極上マリッジ 11






「ママー、ジュンペーくん、いってきまあーす」

優莉は、後部座席に設置されていたチャイルドシートに乗って手を振る。
あたしも、優莉に並んで後部座席に乗った。
あたしが後部座席に乗った時、姉は往生際悪いヤツだとアイコンタクトを送ってくれた。
でも、これは別に鳴海氏の隣に座りたくないってあからさま意思表示ではなく(ちょっとはあるけど)、優莉のことを考えての後部座席への乗車なのよ。
鳴海氏が乗ってきたのは、先日のベンツではなく、ポルシェのカイエン。どっちも高級外車……どんだけ金持ちよ。
この高級感漂うレザーシート、ここに車に乗り慣れていない優莉がゲロッたりでもしたら誰が処理する?
そういう、もしもの時の為のポジションなんだからねっ。
なのに……。

「りかちゃん、まえにすわらなくていいの?」

車が走り出して、優莉は無邪気にそう云った。
「優莉が独りだとさびしいからね」
具合が悪くなったら大変だからねとは云わない。もし、そう云ったことで本人車に乗り慣れてないのを自覚して気分悪くなって本当に嘔吐するかもしれないし。
「ゆうり、おくるまへいきだよ。えんそくいったときの、ばすもだいじょうぶだったよ」
この子は……もしかして、あたしが心配してる内容を理解してるのかしら? だとしたらさすが姉の子、あたしの姪っ子。
「優莉ちゃん、途中で止まるけど、それよりも前におトイレ行きたくなったら云うんだよ?」
「はあい!」
鳴海氏の言葉に右手を上げて元気よく返事をする。
足チャイルドシートから下がっている足をぶらぶらさせながら、窓の景色を見てる。
「このあいだのおくるまとちがうから、ゆうりびっくりしちゃった」
「この前の車がよかった?」
「こっちのくるまのほうがすき」
「だろ? 景色が見えやすい方を選んだんだよ」
「ありがとー」
「お行儀いいね、どういたしまして」
……違う。
無意識か意識してるのか本人にしかわからないけれど、優莉は、空気を読んでいる……かもしれない。
若干5歳それをするってのは、過去の離婚の原因があるとあたしは思ってる。うるさくない程度に昨日の幼稚園であったことを話している。
交通情報を知る為に、ラジオを流していて、最近のアイドルグループのJPOPが流れると、歌詞はでたらめながらも歌っていたりして、この間の見合いの帰りよりも車内が重苦しい沈黙に包まれることはなかった。



