ランチタイムに同僚の女子社員は語る




「倉橋慎司について知ってることを教えろ? 何が聞きたいのよ、モデルと付き合ってるのは本当かって? ああ、ミオミオー折原美緒子ね。付き合ってるってよりも妹かと思っちゃったわよ。同郷の幼馴染だって聞いたことあるわ。なんでそんなに詳しいのかって? 別に、大学が一緒だったのよ、はあ? 付き合ったことがあるのかって? ないわよ。うざいな。教えろって云うから、教えてやってんじゃないの、あほか。あたしはやーよ、あんな男……あ、いや、なんでもないわ。まあ頑張りなさいな。はいはい。ほんと最近の女子社員はまったく仕事じゃなくて男漁りにきてるんかな。何? 倉橋と同大学だったって知らなかった云わないのは薄情だって? 今云ったじゃない。何あんたも倉橋狙いなの? じゃあ頑張ればいいじゃん。知ってることは教えるけど……知らないことが幸せだってこともあるよ。何そんな含蓄のある言葉。何か知ってるなら吐けって? ……あたしからの情報だって云わないって約束するなら云うけど。絶対誰にも云わないでね。


 
大学4年の時だったっけ。
倉橋、やっぱその頃からモテてたわ。あのルックスだしね。で、どこへ行くにも注目の的でさ、あたしの友達も例にもれず倉橋ファンだったわけよ。
結構しつこいっていうか、奴の生活に踏み込むぐらいの行動力はある女子だったのよね。あたしはそれに付き合わされてうんざり気味だった。だからあんたが倉橋のこと追いかけるのはいいけど、あたしを巻き込むのはやめてよね。もうほんと大学の時で懲りてんだからさ。
で、まあそれだけ倉橋に食いついてた女子が、ある日、風邪ひいた倉橋のお見舞いに行くっていうのよ。それに付き合わされたんだ。
まあ適当にお見舞いのお菓子を買って、奴のマンションに行ったのね。どうやって調べたのかは知らないけれどさ、ほんと恋する女って恐ろしいわねえ、一歩間違えばストーカーじゃんよ。そう思わない? そりゃーあたしは見た目はそんな美人でもかわいくもないから、そういう目にあったことはないんだけど、見た目がいいだけで、ほいほい異性に群がられるのって本人は喜んでると思う? 倉橋がもし女だったら、それであたしの知り合いの子が男だったら、ある意味犯罪チックじゃね? とか、内心思ってた。もろんその女子には云わなかったけど。だってあんた、云ったって効果ないわよー恋は盲目って感じだったもん。
で、まあ奴のマンションに行ってドアチャイムを鳴らしたら出てきたのは『のび太くんメガネ』の男の子だった。後から聞いた話だとあたしや倉橋と同年だったんだけど、第一印象はほんと「高校生のび太君」みたいな子でさ。男の子なのに、色が白くて華奢で……儚げ? いや、よく云うとそんな感じ、あーどっちかっていったら、倉橋よりも話やすそうだった。あたし的にはね、倉橋みたいに男のフェロモンバリバリ系よりも、まだそういうの全然知りませんーって感じの方がタイプなの。まあいいやそれはおいといて。で、頼りなさそうで儚い感じの子がドアをあけてさ。物慣れているように、スリッパを出して、『どうぞ』なんて云って、うちらを倉橋の部屋へ案内するわけ。多分彼女だけじゃないんじゃない? 倉橋の部屋へ押し掛けたのは。倉橋は起きてて、ほんの少しうんざりした顔をしていた。その女の子はまさかそんな顔で迎えられるとは思わなかったんじゃない? ちょろっと動揺してた。のび太君はそんあからさまにいやがらなくてもいいじゃん的な感じで『お茶出しますね』なんてガチガチ固くなりながら云うわけ。その態度が彼女の勘に触ったらしくて、『お構いなく』って言葉に棘があってさ。それを訊いて倉橋の奴が眉間に皺寄せたんだよね。『何しに来たの?』って冷たく言い放ったのよ。あたしだったら逃げだすね。顔のキレイな男が怒る様子ってさー迫力よね、ほんのちょっとムっとされただけでも、びびっちゃうね。
で、お茶を淹れようと部屋を出ようとした男の子を呼び寄せて
『夕飯おかゆヤダ』とか云ったんだ。
『しょっぱいもん食べたい』
『喉痛いんだろ? 刺激物はダメ……熱は下がったの?』
男の子が倉橋の額に自分の手をあてて熱を測るんだけど、その仕草はあたし的にはちょっと可愛いかったんだけど、でも、その仕草を可愛いと思ってたのはあたしだけじゃなかったみたいなのよ。ああ、もちろんお見舞い女子じゃないわよ、そうよっ倉橋本人よ!
『んーわかんないや』
『これでわかる?』

って、倉橋の奴は男の子の手首をガシっと握って、自分の傍に引き寄せて、彼の顔に自分の顔を近づけたのよ!
見た目には、お前ら人前でチューでもすんのかっ!? と一瞬焦ったね。

……あ……引いてる。
だから云ったじゃないよ、こんなことあんまペラペラしゃべんないでよ。
いや、フカシじゃないし、マジでこの目で見たんだって!
えーその後? 男の子は真っ赤になってさー。慌てちゃって。
『おうどんにするから! ばかっ離せっ』
て、しっかりメニューを告げると、倉橋は真っ赤になって動揺してる、男の子をにやにやしながら見てんのよ。
うん。
いやーもーヤラシカッタわー。
らぶらぶじゃんって? うん、らぶらぶでしょ、あれは。
だから、それ見た女子はもう涙目ですよ。
ショックでしょーよ。惚れた男が実はホモだなんてさー。
信じたくなかったんでしょ?
その女子は倉橋に結構しつこく食い下がったみたいだけど、結局、振られたのよね『降矢よりも上手いメシを作れない女には興味はない』とか云われたんだって。
そうそう、だからあいついつも手弁当よ。
例の可愛い彼氏が作ってくれてんでしょ?
え?
ここ数カ月、手弁当じゃない?
あれ?
そういや最近あいつ引っ越したっけ? 
あたし総務だから転居届け見た気がするわ。
別れたのか?
……ああ、じゃ、いいんじゃない頑張れば。チャンスあるんじゃね?
あたしはホモ疑惑の男はお断りだけどね。 
どう見てもあの男の子は可愛いけどノンケっていうかそっちの気はなさそうだったもん。
いや、妄想しやすい容姿ではあったけど。
強引に迫って振られたとかだったら、あたし的にはスッキリ。
えースッキリでしょー。
あれだけ女をブイブイ云わせてる男がホモで、その本命にガチで振られてるならなんかあの男の子によくやったよと云ってやりたい。
え?
後ろ?
何後ろに何がいんのよ。



……お、おや、倉橋君ごきげんよう。
今日もハンサムで。
あたしが何? 云ってないわよ、あんたがホモだなんて云ってないわよ!
何ホモじゃないって力こめて云うのよ。
料理の上手い女となら付き合えるって?
いやあんたがホモだろーがノーマルだろーが、あたしにはカンケーないから。
え? コレ? もちろん自分で作ったわよ弁当ぐらい作らないと、家賃払えないって。
あ、ちょっと、待ちなさいよ!
ひとのランチボックス勝手に取り上げて何食ってんのよ!
ひー勘弁してええええええぇぇ、あたしのから揚げ返してえええええぇぇえ」