月見バーガーはプライベート情報の等価交換




「ちょっと前から、いいなって思って、よければ、まずはオトモダチからお願いします」

野球帽をバっとはずされ、45度の角度に腰から頭を下げられて、あたしは何も云えなくなった。佐々木君は吉住と同じクラス。
東蓬学園の野球部とサッカー部はあたしたちのバスケ部と違って、金のかかりかたが尋常じゃない。
野球部といえば関東地区、私立の古豪で甲子園の大会にも名前が連なるほど有名だ。
中等部から持ち上がってきた生徒以外は、シニアリーグ(って、吉住が云ってたリトルリーグの上のクラスらしい)で結構イイ成績をとった人材をスカウトして、顧問、部長(生徒の部長じゃないんだよ、先生なのでも監督とは別)と監督とでの寮生活。完全管理下で学校生活を送っている。
でも、まだウチの学校は私立古豪にしては規約がユルイらしい……。
けど、体育系クラブでは、もうエリートでしょう! ていう野球部の人からこういう言葉を訊くことになるとは思わなかった。

「沢渡さん、ウチのクラスの吉住となんか仲良さげで……もしかしたら、付き合ってるかもしれないなって思ったんスけど、吉住本人に訊いたら別に、付き合ってないって云うし」

何故、吉住の名前が出てくる?
確かにあたしはフリーですよ、吉住とはなんの関係もありませんけどね。

「……なんであたし?」
「いやまじで、前からなんかいいなって……」
「なんかのバツゲーム?」
「なんで?」
「あー、失礼。生まれて初めて告られたから、ちょっと舞いあがってるのかも……ありがとう。でも、ごめんなさい」

あたしは頭を下げる。
さっき、佐々木君がしてくれたように。
そしたら、佐々木君も、もう1度、頭を下げて云う。

「――――――ありがとうございましたっ!」

ごめんねなのに、ありがとうなんだー、体育会系だなー。
あたしのそんな表情を読んだらしい。

「結果は駄目でも、すぐに、返事をくれたんで。悩まれて結果伸ばされて、でもNOっていうのは前に1回あったんで。すぐに言ってくれた方が、まあ凹みはするけど、気持ちの切り替えとかも早いでしょ?」

そこでありがとうか……。
なるほどね。

「あ、と、俺が駄目な理由を訊いてもいい?」
「嬉しいけれど、気持ちが動かないから。勢いに流されて付き合うのは相手に対して失礼だから、友達から初めても、結局友達のままになりそう。で、なんていうか、あたし、告られたのはじめてだけど、やっぱり自分から告るのがいいかなって思った」
「そか」
「うん。ご……」
「『ごめんね』は云わないで、駄目押しされるみたいだし、納得したからいいすよ」

そういって『ごめんね』は遮られた。

「うん、ありがとう」
「じゃ、俺、練習あるから」

そういって、佐々木君は練習グラウンドへと走り去って行った。
あたしも、荷物をまとめて、バス停へ。
今日はバレー部が対抗試合で体育館は使えない。
区のスポーツ総合センターでの練習だった。
バスケ部は、野球部とちがって、練習場所にあまり恵まれていないのだ。



「じゃ、かるくダウンしてあがってください。明日は体育館利用できます」

今回のこの施設の利用は、男子バスケ部も一緒だった。
雪緒さんが、マネになってから、こういうことがたまにある。
人数多い方が、区の施設を抑え易いのが理由だ。
でもセンター内の他の施設と違って、体育館の空調まではきかないから、9月の残暑の中でやる練習は、結構キツイ。
ただ、救いなのは最近改装したばかりなので、更衣室も綺麗だし、男女それぞれシャワー室もある。
練習時間が短くなるけど、学校の体育館よりは、そういうところがいいかな。
そんなことを、女子バスケの部員が囁きあいながら、更衣室に足を向けていく。
さっぱりと汗を流して、センターの正面玄関に行くと、男子部のメンバーがいた。
だいたい、男子部の方が帰り支度早いんだけど、一応、駅までは一緒に行動するんだよね。
とっぷりと日も暮れて、遅いからっていうのが、女子部だけだと集団でも危ないとかで、ボディガードみたいな役もかってくれてるんだ。
ありがたいような……申し訳ないような……。

