Delisiouc! 21




倦怠感は残るけれど、意識がだんだんとはっきりしてきたとろで、オレは小さく叫ぶ。
「あっ!」
薫さんはびっくりしたような顔で、シーツを胸のところに引っ張って小首をかしげる。
「な、何?」
「ど、ど、ど、どうしよう!」
「どうしたの?」
「どうしたのって、薫さん子供、赤ちゃんいるのに、オレ、無茶苦茶しなかった?」
薫さんはキョトンとした表情から一変して肩を震わせて笑ってる。
「な、なんで笑うの?」
「だって、あれだけさんざんやっておいて、心配するから」
そうだよ、ごめんね、だってすっげー気持ちよかったから。
ついうっかり夢中になって、我を忘れて理性も常識も吹っ飛んでた。
「心配するよ! オレ、何度も云うけど、薫さんが好きなの、大事にしたいのに、だけど今日は勢いついて無茶したから。そういうの頭になかったというか、消し飛んだというかごめんなさい。オレ、こういうの全部、初めてだし!」
一気にまくし立てると、薫さんはもっと驚いたように目を見開く。
「はい?」
「大丈夫なの? そもそも病院行ってるの?」
「ちょ、ちょ、ちょっと待て、今なんて云ったの?」
そういうと彼女はベッドから上体を起こしてオレを見て問いただす。
「大丈夫なの?って……」
「その前よ」

「うん、初めて、今のが。キスも初めてでした今日」

ボスっと彼女は枕に自分の顔を鎮める。
あれ……やばかった?
こっちはこの千載一遇のチャンスを逃すものかと思って、必死だったし。
薫さんの体調が普通の女性とは異なるという事実を、すっかりさっぱり忘れてました。
もー自分のことばっかりで反省してます。
「薫さん?」
「逆にごめんなさいです」
「なんで」
「妊婦かもしれない女とが初めてなんて、降矢君が不憫すぎる」
いや、好きな女性と初めてするのが夢だったというか希望だったというか。
だから好きっていう気持ちだけが強すぎて、そこをすっぱり忘れてたというか。
そこはオレも今になって、気がついたというか。
「そう云う意味なら別に全然構わないですよ」
「だって、いいわけ?」
「いいの。薫さんが、あの彼を忘れるために、オレと勢いでやっちゃったから『ごめんなさい』って云われた方が凹むな。オレはずっと片想いでも構わないぐらい好きだったから、たとえそういう意味での『ごめんなさい』でも受け入れるけど、こういう状況になるとやっぱりそれなりに欲は出るから」
「欲?」
「薫さんから好きになってもらえたらいいなあってこと。だからそんな彼のことじゃなくオレのことを少しでも想ってくれたら、オレはそれで幸せなんだ」
「……バカだ」
「うん」
「いっておくけど、気持ちがなければ、こういう行為は許さないものなの」
「……ほんと?」
彼女はコクンと頷く。
「えーと、えーと、じゃあそのー云って貰ってもいいの?」
「何を」
「オレのこと好き?」
彼女は枕からすこし顔をずらしてオレを見る。
「ほんとごめん、そういうことを最初に言うべきでした」
「じゃあ云ってみて」
わー云われてみたい。けど。彼女はまた枕に顔をうずめてむぐむぐ云う。
もー仕方ないなー照れ屋さんすぎでしょ。
セックスは許しても言葉にする方が照れちゃうのか。
いつか言ってよ絶対に。
「それはそうと、さっきの話題に戻るけど病院行ってないの?」
「時間もなくて、妊娠判定試薬は買ったんだけど、それもまだ使ってない」
「なんで?」
「忙しくて……仕事に集中したかったというか」
「罪悪感で?」
伏せていた顔をあげてオレを見る。
「……降矢君は聡いね」
「だって、以前云ってたから。オレが薫さんの立場なら、後悔もするだろうし……友人に対しては後ろめたいというか……」
「……うん」
「ちゃんと病院行かないと駄目だよ。オレ、付き添うよ」
「え?」
「だって、今さっき、ナマでしちゃったし」
だってコンドームどこに常備されてるかわかんなかったし。
ほんとにベッドサイドにあるんんだってのはコトが終わったあと発見したんだよね。
「責任とります」
「せ、責任って……」

