Delisiouc! 1




ごめん、倉橋。今日の晩飯はさぞ不味かろう。
砂糖と塩を間違えるなんて、少女漫画に出てくるドジッ子並のベタなミスを、この晩飯でおかしてしまった。
オレの料理を一口食った目の前のいる倉橋は、眉間に皺を寄せる。
羨ましいことに、そんな顔ですらカッコイイ。
ああ、オレに、倉橋のカッコ良さがほんの少しでもあれば、もう少し自分に自信がついたかもしれない。
「降矢、どうした?」
「ごめん、倉橋……」
出前のメニューを倉橋に渡す。
「今日、オレ、だめだ」
「お、おう……、ピザでいいから」
「うん、ごめん」
「何があったんだよ」

オレの脳裏に、あの人の影が浮かぶ。
胸が潰れそうなほど、泣き出しそうなほど切なくなる。
コレだという人に、出会ったんだ。
彼女にあって、あの会社ですれ違うことなんてほんの少しだけだけど、それでも一目、会えたらその日は1日中、幸せ気分だったのに。
なのに、今日は……。

オレ――――降矢誠25歳。会社員。
現在、木曜、夜8時。
肘をテーブルにたてて両手の掌に顔を埋める。
倉橋がピザ屋に連絡をとろうとした瞬間、リビングダイニングのドアをバンと開けて乱入してきたのは、このマンションの501号室に居住している折原美緒子ちゃんだ。
「まーこーとーちゃーん。ごーはーんーは!?」
折原さん「こんばんは」ではなく、「ごはんは」と叫ぶのは、キミの外見に相応しくないっす。
「美緒、今日はダメだ、降矢のメシ食えたもんじゃねーぞ」
行儀悪く、彼女は手掴みでテーブルにある今晩のおかずを摘んだ。
オレの指の隙間、涙に滲んだ視界に、綺麗にネイルされた爪とオレのメシと白い皿のコントラストが映えた。
「しょっぱ辛過ぎ!」
うん、しょっぱいだろう。味見しなかったオレが悪い。
軌道修正不可のところまで塩をいれすぎちまった。
「美緒、メシはピザにするが、お前も食べるか?」
「食べる、お財布もってきてる、あとで精算しよ」
お財布を自分の胸の所で持ち上げて、小首を傾げて、えへっと笑う折原さんは、ほんと、モデルさんスマイルがよく似合うよ。
オレが高校生ぐらいなら、折原さんタイプにときめいたかもしれないが――――……。

「振られる前に終った……」

オレがそう呟く。
オレが高校生で折原さんに告っても……なんて仮定じゃないよ。
本日起きたことなんです。
オレの呟きに折原さんが料理を押し退けて、オレの横に座る。

「は? なにナニ何!? 恋バナ!? 誠ちゃん、好きな人いたの?」

いた。
てゆーか、決定打を彼女の口から訊いたのに、まだ好き。
ヤバイ。

「なによ〜、もう、もっと前からゆってよ〜そういうことは。あたしがアドバイスしてあげたのにっ!」
バンバンとオレの肩を叩く。
「それは、それで不安だ」
倉橋がピザの注文を終えて、目の前の料理をキッチンに戻しはじめる。
ああ、今日の食材ごめんなさい、そして倉橋、すまん……。
冷蔵庫から缶ビールを取り出して、オレと折原さんの前に置く。
「で、何があったわけ?」