「ついたあ!」
「はい到着」
あたしはチャイルドシートのベルトボタンを外して、優莉を降ろす。
高速使って着いた場所は、神奈川県K区の人工島、水族館と遊園地とホテルがある……あのアミューズメントパーク。
園内への車の乗り入れは禁止らしいが、一番近い駐車場に停めることができたようだ。優莉の手をつないで、ランチが入った保冷バッグを肩にかけると、かけたバッグの重さが肩からふいに消えた。
鳴海氏があたしの肩から荷物を取りあげて、自分の肩にかける。
ヤツにしてみれば普通になんてことないだろうの仕草に、こっちは「え?」「え?」みたいな気持ちになってしまった。
「いくよ、莉佳」
「な、何よ、いいわよ持たなくても」
通常、働いてる時は、この弁当が入った保冷バッグよりも重い粉の袋を持ち上げて運んだりしてる。
荷物持ちながら優莉の手を引くのは姉もそうだしあたしもそうだ。いや、純平君はちゃんと「持ちますよ」と声かけしてくれるし、どーみても女子には持てないだろう重量のものは、運んでくれたりするけどさー、あたしら姉妹はちょっとした荷物なら「いーよいーよ」なんて断っちゃうんだよね。
なにこの男のさりげなさ……。
肩の荷物の重さがなくなって、「アー楽ちん」とは思えません。
逆に物足りなさ手持ち無沙汰な感じがする。
「いいから」
手を差し伸べられる。な、何? 荷物はもうないし……。
あたしがうろたえていると、鳴海氏はあたしの手を握る。
優莉とつないでた逆の手が、鳴海氏に握られた。
この一連のさりげなさは、本当にヤラれるわ。
チケット売り場に並んで、大人二人子供一人分のパスポートを買おうとしたら、これもまた、鳴海氏が払う。
あたしが財布から出した諭吉はどーすんのさ。
「はい」
あたしは一万円札を鳴海氏に渡すが、それに視線を落として何をしてんだって顔をされた。
「なに?」
「優莉と、あたしの分の料金」
「馬鹿?」
「何おうっ!?」
「普通はここで黙って奢られるところだろ?」
あたしは小刻みにぶるぶると首を横に振る。
「イヤよ」
「受け取らない」
「受け取ってもらわないと困るんだけど」
「俺は困らない。ほら。さっさと中に入って回らないと、いるかのショーを見逃すぞ」
アンタが困らなくたって、こっちが困るって話だよ! ちょっとこの諭吉どーすんのよ? もう! 「早くしまえ」的な目線は何だ? こいつのこういうところいや。普通の女子なら奢られてラッキーぐらいには思うかもしれないけれどね、そういう人じゃないから。だって「タダより高いものはない」っていうでしょ。それになんでもかんでもあんたの云うとおりっていうシチュエーションが確立されそうなのがイヤなのよ。
そう相手に云い募ろうとしたけど、あたしはすぐとなりで「かーわーいー」と声を上げる優莉の顔を見た。
優莉はキラキラした目をしてラッコを見て、セイウチやホッキョクグマを見て、パノラマになってるブルーの大水槽に群れをなし泳ぐ魚たちにみとれ、エスカレーターをぐるりと包む水槽を通って、「わああ」と声を上げる。
自分のすぐ横で、こんなに純粋に楽しんでる優莉を見てると、イライラしてちゃだめだなと思い直す。優莉にとっちゃ、せっかくのおでかけなんだもんね。楽しい想い出を作ってあげないとな……。
ひととおり、水族館を見て回り、スタジアムでイルカやオットセイのマリンショーも楽しんだ。ショーをみたから時間的に少し遅れたけれど、芝生にシートを敷いて、お弁当を食べる。

「おいしいー。りかちゃんおりょうりじょうずー! そうおもうよね? だからなるみさんは、りかちゃんをおよめさんにするの?」
「そうだね」
嘘だ。
優莉、大人になったらわかるけど、別に好きだから一緒になるとか好きだからデートに誘うとか結婚しようと思うとか、そういう純粋な動機を持つ人だけじゃないんだよ。
「りかちゃんは?」
「何?」
「なるみさん。かっこいいからおよめさんになるの?」
『およめさん』になる気はないんだよ、優莉。
なのに、鳴海氏の視線が痛い。ここで優莉相手に適当に「そうね」なんて相槌うとうもんなら、言質とったってことで、強引に話を勧められそう。
「優莉、食べ終わったら、メリーゴーラウンドに乗りにいこうか?」
「わあ! いくいく!」
あたしは、優莉がぱくぱくサンドウィッチを食べているのを見つめ、鳴海氏の視線を無視することに成功した。
会話の流れを止めることが出来た自分に拍手してやりたい。
が、あたしの勝利は短かった。
「優莉ちゃん」
「なに?」
「ゴールデンウィーク、お出かけの予定はあるのかな?」
「わかんない」
「おじさんちでバーベキューする話があって、優莉ちゃん来る?」
「いく!」
優莉! 即答しないの!!
「ママに聞いてみないとダメでしょ?」
あたしが優莉に諭すように云う。
なんでも自分の判断で応えちゃダメなんだよ、ママの都合とかあるでしょ?
多分ゴールデン・ウィークのウチは何日か店は閉めるけどさ。

「大丈夫、莉佳がいるから、優莉ちゃんのママもOKだよきっと」

……ちょっと待てえ!
あたしの心の抗議の声は届くことなく、優莉の嬉しそうな歓声が耳に飛び込んできたのだった……。