見た目も才能もあって頭も稼ぎもいいけど」

 ナニ、じゃあ何が不満で結婚じゃなくて別れるっていうわけ?




 「貴方、相手は別にわたしじゃなくても、誰でもいい気がするの」




 なん……だと……?

 「前の彼女と別れてたから、ダメ元でアタックしてみて、付き合えてすごく嬉しかったんだけど……付き合ってて、前の彼女が別れた理由がわかった気がした」
 
 はい? ていうかなにそれ。
 オレのどこに足りないものがあると?
 正直に言おう、確かにオレは学生の頃からモテた。
 学生の頃なんか彼女いない歴が長くて1ヶ月ぐらいで、これを言うと男友達の連中が、「リア充め、もげろ」とかいうぐらいには。
 が、ここ数年、このパターンの別れ話が続く。
 付き合ってるのが年下でも、だ。
 それは何故だ。 
 
 「わたしにプロポーズしてくれた人は、梶谷君みたいに、イケメンでも、稼ぎがいいわけでもマメでもないけど……でも……わたしのことを、一番大事にしてくれる」

 おいおいおい。「仕事とわたしとどっちが大事」とかの選択に、「キミが大事」とかいう男がいいわけ?
 それってどうなの。

 「そういうのがあるのとないのとじゃ、違うでしょ、将来的に、わたしも28だし、結婚を考えると……」
 「そう……」
 「貴方、なんでもできる人だから……支えあおうって気がしないの……」

 えーナニそれー、オレそんなに暴君なわけ!?

 「自己完結してる人なんだもの……わたしの存在って、寂しい時とか忙しくて疲れた時とかのセックス込のペットか何かみたいな……そういう扱いかなって、思えてきてた。ここで別れても、貴方は全然傷つかないだろうし、すぐにまた彼女ができると思うの、でも、あの人にはわたししかいないって言ってくれて、ものすごく必要とされてる気がするのよ……だから、さよなら。とても楽しかった」

 彼女はすっきりした笑顔で伝票を手にして、席を立ち、会計を済ませて店を出て行った。





 それが理由かよおおおおおおおおっ!!!
 確かに傷つかないよ、あの彼女と別れても。
 だけど彼女の言った言葉には傷ついたっつーの! 
 ここ数年振られる理由がハッキリしたからだよっ!
 図星だからだよ! 真理だからだよ!
 オレが無意識で気づかぬふりをしていた事実だったからだ!
 言葉回しこそ、遠慮がちだったものの要は「ヤレれば、女なら誰でもいいんでしょ、そういう雰囲気が透けて見えるから、あんたとの結婚なんてのはお断り」そーゆーことを言われたわけだ! 確かに20代前半までそんな気持ちがあったかもしれない。
 だが、付き合ってる時はこっちだって真摯にむきあってたつもりだ。
 ……多分……。

 最低だなオレ――――。

 だから振られるのか。
 こだわらないから、コイツでなきゃどうしてもダメ的な、そういう付き合いなかった。 確かにまあいいかな、告白してくれるならって感じで付き合ってきてた。
 だってそういう状況が途切れることがなかったし。
 これを言うと悪友どもが、「もげろ、イケメンのヤリチンめ」とかいいやがるが、同じ男としたら、そういう場合はどう対応するよ、付き合うだろ? どうなの? と聞き返したら「当たり前だろ」と言ってのけやがるっつーのに。
 



 「まあ言われるのは当たり前だろ、お前は節操なさすぎ」
 
 ……何故だ……付き合ってる時は浮気なんか絶対しなかったのに。

 「まあもう少しマイルドに言うなら、切り替え早すぎ」

 「え?」

 「だってすぐに次がくる、女が順番待ち状態だからって、別れたと思ったらすぐに付き合いだすって、お前真剣に女に惚れたことねーだろ、そりゃー付き合ってる時には浮気しないっていってもさー、実質浮気とかわらんだろ。すぐに別の女とつきあいはじめてれば。まじで恋愛してるって感じしねーもん今頃気が付いたのか」
 
 うわああああ、なにそれ、そういうこと?
 浮気じゃないけど浮気と同等ってこと?

 「執着したりこだわったりしたことないだろ。別れるって言ったら『うん、いいよ』ぐらいあっさりだろ、別れた彼女に言われたんだろ「必要とされてない」って。前から思ってたんだけどな……お前、実は初恋とかまだなんじゃね?」

 ……初恋……おいやめろ、そんな残念な子を見るような眼で俺を見るな……。

 「初恋だろ、初恋……そのぐらい……」
 「体の関係抜きでの話だ、プラトニックの片想いとかそういうのだぞ」
 「……」
 「……」
 
 おいやめろ、そのダメ押しの溜息つくな、バカ。
 今思い出してるっつーの、待て……。

 「ないだろ。じゃあ、いままで付き合ってきた女で、別れたくなかったとか、次の女と付き合っても印象に残ってる女とかいる? アッチ方面のことじゃねーぞ……いねーだろーが」

