Delisiouc! 19




「よくやったよ、あんた、ウチにこない?」
オレの作ったまかない飯を食べつつ、料理長の山辺さんがオレの背中を叩いてそういってくれた。
怒濤のランチタイムが終わって、クローズをかけたところだ。
「あんたぐらいの腕なら店もてるでしょ」
オレは返答に困る。
「いや、まだまだですから、ウチのスタッフと話もあるんでちょっと確認してきます」
「おう、ありがとなー」



事務所の方にいくと、和田と課長が店舗マネージャーと話し合ってた。
オレがドアノックすると、招きいれてくれた。
「今、マネージャーがディナーの方の調理スタッフを手配できたところだ」
「じゃ、どうします? オレ戻ります?」
「あの気難しい山辺さんが気に入ってるんだよねー」
オレのことをか?
和田に視線を向けると、和田は頷く。
「オレとは全然口もきいてくれねーもん」
へー。
確かにちょっとこわもてだけど。オレにはけっこうフレンドリーな気がする。
まあオレも仕事は黙々とするからよく、ホールスタッフからは愛想ねーと云われるけれど。
「で、あとは、和田君に別の仕事をしてもらうことで、ここは離れてもらって、私と降矢君で時間までやろうかと、厨房と掛け持ちしてもらうことになるけれど、いいかしら?

「大丈夫です」
オレより心配なのは、課長だ。
やっぱり今日も顔色悪い。
和田は全然気がついてない。そうさせないように課長も気を配ってるんだろうけれど。
指示通りに和田はここを離れて別の店舗へ、そして会社に戻るだろう。
オレにもっと力があれば、ここを一人でやって、課長には会社い戻ってもらうのもありだろうけど……。本当に未熟者だ。
マネージャーは携帯に入ってきた電話に出るため、一旦、この室内をでていく。
すると室内は静かになった。

「大丈夫ですか……」

オレは課長にそう声をかける。

「え?」
「顔色、悪いし……、気持ち悪くないですか?」
「うん……ありがとう、だいぶ、仕事に集中してるから……」
「先日はすみません……」
「なんで? こちこそご馳走になったのに、悪かったわ……ヘンな話で終わっちゃって」
オレは首を横に振る。
そんなこと気にしないで、オレがもっとメンタルで強ければ、課長の力になれたのに。

「仕事でも頼ってるし。オレは駄目ですよね、課長を助けたいのに、なんだかそうカッコよくはないしね」
「そんなことない」
「……」
「今日は、本当に助かったわ」
「頼れました?」
「うん」

……なんか、コドモみたいに「うん」って頷く課長が可愛い……。
本当は本質とか素の彼女はこうなんだよね。
仕事中は強いイメージがあるけれど。
でも、先日、課長が帰ったあと思ったんだ。
オレとか、あの人―――――みたいな男がいるから不器用な深澤さんみたいな女性は、弱みとか見せることできなくて甘えられなくて、肩肘張っては強くならなくちゃって、頑張るしかなかったんだよね。

「深澤さん」

課長は驚いて、オレを見る。そりゃそーだ。ずっと役職で呼んでたのにいきなり苗字で呼ばれれば驚くよね。

「困ったら、頼ってください。オレでは頼れないとか思われるかもしれないけれど、全力で深澤さんを守ります」

あなたは、一人の身体じゃない。
前の恋の結果を宿してて、それを知ってオレの出る幕ないからって、最後までカッコつけられなくて、大泣きしちゃうような男なんて、とてもじゃないけれど、頼れないだろう。オレが女子だったらそう思う。
でも、未練がましくみっともなく大泣きしたってそこで諦めきれる恋じゃないんだから
カッコ悪くても、想い続けさせてよ。

「何云ってんの」

云われると思った。

「頼ってください、オレは泣き虫だしヘタレだし、かっこ悪い男だけど、でも、深澤さんのことが大好きだって気持ちはやっぱり変わらない」

オレがそういうと、彼女はうつむく。
うつむいて、小さな声で呟く。

「……キミがそんなことを云うほどの……人間じゃない」
「……」
「私は……すごくみっともない人間です」
「じゃ、オレと釣り合いとれますね」
「とれないわ。降矢君みたいに……純粋じゃないもの。自分勝手だし臆病だし、そういうのを見せたくないから見栄を張ってるだけで……今だって、本当は」

深澤さんの声が涙声になる。

「そんなに価値のある女じゃない」

綺麗な指先で、眼鏡の奥の瞼を押さえる。

「オレにはすごく価値のある女性です」

深澤さんは小さく何度も首を横に振る。
泣き出しそうになるのをこらえているのがわかる。
泣いてもいいよ。
オレがもっと頼れる男であれば、泣かさないようにできるかもしれない。
実際オレはそんなにいい男、デキた男じゃない。
腕を伸ばして、深澤さんを抱きしめる。

「大事なんです」

腕の中にいる彼女は、小さくて頼りなくて、いつもの彼女じゃないような気がした。

「オレでよければ、傍にいていいですよね」
「だめ」
「じゃあ、今、力いっぱい振りほどいて。オレを嫌いだって、顔も見たくないって、そう云って」

あーもー。
オレかなり博打うってない?
ここで彼女が「頼れない」「顔もみたくない」「大嫌い」って云ってきたらどうする?
オレの腕を振り払って、いつものクールフェイスで、オレのことを、あしらったら?
その不安をたっぷり一分味わった。
一分過ぎても、リアクションはなかった。
そんな不安を吹き飛ばすように、彼女はオレの腕の中でおとなしかった。
振りほどく仕草もしないで、ただ泣いていた。

「バカじゃないの……キミは……」
まあ、バカというか、ヘタレというか……。
「あんまりいい男の部類じゃないのは、認めます」
「女を見る目もなさすぎ……」
んー、それはどうかなー。
「こんなしょうもない女が好きだなんて、バカすぎ」
「そうかなあ……」
「……」
「だって、オレ、好きなだけで、想われてないから」
「……想ってるなんて。云えないじゃない……」
「?」
「年上だし、不倫してたし、その関係は清算したのに赤ちゃんができちゃうし、内心オタオタしてるのに、降矢君は優しいことばかりだし、頼りたくなるし、もう……」

泣きじゃくりながら、コドモみたいに、そんなことを云う。
ちょっとまってよ、じゃあ、オレはもう少し、付け上がっていいわけ?
オレは彼女の額に、自分の唇を押し付ける。
デコチューなんてしたら、嫌われるかな?
全然いやな素振りはないから、じゃあいいわけ?
オレは全力で、あなたを幸せにしたいけれど、あなたが嫌なら、今、断って。
彼女の唇にキスをする。
ほんの少し触れるだけのキス。
やばい……かわいい、ちょっと、この人……。
ほんの少しのキスのつもりなのに、抵抗しないならもう少し、いいよね。
もう一度、また、チョコンと触れるだけのキスをする。
唇を離すと、長いまつげが白い頬に影を落としている。
キレイだなあ。
もっとよく見たくて、彼女の眼鏡をはずした。
その瞼に、キスをする。
ごめん、だめだ、こんな至近距離で、瞼にキスだけで終わらないかも。
もう一度、唇に唇を重ねる。
唇の感触も吐息も、全部、甘く感じるのは、気のせいじゃないよね。