「……見合いする……」

オレがそう洩らすと、折原さんはテーブルに身を乗り出す。
「それって、誠ちゃんじゃないわよね!?」
当たり前だ! ばかやろう!
こんな、年齢=彼女いない歴=童貞が見合いしてどうすんだよ! 
て、内心突っ込んでみたけれど、だからこそ、逆にそういう話がオレにあっても……。
いや、脱線した。そうじゃない。
「よかったわねえ、慎司、ここで誠ちゃんが見合いしたら、アンタと誠ちゃんの学生時代から続く甘い同棲生活も終ってしまったに違いないわ。慎司が餓死するのが目に見える〜」
「甘い同棲とか云うな。誤解される! 同居、シェアリング」
倉橋が反論する。
「えーだって大学時代からでしょ?」
「……あのさ、美緒、この同居はお互い合意の上なの」
「ハッ、だいたい男同士で7年同居ってどういうことなの? まあ、学生時代は金がないからわかるけれどさ、その後3年も一緒って、どうなのよ」
「俺は確かにモテる。その気になれば、料理の美味い女と付き合えるかもしれない。てか、ぶっちゃけ付き合ったこともあるが、その彼女が作った飯を、俺の舌と胃が受けつけなかったんだよ」
「それって、結局、不味いご飯しか作れない女の子としか付き合ってないんじゃん。慎司は誠ちゃんが女だったら絶対結婚してるでしょ? てか男でも実は半分本気? あーやーすいぃー」
折原さん、その見解は腐女子フィルター入ってる。
倉橋は女好き。

そして、オレは……オレは、あの人が好き。

だからオレ等は全然そうじゃないっすよ。
「誠ちゃんみたいに、お料理作ってくれるならー、問題ないでしょ? 味とか贅沢云ってんじゃないよ。だいたい、慎司が誠ちゃんのお料理を5年も1人占めしてたなんて思うと、あたしもう、悔しくって悔しくって」
「なんだ、嫉妬か。おい降矢、失恋しても、この女で良ければヤらしてくれる可能性あるぞ」
倉橋、爽やかなイケメンがそんなこと云ったら世間のお嬢さん方が、嘆くぞ。
そりゃ確かに折原さんはキレカワイイ系です、それでもってオレは童貞ですが、やりたいってわけじゃない。あ、いや、そりゃたまにはそういう衝動にかられることもあるけれど。
折原さんは綺麗なんだけど綺麗すぎて性欲が湧かない。
てか彼女が願い下げだろう、こんな男は。
とか思っていたら、トンでもない発言を折原さんはする。
「うーん、誠ちゃんは、引っ込み思案でおとなしすぎるから、男としては、ちょっと魅力ないけど、まあ一生あたしにご飯つくってくれるなら別に、いいかも? ヤってみようか誠ちゃん、ある意味自信がついちゃうかもよ?」
「一生飯作れって、プロポーズじゃねーの。ドサクサに紛れてなに口説いてんだよ! てか、お前、男いるんじゃねーのか!?」
「えー、別れた〜? 慎司みたいに飯を作れて云ったから作ったのに、それ以来音信不通〜」
「ちょ、ちょっとまて、そいつ、お前のメシを食ったのか? もしかして……それ殺人じゃねーの?」
倉橋の言葉はひどいけれど、まんざら否定できないオレがいる。
そうか、彼氏、折原さんのご飯食べたんだ……なんて勇者なんだ……。
「ひどーい、いくらなんでもあたし、そんなご飯作らないわよー」
「てか、お前の作るメシはメシじゃねえ、毒だ毒!」
うん……味も香りもすごいっすよ。
倉橋の作るカレーとかシチューも、折原さんの料理に匹敵するパワーがあるけれどな。
ああ、いや、そうじゃない、そうじゃなくて。
オレはゆっくりと顔を上げる。
テーブルに置いていた眼鏡をかけると、キレカワイイ系の折原さんと、イケメンの倉橋の顔が良く見える、
ほんの少しでいい。
この2人の持つ、色気というか華やかさというか、そういう部分がオレにあったら……と思う。
「で、どうしたの?」

「だから、見合いするんだよ、好きな人が」

彼女が。
そりゃ今まで独身だったのはラッキーなのにさ、恋人がいるんじゃないかと思っていたから、声もかけなかったんだけどさ。
こんなことになるなら、声をかければよかった。
ダメもとで。
今だって、人形のような彼女の顔がほんの少し崩れて、笑う表情を思い出すと、オレの胸が締めつけられる。

エントランスのドアチャイムが、ピンポーンと鳴った。
倉橋が出たインターフォン越しに「ピザ屋です」と声が聞こえた。