ENDLESS SONG3




愛想がいいのはいいことだが、それは営業先とFANに向けて欲しいと、静は思う。
1 stシングル作成。
そのまま2nd、3rdまでのレコーディングは済み、ラジオ曲、有線への営業に奔走。
FM番組次回の番編の時に、週一で30分の枠を確保。
1stはCMソングとしての起用は決定されている。
あの、有名音楽プロデューサーの鳴り物入りのデビューなのだ。
トントン拍子にスケジュールがきまる。
FM曲で新人紹介で回る時も、好感触。その番組のDJも「カッコイイ」を連続する。
もちろん、社内でも……。

「羨ましいわあ、高遠さん、石渡さんとも仕事して、担当があーんなカッコイイ男の子でしょ? 神野君、もう、カッコイイ!」
「……なら代わりましょうか?」
新人のマネージャーに云われて、静はそう切り返した。
「今月の数字を上げるのに睡眠時間は3時間だけど? 井原さんのようにぴちぴちした肌でもあっという間に乾燥して、髪のツヤがなくなるわよ、それでもいい?」
アイドル、アーティスト志望がチョッピリ残っていそうな新人マネは一瞬押し黙る。
「えーでも、あんなカッコイイ子が一緒ならいいかも」
語尾にハートマークがつきそうなぐらい甘ったるい声でそういう。
そこへ「オハヨウゴザイマス」といいながら、ドアを開けて奏司本人が入ってくる。
「奏司、担当代わってもいいかしら? 若い子同士で頑張ってもらってもいいわよ?」
「なんのこと?」
「井原さんがキミのマネをやってみたいって」
「……それって、そういうことができるの?」
「上に相談してみましょうか?」
「静サン」
「何?」
「静サンが嫌いなタイプってオレみたいなの?」
「なんでそういうことを云うの?」
「……オレと組んでみたくは無いわけ?」
傍にいた伊原はキョトンとする。
「ねえ、高遠さん……もしかしたら、神野君って、扱いづらいの?」
「何故そう云うの? まだきちんと仕事ははじめていないけれど?」
「えー……だって、高遠さんに対して、態度大きすぎ?」
「え、まじで、オレ、嫌いなタイプなの? 駄目なの?」
きゃん、きゃんと子犬が騒ぎたてるような彼女と彼を見て、静は溜息をついた。



「キミは、私の顔色を見るよりも、自分がいかに売れるか考えた方がいい」
「……別に売れたいとは思わないよ……駅前で歌っていても良かったよ」
「石渡さんは『よりたくさんの人の前に出て歌わせてあげるよ』と云ったんでしょ? キミはそれを拒否しなかったんだから、ここにいるんでしょ?」
「売れるか売れないかも考えなきゃいけないの?」
「歌い続ける為には必要なの。そういうことも。やる気のない人間はどんなに素材が良くても私はお断りよ」

ピシャリと云いきる。
相手は子供……だからこそ、きつく云っておいた方がいい。
そう、やる気がないのはお断りだ。
FM局の挨拶で、なんだか愛想の無い親戚の子を紹介したような気分になったのだから。
この年頃の子はそういう面もあるのだろう。だけど……。
静が――――――望んでも手に入れられなかったチケットを持っているのに、使い方が判らないでゴミ箱に捨て様とする行為に等しい。
というか、普通はこの年齢で、メジャーデビューという名のプラチナチケットを手に入れればもっと天狗になってもいいはずだろう。これぐらいの年齢の少年ならば、もっと自分を出したいはずだろうに、それがないのだ。
彼みたいなタイプは……学生時分からたくさんの友人やガールフレンドに囲まれて、人気があって、自分の持つスター性みたいなものを自覚して、もっとこう生意気さとか、売れる為の意気込みが漂っていてもいいはずなのに、そういう空気がない。
そういう雰囲気がありすぎるのもなんだか鬱陶しいが、なければないで問題だ。
だが、やる気がないように見えるけれど、でも、一つだけは、はっきりしている。