「結婚してください」

数秒間の沈黙ののち、彼女は慌てて手を振る。
「まっ、待って早まらない、結婚は一生の問題! いくら勢いでナマでやっちゃったからって、結婚はないでしょ」
「なんで?」
「だって、だって、年は上すぎるし」
「5歳ぐらいはぜんぜん、オレは頼りないのわかってるから、人生一緒にやっていくなら相手は年上の方がいい」
「そ、そ、それに、その、妊娠してるかもしれないし……その……」
「だからお父さんになるよ、オレ。結婚するのはそういうことだから」
「だって、降矢君……そんなの……降矢君の子じゃないよ。それなのに……」
「うん。それでもいいんだ。好きな人と一緒にいられるなら。それにほら、今やっちゃったから、今日のコレでできた子だって思えば全然問題ないし」
「……」
「駄目?」
「ほんとバカ……」
「うん」
「バカすぎる……」
「うん、バカでいいから。返事頂戴?」
「駄目! 絶対駄目!」
「なんで? 嫌いだから? 一生やってくには頼りになれないから?」
「違うよ、だけど、そんなの降矢君が、損というか貧乏くじ引いたみたいな……」
「価値観の違いです。薫さん」
「だって」
まだだってを繰り返そうとする彼女の唇にキスをした。
「こういう考えもあり、オレの初めてを全部持ってったンだから。薫さん、責任とってくれない?」
薫さんはまた目を見開いて固まった。
こっちの言い方のほうがアレか、彼女的には効果ありなんだ。
そうだよな。年齢を気にしてるし、仕事も役職だし、責任感を刺激する発言だよな。
でも責任感とかじゃなくて、気持ちを訊きたいんだけどな。
オレのことを嫌いじゃないよね? 
嫌いだからそういう断り方をしてるわけじゃないと思いたい。
「降矢君て……」
「何?」
「おっかないんだね」
何故!?
「そういう切り替えしをしてくるの」
だって、手に入れたいから必死なんだもん。
「なんだか、そう云う部分は操縦されそうな気がするな」
「?」
「例えば、仕事辞めて、専業主婦したいっていったらどうするの?」
「いいよ、でも、薫さんは知ってると思うけど、多分オレ、薫さんより給料は安いよ。やりくりしてくれる? タバコもギャンブルもやらないし。酒は時々だけど料理が仕事だから。そこはちょっとはあるかもだけど、大量には飲まないし、だから、上手くやりくりしてくれるなら、専業主婦してください」
「じゃ、逆に仕事したいって言ったら?」
「いいよ、仕事したいなら。子供は二人でちゃんと育てればいいよ、預けられるところには預ける。育てるにはお金がいるから子供のためにもお互い頑張って働くのもいい」
「な、なんで、そういうの? なんで私の云うように、どちらも結論をYESっていうの?」
慌てて、焦ったようにオレに問いただす。
もう、なんで大人なのに、そういうところがあるんだろう。この人。
そういうところも惹かれる理由なんだけどな。

「薫さんがいつも元気でニコニコしてて……毎日そういうの傍で見ていられるならオレはそれで幸せなんだ」

「何それ〜、何よもう、すごい! ずるい! 信じられない!」
シーツを握り締めて子供みたいにそう呟く。
「なんで降矢君そういうこと云えるのよ。自分で自分のこと頼りないっていうのに、自覚してるかと思えば、そういうこと云ってほしいことなんでサラっと云うの?」
「なんでって……」
「降矢君は口先だけじゃないから、ちゃんと努力する人なのはわかってるから! だからその、気になってずっと見てたし、こういうことも許すぐらいには……気持ちは……あるから余計に……」
彼女はオレの顔を両手で包む。
「好き……」
彼女がそういってくれた。
凄く嬉しくて泣き出しそうになる。
「もう一回云って」
彼女の方が泣きながら大好きって云ってくれた。
もう夢中で抱きしめて、二人で涙にじませながら、大好きだよって何度も繰り返した。

ずっとずっと大好き。

長い長い片想いをしててよかった。
この長い片想いは、幸せだった。
この先、どんなことがあっても、この日のことを一生忘れない……。
彼女をタクシーで送り届けて、明日、仕事が終わったら病院行こうねって、そう約束してその日は別れた。

だけど翌日、彼女は会社には来なかった。