HAPPY END は 二度 訪れる 25




仕事を終えて、ホテルに戻ると内線電話が鳴った。
「海外からのお電話が入ってます」
海外からのという単語にドキリとする。
「あ、お願いします」
幾分声が上ずってる自分が嫌で、軽く頬を叩く。
電話が切り替わると、予想通りの人物からだった。
『珠貴?』
「アルフォンス……」
『何度か電話したんだよ』
「え? そうなの?」
『うん。今ホテルに戻ったってことは、残業してたね』
「……そこと、日本の時差って何時だったっけ?」
『マイナス二時間』
「そうなんだ……アルフォンスは?」
『うん、ミスター相馬は大興奮していた。珠貴は今日、何してた?』
「小野さんの工房に行ってたの」
『ああ』
「シゲクラ・クラッシックには小野さんの腕は必要だし、週末の家具フェアにもしかしたらきてくれるかも」
『そうか』
「うん……」
『梶本が送り迎えしてるだろうから、心配はしてないけど、平気?』
「大丈夫」
『そう、よかった……』
今朝起きた時は、アルフォンスの姿はなくてホッとした半面、どこか物寂しさを感じたけれど、こうして、電話での会話は面映ゆいし照れくさい。
もともと、アルフォンスのことを意識しないように、会話の内容は仕事中心だった。
『朝、目が覚めた時、さびしかった?』
彼の台詞にドキリとする。
甘く囁かれるように云われて、昨夜この部屋で二人で過ごした時間を思い出すと、全身が火照る。
「な、な……なんで、そんなこと……訊かないで」
『さびしかったのは僕だけなんだ?』
――――違う。いてほしいって思った。アルフォンスにいてほしいって……。
子供みたいに抱きしめられて、ちいさなキスが欲しかった。
『珠貴?』
――――逢いたい。
たった一日離れてただけで、こんなに逢いたくなる。
――――逢いたい。
「逢いたい……」
珠貴は絞り出すように、その言葉を口にした。
そんなことを言い出したら、アルフォンスは気にするだろうか?
感情だけが昂ぶって、珠貴は泣き出しそうになる。
どうするんだろう。この先、こんなに好きになって。
アルフォンスは『シゲクラ』を立て直しに成功させたいのだから。
その為に珠貴をこの会社に引き戻したのだ。
この会社に必要なことを珠貴に教えてきたのだ。
それを無駄にはできない。
アルフォンスの傍にいることじゃなくて、仕事を成功させることが、彼に喜ばれること。
それなのに、彼は優しくて、甘くて、珠貴のことを恋しているみたいな言動をする。
珠貴以外にも、こういう態度はするかもしれない。
期限付きの恋を割り切った女性達となら。
「逢いたいな」
――――いいじゃない……例え期限付きでも。
普通に出逢って恋をしている男女だって、その恋に終息があったりするのだから。
例え嘘でもその場限りでも、そう云ってくれるなら。
素直に云ってもいい。
あとでくるさよならが、わかってるなら。
「アルフォンス?」
平気よ。逢えなくても、大丈夫、会社のことはちゃんとやってるし、さみしくなんかない。
きっとそんな強がりな言葉が返ってくると思ったのに。
以外にも素直な一言だったので、拍子抜けした。
そして、そんな言葉を訊いたら彼女に逢いたくて堪らないとアルフォンスは思う。
『……すぐに戻るよ、珠貴』
その声は甘くて、くすぐったくて、珠貴は自分の顔が真っ赤になっているだろうと、鏡を見なくても感じていた。
 

それから数日後。
週末の家具フェアは盛況だった。
新しいデザインは、『シゲクラ』のリニューアルを訴えるために、新生活に必要なファニチャーを取り揃えていたし、珠貴の解説の風景もマスコミに取り上げられ、先日足を運んだ工務店の小野氏が会場に入り、新たなシゲクラを見て、本格的に、クラッシックシリーズのデザインに携わりたいと口約束ながら、前向きな意見を受け取ることもできた。
イベントを無事終了し、イベント担当スタッフと後片付けしているところへ、電話が入る。
『珠貴ちゃん』
「はい? 沙穂子さん? イベントは無事終了しましたー」
沙穂子の声が緊張をはらんで切迫しいているのに気がついた。
「何かありました?」
「吉野が、会社に乗り込んできてるの!」
「すぐに帰ります」
ピっと通話をオフにすると、梶本を呼び出す。
「梶本さん、すぐに車を、本社に戻ります」
「珠貴さん?」
「どうしました?」
本社からのスタッフが寄ってくる。
「吉野が、会社に来てるらしいので、わたし、戻りますね」
「!」
「な」
「ちゃんと後片付けして戻ってくださいね」
言葉づかいは丁寧ながらも、自分の仕事を放り出すなと言外に告げている。
残っている社員はそう云われて、速やかに片づけを初めた。
珠貴の後を追うためだ。
珠貴は梶本の運転する車に乗って、本社へと向かった。
その数分前に、実は相馬と一時帰国していたアルフォンスにも、そのニュースを耳にすることになった。
最初は、成田で相馬が会社の部下に連絡事項を尋ねる為に電話をしたのだが、そこで部下は、吉野が会社に乗り込んできていると、相馬に伝えたのだ。
相馬の顔が怒りに染まるのを見てアルフォンスは、視線でどうしたと尋ねると、「あの馬鹿ボンボンが会社に乗りこんできやがったんですよ!」と語気荒く伝えると、相馬と一緒に、タクシーに乗り込み本社へと向かった。
「今日は家具フェアでイベントにかりだされて本社社員は少ないから、そこを狙って『シゲクラ』はお嬢じゃなくて自分が動かすべきだって残った社員を口説いてなんとか取り戻したいんだろ!?」
アルフォンスはスラングで悪態をつく。
アルフォンスが留守の時や、珠貴が関わりっきりになるだろうイベントの日を狙ってやってきたに違いない。
あの男がやりそうな姑息なことだと思う。
「会社は、お嬢に譲るんだろ?」
「当たり前だ。珠貴が使えなかったら、僕がこのままオーナーとして残るつもりだった」
「お嬢に会社を任すっていうのはさ、お嬢に対してはまるでいたれりつくせりじゃねえ? なんでこんなボランティアみたいなことを?」
「珠貴は『シゲクラ』のトップにふさわしいだろ?」
「異論はないですよ。あのボンボンに比べたら、断然にね。数字にでてるし」
「……」
「何より。会社に惚れてくれてるからね、お嬢は」
「……」
「先代譲りなところがたくさんあって、俺たちも、やりやすいんだ。あのボンクラボンボンがなにかしたら許さねえよ」
その言葉にはまったく同感だとアルフォンスは内心思っていた。