もとはあんたにあげる友チョコ




「悪いんだけど、受け取れない。オレ、チョコ嫌いだから」

あたしは足を止める。
体育館から出て、中庭のバスケコートを使用している男子バスケ部をちょっと覗いた時、吉住が女子からチョコを渡されるそんな場面を目撃してしまった。
本日2月14日バレンタインデー。
女の子からの愛を告白してチョコを渡す日。
男子バスケ部は女子からの人気があって、この日は結構部員の誰もがチョコを渡されているだろうとは思っていたけれど、まさにその現場を目撃してしまったわけなのだが……。
それが吉住となると気持ちは複雑だ。
しかももっと複雑なのが。さっきの科白。

―――――悪いんだけど受け取れない。オレ、チョコ嫌いだから。

話は昨日に遡る―――――。
「陽菜ちゃん、時間ある?」
部活も終えて、男子バスケでマネをしている雪緒さんが声をかけてきてくれた。
「はい」
「チョコ、買いに行く?」
「わあ、雪緒さん、買うの? 篠塚先輩の?」
「バスケ部全員の。つめ放題をしたいから、陽菜ちゃんの手を借りたいのよ」
「へ?」
「ラッピングは用意しているから、あとはつめ放題のチョコを入れるだけ」
「……ゆ……雪緒さんってば……」
男子バスケ部キャプテンの篠塚先輩の内心を思うと涙を誘うわ。
篠塚先輩は雪緒さんからのチョコを欲しいのだと思う、2人がそういうイベントに踊らされるタイプではないということも理解しているけれど……。
「篠塚先輩用はないの?」
「……」
雪緒がだんだん俯いて、耳まで赤くしている。
「……え……」
このリアクションはちょっとびっくり。
いつもクールで大人びている彼女からは見られない反応。
「それも……選ぼうかと……だから、その……陽菜ちゃんもどうかなって……」
一瞬、あたしは周囲を見渡してしまった。
彼女のこんな意外な一面を見たら、あたしもこのイベントに乗ってやらないと損な気分になってしまい……。
つい買ってしまったのだ。吉住用のチョコを。

吉住は、甘党じゃないとは思っていたから、カカオが結構含まれているビターチョコを選んだのだけれど……「チョコが嫌い」だとは思いもしなかった。
スポーツバックの中に入ってる綺麗なリボンでラッピングされたチョコを、ファスナー越しに見下ろして、それを出さずに、雪緒さんに声をかけることにした。
「陽菜ちゃん、渡してきた?」
あたしは首を横に振る。
「雪緒さん……あたし、チョコは1人で食べる」
「はい?」
「チョコ渡したかったんだけど、チョコ嫌いって、云ってたの」
「陽菜ちゃんが渡すなら受け取ってくれるよ、吉住」
雪緒さん、どうして吉住に渡すって思うの? 
あ、雪緒さんもそう云われた? 雪緒さんはマネだから、男子バスケ部のみんなに配ったんだよね。
「でも。そんな嫌いなのに押しつけられないから」
「陽菜ちゃん……」
「ただの友チョコだし」
「うん、それにしてはいろんな面で気合がはいった友チョコだとは思うから、とってももったいないと思う」
雪緒さん……やっぱりあなたには敵わない気がする。


いつものように、女子バスケ部と男子バスケ部は駅まで一緒に合流して下校する。
先輩達の鞄や手荷物に、ファンシーな手提げの紙袋がもれなく一緒だ。
だけど吉住は持っていない。
全部思いっきり断ったんだ。
そんなにチョコ嫌いなんだ。
「なんだ、元気ないな。腹でも減ったか?」
吉住が声をかけてくる。
「違うよ」
「沢渡は燃費悪いからな。先輩達がもてあましてるチョコでも食ってろ」
「それは渡した女子に失礼なことだよ」
「……そう?」
「そうだよ」
「沢渡は渡したのか?」
「渡そうと思ったんだけど、渡せなかった」
「……篠塚先輩は受け取ってくれなかったんだ?」
用意したのは先輩用じゃない。
「吉住には関係ないじゃん」
あ、だめだ。素直じゃない。
「いいの、もう、自分で食べるから。あーお腹すいた」
あたしはスポーツバッグから、チョコを取り出して、リボンを外す。
綺麗なネイビーの包装紙もペリペリと外す。
「相手も沢渡なら受け取るだろうが」
「いいのよ」
だってあんたチョコ嫌いじゃん。
綺麗に成形された一口サイズのチョコはセピアの光沢を放っていた。
どうせならあたしが欲しいと思ったチョコを選択したんだけど、この場合、その選択は間違っていなかったわけだ。
「やば、美味しい! よかったあ、あたりだわぁ。このチョコ美味し過ぎ」
「なに1人で食ってんの」
吉住はあたしの手元にある箱から一つ摘んで、口の中に入れた。
「吉住、チョコ嫌いじゃなかった……の?」
「なんで?」
「女子にそう云って断ってるの見た」
「なに、おまえ、アレ見てたんだ? だって、なんか真剣過ぎて怖い感じがしたから……ついそう云ったんだけど……」
クラスの義理チョコだよんって軽く渡す子のチョコとかは受け取ったらしい。もちろん雪緒さんが昨日買ってラッピングしたつめ放題のお疲れ様チョコも。
なによ、それ、早くいいなさいよ、開けちゃったわよ。
あたしはチョコの箱を差し出す。
「やる」
「なに? それ、そのムキだしかよ!?」
「もとはあんたにあげる友チョコだからいいの」
「なっ!? じゃ! なんでお前が勝手に開けて食ってんだよ!」
吉住の、掛け合い漫才のようなツッコミを訊いた先輩達が、何人か振りかえって、微笑ましいなあという表情でこっちを見ていた。