「ひよこ」
「へ?」

吉住があたしの顔を見るなり、そう云った。

「髪の毛、ちゃんと拭けよ、てか梳かせば? なんか水遊びしたひよこみたい」

こーのーやーろー。
あたし、バスケ部に入って髪をショートにしたから、髪を洗う時間は早くなったんだけど、落ちつかない……。
めんどくさがって、タオルでごしごし拭くとすぐに水分が飛んでくれるのが助かる。でも、ちゃんと櫛を入れても、なんか落ち着かないなんだよね。ピョンって毛先がはねる。髪のクセみたいなもんだから、しかたないんだよ。

「じゃ、みんな集合したんで、駅まで行きます」

雪緒さんが声をかけると、みんなぞろぞろと歩き出す。
雪緒さんと女子バスケ部の部長と、男子バスケ部の部長が、また何やら打ち合わせしつつ、歩いていく。

―――――自分から告るのがいい。

とは言ったものの、結局あたしは自分から告白はできなかった。
雪緒さんの隣りに立っている、篠塚先輩。
うちの学校でも、女子に凄く人気がある。
この人気に対抗できるのは、ほんと数えるぐらいしかない。
非の打ち所がないっていうか、まあちょっと、厳しいかなとは思うけど、カッコイイ先輩で、あたしは入学早々憧れたんだけど……。
先輩は、雪緒さんが好きなんだよね。
本人に聞かなくたって、そんなの見てればわかるんだけどさ。
だからあたしの気持ちは言えずに玉砕しちゃったんだけどね。
先輩は……1回ぐらいは雪緒さんに告白してんのかなあ……。

「モノ欲しそうな顔してんな」

吉住があたしに云う。
あたしが、篠塚先輩のコト好きだったの知ってるんだよね、コイツは。
今、あたしの視線が、雪緒さんと篠塚先輩の方に向いていたからそう云われたのかな。

「別に、いろいろと考えるコトあるの」
「ふうん」
「アンタと違って、あたしは、告られるの、慣れてないからさー」

て云ったら、吉住の足が止まった。

「佐々木と付き合うの?」
「は?」
「考えるコトって」
「なんで、アンタが知ってるの?」
「……」
「なんでよ、云わないとたかるよ」
「は?」
「月見バーガー奢れ」
「なんだ、それ」
「プライベートまで知ってるのは気色悪くない? それぐらいの金額の気持ち悪さよ」

あたしがそういうと、吉住はわざとらしい溜息をつく。

「いや、佐々木に釘さされたってゆーか」
「はい?」
「だから、オレが、沢渡と付き合ってるのかって聞いてきたし、佐々木が告ると云ってから。沢渡の考え事ってそれかと……だとしたら、付き合うのかな――――とか?」
「……」

関係ないじゃん。あんたに。
吉住は結構モテル。
ウチのガッコの男子バスケ部は、イケメン揃いだから、ギャラリー煩いんだよね。
野球部とかサッカー部もギャラリーは多いけど、もっとオフィシャルなギャラリー(それこそ、甲子園、高校サッカー系に力をいれたマスコミ)だから、一般女子は近寄れない。
手が届きそうなアイドルで、オンナノコのハートをがっちり掴んでんのよ。
その気になれば、入れ食い状態。

「吉住はどうしてんのよ」
「期待はさせられないから、断ってる」
「いいなあとか、思う子はいなかったの?」
「月見バーガー奢れ」
「何?」
「プライベート情報の等価交換だ」
「ケチくさ〜」
「お前に云われたくない」
「あ、でも、じゃあ、他の女子にいってやろう。吉住は月見バーガーでプライベート情報を公開してくれるって」
「おーまーえー」

