Delisiouc! 10




日曜の都心はどーしてこう人間が溢れるやら。
有名な眼鏡チェーン店に足を踏み入れると、家族やカップル、友人同士での来客が結構いた。
ここはオレや倉橋の職場からも近いから、眼鏡を直したりやコンタクトを買い足す時、会社帰りなら立ち寄りやすいだろうと、倉橋が言い、彼に案内された。
オレなんか家に近くでもいいじゃないかと思うけれど、そういう気遣いはすごいよな。
自分は目が良いのにさ。
こいつの、こういう気遣いのところが、女子にモテル秘訣なんだろうか。

「コンタクト気に入ったからいいよ」
オレが美緒子ちゃんにいうと、美緒子ちゃんは、いろんなフレームの見本をオレにかけて唸っている。
「だって誠ちゃん自分で払っちゃうんだもん! お礼だって云ったのに! まあ使い捨てコンタクトは形に残らないからプレゼントにならないっていうのもあるしい。だから眼鏡、コンタクトしてても、眼鏡はあった方がいいよ。ないと不便でしょ? だいたいフルリムのボストンタイプなんて、顔と合ってないよ。ほんとのび太君みたいだもん。どう? 慎司」
美緒子ちゃんはオレに眼鏡をかけさせて倉橋に訊く。
「でも降矢は、ハーフリムとか好みじゃないんだよな。フルリムでもスクエアとかラウンドの小さい形が遊びゴコロがっていいんじゃね? 素材はいっそプラスチックで」
フルリム、ハーフリムっていうのは、眼鏡かけてない人はあんまりきかないかもしれない。
フルリムっていうのはレンズの全体を枠で囲っているタイプのこと。
最近ハーフリムっていうのはレンズの上半分を枠で囲っているタイプのことをいう。最近はアンダーリムっていって、レンズの下半分を枠で囲っているタイプもあるんだけど、倉橋の言うようにどうも奇抜すぎて好きじゃない。
「で、美緒子的にはこっちが好きなんだろ、かけてみろよ、降矢」
倉橋から、オーバル方のツーポイント(縁無し)を薦められた。
「そうそうこれこれ。誠ちゃん、顔ちっさいから、コレ似合う。でも、慎司がさっきいったこのスクエアのフルリムもかーわーいーい」
レンズは小さめ作りだけれど、フレームの黒いプラスチックはしっかりとしている。
「最近のプラスチック素材はいいからな、なんたって軽いし。オフィス勤めのサラリーマンなら薦めないが、降矢は現場にだって行くだろうし。プライベートならこっちでもいいだろ」
「うんうん」
お洒落人間2人組がなんか云ってる。
「コレにする。慎司を連れてきて正解。すみませーん」
スクエアのフルリムを手にした。
美緒子ちゃんが、手を挙げると、若い男性社員が嬉々として歩み寄る。
「さっき、この人が作ったコンタクトレンズと同様に、こっちで眼鏡を作りたいんですけれど」
「はい」
うやうやしく美緒子ちゃんからフレームを受け取り、オレを一瞬チラリとみる。
ああ、なんか誤解されてね? こんな可愛い子とはどんな関係だとか思ってる?
一瞬の視線でも読み取れちゃうよな、そういう雰囲気って。
「すっげえ、目で見てたなー。今の店員。顔にでちゃ接客業としては、まずくね?」
倉橋が云う。
「ま、わかるけどね、オレと美緒子ちゃんの組み合わせ似合わないから」
「じゃあ、誰となら似合うわけだ? 課長か?」
いうなよ、そんなこと考えてみたことも無い。
でも、オレは課長が好きだから。
美緒子ちゃんと横に立って歩くよりも、課長と一緒にいるほうが緊張するかもな。
「倉橋は、彼女がいる時は、こうやって付き合ってやったりするだろ?」
今はフリーらしいけれど。
「それって、楽しい?」
「……」
「何?」
「いや、すっげーシンプルなのに、深い質問しやがったなと」
「オレ、あんまり、似合わないと思うんだよ、オレ自身が女性と一緒にいる場面って。緊張するし、相手に迷惑かなって。グループでいるならいいけどさ」
「似合う、似合わないってあるわけないだろ、お前の気持ちだろ」
「うん。で、オレさ、この間の飲み会で乙女系って言われて、笑われたんだけど、でも、いいかなって」
「何が」
「課長が笑ってくれるなら、道化でもいいかって」
瞬間、倉橋がオレを抱きすくめる。
「おい!」
「あ!」
美緒子ちゃんが、オレと倉橋を引き離す。
「何してんの慎司、あんた、油断もスキもない! あんた連れてきて不正解! 前言撤回!!」
「いやーもー、俺は美緒子が降矢にドップリ惚れるのわかった今!」
「何!?」
「何よ!」
「くぁわいいよ、コイツ! ダメだ。俺はホモじゃないど、コイツとなら、やれそうだ!」
ギャー! 店内で何をおっしゃるの!? やるって、何!?
倉橋、女食い厭きたからって、何故男!? そして何故オレ――――!?
美緒子ちゃんが、えいえいと倉橋の腕を離す。
「そんなの今頃、気がつかないでよ!」
「うるさい、前から気付いてたって、目の前でこんな健気な、もう泣ける。おめーが、降矢に自信つけようとした理由わかったわ」
「そーか、そーか、じゃあお放し! いい、誠ちゃん、このあと、誠ちゃん美容院行って、服を見にいった後は、ホームセンターよ! 誠ちゃんの部屋、鍵つけないと、今夜、慎司に襲われる」
あのさ……ここ、日曜日昼下がりの眼鏡屋です。お客さんたくさんです。
注目されているんですがっ!!
オレはもう黙った方がいいなと思って、黙った。
イケメンと美女が、こんなちんちくりんを取り合うさまは、どー見たって、見世物以外の何物でもない。



