この手の甘さは嫌いじゃない




「こういうイベントは嫌いかと思った」
篠塚が雪緒から手渡された包を受け取って、そう云った。
「基本的に、お祭りは大好きだ。クリスマスもお正月もひな祭りも、菓子メーカーの陰謀で騒がれるこの国独特のバレンタインも、バンザイ」
口調は陽気なのに、表情だけは醒めている。
視線はバスケ部のスコアや、練習試合のスケジュール。そして、部費会計ノートに視線を移したままの彼女。
「にしては……」
「何?」
「気持ちがないように感じるのは気のせいか?」
彼女は溜息をついて、彼を見上げる。
「贅沢者め、これ以上のどこに、気持ちを込めろというの」
彼は雪緒の隣りに座って、ロゴの入ったリボンやら、光沢で質のいい包装紙を丁寧に剥がす。
綺麗なセピアの粒が、それぞれに形を整えて、並んでいる。
「いらないなら、頂戴、チョコは大好き」
雪緒にそう云われて、篠塚は1粒摘み上げて、彼女の唇にチョコを当てる。
彼女が小さな歯で、チョコを軽く噛みとったところで、篠塚は指を離す。
カカオの濃い方向が、箱と彼女から香る。
一口、口にするとまた彼女はノートに視線を移す。
「バレンタインなんて、女子の為のイベントだな」
「……」
「男がモテル状況がわかる貴重な日だなんて、桜庭は言うけれど……チョコを買って男にやること事体を女が楽しむイベント。基本的に女子の自己満足の日」
篠塚も箱の中から、チョコを1つ摘み上げて、自分の口の中に入れる。
雪緒は机の上にノートから、彼に視線を移す。
彼がそんなことを云うということは……篠塚は今日1日、学校で女子からチョコを渡されまくったに違いない。甘いものが好きというわけではないし――――。
「それで1ヶ月後にはホワイトデイが待ってる。基本は、女子の楽しむ日だ。俺はお返しなんてできない」
義理堅い。
女子の自己満足の日だと、自分で云っておいて、お返ししないとダメなのかって、思うあたりが。
自己満足なんだから、その場でそのまま貰っておけばいいのに……。
堪えきれなくなって、雪緒はクスクス笑う。
「なんだ」
「いいや、篠塚は本当に真面目」
「?」
「わかんなきゃいいよ」
「……」
「女子の為のイベントね……そうね、そのとおり、だから好きなのかも。でも、2月14日にチョコをあげるだけがバレンタインじゃないんだけど」
「違うのか?」
「愛を告白する日でしょう」
肝心なところを忘れているのも、彼らしいと雪緒は思う。
嫌いなはずの甘いものなのに、雪緒が選んだチョコは気に入ったようだ、もう1つ、彼が指でチョコを摘む。
「大事なことは――――――」
雪緒は篠塚の手首を軽く握って、動きを止める。

そして、彼の唇に自分の唇をほんの一瞬重ねた。

「こういう意味もあるってこと」
照れも何も感じさせない口調でまた彼女はノートに視線を移す。
「葛城」
「……何?」
「今のお返しはすぐに返したいんだが、1ヶ月後だと忘れそうだ」
バンと軽く机を叩いて雪緒が顔を上げる。
耳まで真っ赤になってる彼女。
やっぱり照れ隠しで、視線を外していた。
そんな彼女を見て、彼は普段冷たいと言われがちなその表情を和らげていた。
ズルイと彼女は思う。
そしてほんの少しの優越感を抱く。
こうい表情をみせてくれるのは自分にだけだと、信じたい。
彼がコツンと雪緒の額に自分の額をあてる。
「記憶力がいいくせに、嘘吐きだ」
小さく彼女が呟く。
「甘いのは嫌いじゃなかったの?」
「この手の甘さは、嫌いじゃない」
彼が低く囁く。
そして彼女は静かに瞳を閉じた。