彼は自分がボーカリストであることを、望んでいるし、そう在りたいと思っている。

それはその歌でわかる。
石渡由樹の楽曲提供を抜きにしても、彼の声、歌は――――静の心を打った。
数日前のレコーディングで。
スタジオで彼のが歌う姿をはじめて見て、今までの躊躇いや、彼への対応への戸惑いがなくなったのだ。
あのブースの中で、マイクの前で彼の声が。
切なく掠れるファルセットがシャウトした瞬間に……。


「じゃあ、売れるように考えるよ。オレから歌うことをとったら、何も残らないって、わかってるから」

彼は、車の窓ガラスに腕をついて、シールド越しの景色を見る。

「静さんは、どういうボーカリストが好きなの? 身近な人間の意見は参考にしたい。マネージャーなら」
「キミ自身はどうなの? 具体的な目標はないの?」
「具体的な……目標……」
「わかりやすくていいのよ。例えば、ドームクラスでFANを沸かせたいとか、自分の歌がTVでガンガン流れたら良いなとか」
「……うん……なんていうか……」
「なんていうか?」
「オレよくわかんないんだよね、『たくさんの人に聴いてもらえるよ』ってあの綺麗で何考えてんのかわかんないあの人に、誘われるままにきちゃったから」

彼の云う「あの綺麗で何考えているのかわからない人」とは石渡由樹氏のことに他ならない。
カリスマ音楽プロデューサーの吸引力恐るべし。

「なんか、自分の思っていることをズバリと云われてさ。あんまりウマすぎるから、何かへんなスカウト系かと思ったぐらいなんだよね、最初……」
「変なスカウト?」
「よくあるじゃん、『事務所に契約するために30万必要ですから〜』みたいなさ」
「ああ、アレね」
「そう、アレだと思ったよ」

静が僅かに唇を上げて微笑を洩らす。
今まで硬質な印象を崩さなかった彼女の、初めてみる微笑に、奏司はホッとする。

「で、あの人、サングラス外してオレににっこり笑うわけ……知らない人はいないじゃん……オレ達の年代で音楽やっていればさ」
「まあ……そうね」
「そっくりさんのドッキリカメラで騙されているかもとまで思った」
「あの人と同じ顔なんて、そうそうお目に掛かれないわね」
「名刺渡されても、どうしたもんかわからなくて、その日は駅前で3曲歌って家に戻ったら、翌日ピンポンってドアチャイム鳴らしてやってきた」
「……ああ……コレと決めたらスケジュール無視で即決するらしいから、あの人」

彼のマネージャーとたまに話しもするが、そういうところがあると零していた。

「おじさんとおばさんもびっくりでさ……」
「それは驚かれたでしょうね」

彼に両親はいない……。10年前に交通事故で亡くなっており、現在親戚の家に引取られている。
両親がいない、親戚の家で育った少年……。
彼の自己主張のなさは、こういう環境からも形成されたのだろうかと静は思う。

「あのさ『クルス・マリア』のボーカルって……どんな人?」

彼は話しを切り替えてきた。

「歌恋?」
「上手い?」
「ライブにいったことはないの?」
「……メジャーどころのライブって、実は行ったことない……、いつも自分がライブハウスにいるから。そこで、インディーズ所属の●●が今度メジャーのレーベルに移るよって訊くぐらいででもそれっきりでさチケットとかはオレに回ってこなかったよ。先輩とか知り合いには回っていったし……ライブはほとんどインディーズに行ってた」
「そうじゃあ、今日行く?」
「え?」
「今回のツアー、武道館3DAYSの最終日よ、キミは未成年だからを事務所に送り届けてから行こうと思っていたんだけど……」
「今年で20になるよ。でも、いいの?」
「お勉強にね」

ぱあと彼は明るい表情をする。
静からみてもクールな彼が、珍しく表情を輝かせていた。