「アー楽しかった。おなか空いた」
なんか、オレ、頭の先から爪の先まで、この2人にカスタマイズされたような気がする。
街中のビルのショーウィンドウを見る度にそう思う。
よく少女漫画であるじゃないか、暗くてダサい三つ編みお下げの眼鏡ッ子が、眼鏡を取ると、美人でしたという、あのお約束。
それって、男でもありなわけだ。見た目だけは、なんか昨日と違う気がする。
痩せて気弱でダサい、私服だと童顔がさらに際立つと思っていたのに。
華奢で、ちょっと大人びた少年系に見えないこともない。
髪型か? 服か? 眼鏡じゃなくてコンタクトにしたからか?
「慎司、今日は?」
食事のことを尋ねているのは、オレにもわかった。
「イタリアン」
「昨日は和食だったもんね」
「……良く太らないな、2人共。食べるのに」
オレがあきれたように呟くと、ショーウィンドーの服をへばりついて見ていた美緒子ちゃんが振りかえる。
「誠ちゃんだってそうじゃん。華奢じゃん」
「仕事柄、肉ついててもおかしかないよな」
「……そう、オレの場合、もっとガッチムチしてた方が、あれだよな、職業的にイメージだよな。取引先とかにも舐められないし」
「想像できなーい」
ひらりと彼女はショーウィンドーから離れて、歩き出した。

倉橋が予約したイタリア料理店は、休日ながらも、客が結構入ってる。
実際には金曜夜あたりにカップルが食べに来てもいい、むしろ、ターゲットはそっちな雰囲気がある。
ただ、あれだ、テーブル席のスペース、もう少し空けた方がいいかもしれない。
「あ、誠ちゃん、仕事モード」
「?」
「こういう所で誠ちゃんは目線の配り方が、違うのよね」
「俺がジャッジされている気がする」
倉橋が胸に手を当てて呟く。
「あ、あーごめん。つい。コース頼んだんでしょ?」
「そう」
前菜が本日のシーフードサラダ、パスタはシェフの本日のオススメでカプレーゼ(モッチアレラチーズとトマトのパスタ)メインは魚と肉料理が選べるけれど、昨日は魚だったから牛ホホ肉の赤ワイン煮込み。で、ドルチェ。
値段も妥当。あとは味だな。
ウェイターがワインをグラスに注ぎ入れようとする。倉橋がオレの方にってウェイターに云った。
「え? オレがテイスティング?」
「そーそー」
料理と比べて酒はそんなに味はわからないんだよなー。
グラスを回して香りと色を確かめる。一口口に含む。うん、赤だけどまだ熟成されてない感じでも、フレッシュな感じだ。
オレが頷くと2人のグラスにワインが注がれた。
「じゃ、カンパーイ」
美緒子ちゃんが陽気に乾杯の音頭を取る。
オレよりも、この2人の方が飲むからな。

前菜が運ばれてくるまでグラスの赤ワインを見つめていると、オレ達のテーブルの近くに、新たな客が案内される。
カップルだなと思って何気なくその2人を見て、オレは息が止まりそうになった。
カップル客の女性の方が―――――……。

……課長だった……。