吉住があたしにゲンコで片手ウメボシをくらわしてるところに、背後から声がした。

「だめだめ、陽菜ちゃん」

あたしは振りかえる。桜庭先輩だった。

「情報公開してもらえる相手は限定されるから」
「桜庭先輩は知ってるんですか?」

吉住がいいなあなんて、想ってる子を知ってるんだ?
桜庭先輩の、そのニヤニヤした顔は知ってるんだな……。

「吉住に直接教えてもらいなさい」
「別に吉住が誰に惚れてても関係ないけど、付き合ってないんでしょ?」
「おお! 陽菜ちゃん! 気がついてるのか?」
「だって、付き合ってたら、こんなに部活三昧の生活してないし」

あたしがそういうと、桜庭先輩はポンと吉住の肩を叩いて、首を横に振る。
何? そのリアクション。

「……道は険しいな、少年」

そうポツリと呟いて、桜庭先輩は後ろを歩いている藤咲先輩と並び、何か別の話題を話し始めた。
何よ。今の。

「……吉住はなんで、告らないの? あたしと違うでしょ? アンタなら大丈夫なんじゃないの?たいていの子ならOKでしょ、アンタから告られたら」
「……お前ね……単純に云うなよ、そんなの」
「そんなの?」
「お前が考えてる―――――両思い、相思相愛なんてな、本当は奇跡みたいなもんなの」
「奇跡いうか」
「見本が目の前にいるだろうが」

吉住は目線で前方の篠塚先輩と雪緒さんを指す。

「アレだけアプローチしても両思いに見えるか? アレ」
「……」
「クラスの女子が『ラブラブなの』とか云うけど、マジでか? と思うね、オレは。アレ見てると」
「確かに……」

そうよね、あれだけいい男が、多分、片想いなんだよね……。
いや、両想いになりそうな片想いだから、なんとも云えないけれど……。
だけど、そのなんとも云えないところが、またこう見てて切ない……。
あたしは頷く。

「よくわかった。納得した。じゃあ、あたしが吉住に月見バーガーを奢ってあげる」
「は?」
「頑張って、彼女に気づいてもらいないさいの応援の意味を込めて、この割引クーポン券で奢ってあげるわ」
「……割引クーポン券って……おま……」
「何よ」
「ケチくさくね?」
「節約上手と云いなさい。部活に入ったからバイトができなくなったんだもん。こういうところで節約すんの」
「あー、ハイハイ」

あ、このやろ、ポンポンって子供あしらうみたいに、頭叩いたな!
奢ってやらないぞ!

「ところで、確認しておきたいんだけど」
「何よ」
「佐々木には断ったの?」
「期待持たせなんてできないからね――――――……」

て、あたしが云うと、吉住はちょっと嬉しそうな表情をした。

「何よ」
「いいや」
「あれ? ……はっ! 今の個人情報の流出はだめ!」
「はいはい」
「ポテトとコーラをつけて約束して!」
「お前、相当ハラ減ってんだろ、燃費悪いな」

吉住が差し出す手に、あたしは軽くパシって叩いた。
叩いたその手を、吉住は素早く左手で握り締める。

「このひよこは食いしん坊で困るよ」

なんであんたが困るよと、あたしは咽喉もとまで言葉にだそうとしたけれど、なんとなく云えなくなった。
握り締めてきた手の力が、最初よりも、緩くなった。
吉住のことを好きな女の子がいたら、こういうのは誤解を与えると思う。
振りほどいた方がいいよね。
あたしは吉住に、そう云おうとして横顔を見上げる。
吉住……。
確かに女子に人気があってモテルんだけど告れないんだなあ、なんて思ったら、なんとなく、こうして、しばらく手を繋いでいてもいいような気がした。