 「ああ……それなら……」

 だからなんでそこで、驚いた顔すんだよ。
 お前、オレがいないって答えると思ったのか。

 「いたのか!?」

 学生の頃、すっごく気になってたコがいたけど。
 手が届かなかったもんよ。
 美人っていうか綺麗っていうか、そんで静謐っていうか……。
 手なんか出せないし、声だってかけられなかった。
 オレに寄って来るようなタイプのコじゃなかったし。
 ゼミも一緒で、そこから彼女が入ってるサークルとか気になったから、そこも入ってみたけど、オレなんかが近づいたら、もうそれだけで、避けられてる気がした。
 理由はわかってる。
 才能あって、コンテストとかとカチ合って、でもいつもオレの次点だったから、めっちゃライバル視されてると思ってた。
 彼女の表情には出なかったけれど。
 最初はほんとそんな感じで、ずっと見てるだけで。
 話したらどんな感じかなとか思って、声かけてみたいなとか思っても、そうしようとするとやっぱり避けられるかのようにオレから離れて、これは嫌われてるのかなとも思ったけど、その時も彼女がいたし、これって浮気になるかもって思ってて敢えて近づくのはやめようとして。
 だけど……気になって……それで……。

 「一回だけヤったんだけど、付き合えなかったコがいる」

 なぜ当時オレは踏み込まなかった? 
 あの時がチャンスだったのに。
 
 「え……付き合ってないのにヤることヤったの?」
 「タイミングとか偶然とかが重なってそうなったけど、当時彼女いたし、浮気はしない主義だったから……」
 「おい、浮気はしない主義だったのに、どーしてそーなるんだよ」
 
 女子のように問い詰めるな。

 「ずっとずっと気になってたんコだったから、すごいチャンスだと思っていただきました」
 「おーまーえーじゃあどうして付き合ってる彼女を切って、そのコに告らなかったんだよ!」
 「だって、告白してもダメだったらどうするんだよ」
 「あきらめるか告白し続けるか二択だろ」
 「結果が断られるってわかってるのに?」
 「お前さあ、断ったことも断られたこともないだろ」
 「……ありません」
 「俺は……お前ほど残念なイケメンを見たことがねえ……浮気はしない主義とか言ってて、テキトーに女と付き合って、結局大本命が現れたけど、浮気になるし、断られるのが怖くで踏み出せなくて……」
 「いうなあああああ」

 わかってる。わかったよ。
 気が付きたくなかっただけで、本当は……オレは薄っぺらい男なんだって。
 この先、女が寄ってきても、恋愛とかできてないっていうかできない次点で、アウトだろ。
 お断りだろ。
 ていうか女性全般に対して失礼だろ。
 本当に申し訳ありませんでした。
 あー……多分一生お一人様だ。
 こうしてまた社会の未婚率をあげていくんだ。
 オレには仕事しか残ってない。
 自分から、声をかけて、傍にいたい、守りたい大事なたった一人の女性なんて、オレの前には一生現れない――――。
 
 そう実感した2年前……オレに残されてるのは仕事しかないと思い、女性から告白されても、付き合うなんてことはしなくなった。
 




 だがしかし。2年後の現在……。




 神様から最後のワンチャンスか?


 「御社とお仕事ができるとは、思ってもいませんでした。今回のコンペで、弊社を取っていただいて光栄です」


 首都圏内の新築住宅の企画コンペに採用された外注のデザイン事務所との顔合わせ。
 そこに現れたのは、オレが学生の頃、ずっと気になって、声もかけられなくて。
 だけど一回は致した彼女――――。
 相変わらず、クールビューティーですよ、この人。
 えーなんで、この人、こんな(失礼)規模の小さな事務所にいるの?
 もっと大手に行ったんじゃないの?

 「いやいや、うちの新たなシリーズは是非、若手でってことで社長の言葉があってね、高瀬さんのデザインはいいですよ。住みやすい空間、機能的なキッチンに、寛ぎのリビング、同線の配慮が実用的ながら、古臭さは感じない高瀬さん建築士の資格もお持ちなんでしょ?」

 そうだよ、優秀だったよ、才能あったよ、コンテストで次点とかいうけど、それって、審査員の主観とか好みとかそういうのがまざって、たまたまオレがとったことがあったけど、オレは個人的にこの人のデザイン好きだったよ。

 「はい。一生の買い物ですから、クライアント側の納得のいく空間作りの為に図面を見るだけでなく描けることも必要と思ったので」
 「若いのにたいしたものだね。今日はね、今後、高瀬さんと一緒に仕事をしてもらう、うちの設計グループの若いのをつれてきてるんですよ。梶谷」
 
 やべ。緊張してきた、声が上ずってないかな。
 落ち着け、オレ。

 「梶谷です」
 
 お久しぶりです、オレのこと、覚えててくれてるかな。
 ……だが。
 クールビューティーな彼女は、アルカイック・スマイルのままこうのたまった。


 「高瀬です、はじめまして。よろしくお願いします」


 ……撃沈……。