13話 ポケットでギュ




そして放課後。
例の三人組が家庭科室に来た。
真咲は一触即発の雰囲気を避けるべく、例の三人と、距離をとっていた。
しかし、三人組にしてみればココはまったくのアウェイなのに、よく来る気になったなと真咲は思う。

――――飯野君とのデート権があっても、あたしならNOだわ。

「あ、今日も桃菜ちゃん来るかな?」
愛衣ちゃんはミシンを止めて顔を上げて、ガンちゃんに尋ねる。
「うん、連れてくるって崇行云ってたよ」
「ほんと?」
「どうしたの?」
「やっぱりモデルがいると合わせやすいの。小道具のブーツとか靴のカバーとか」
「靴か……」
「だってほら、コレここ、ブーツとかサテンのハギレで作ってたりするの」
愛衣ちゃんがパラパラっと幼稚園から借りてきた写真を見せる。
「上履きをカバーするシューズカバーは形作ってゴム通せばいいのはわかるけどさ、ショートブーツはどうすんの? サテン生地じゃピンって立たないじゃん」
友里が呟く。
「サテン生地の裏に中に接着芯を当てれば立つんだよ」
アイロンの熱でくっつけるんだよと、愛衣ちゃんは云う。
「けどさーどうしてサテン生地なのさー安いけどさー」
美紀がいうと太田さんが手を挙げて云う。
「あーそれはねー、きらきらプラネット大ホールって、きちんとしたステージだからー、スポットライトがあたるわけよー、するとこのサテンのキラキラ生地が映えるんだってー」
「へー」
「そうなんだー」

真咲はアルバムを取り囲む皆から視線を離して、例の三人組に視線を移す。
案の定、手持ち無沙汰な状態で、髪を弄ったり爪を弄ったりしてる。
真咲は白とピンクと黄色のサテンのハギレを持って、三人組の前に立つ。

「暇ならこれやってよ」

こっちは猫の手も借りたいのよ。
そんなに指をちょろちょろ動かして髪やら爪やら弄ってるなら、これぐらいやってほしいもんだと、真咲は思う。
三人組は真咲の渡したハギレを見る。

「ナニすんのよ」
「花を作るの。美紀ー友里ー」
「なになに?」
「あんたたちビーズ持ってるでしょ?」
「持ってるよ」
「粒のでかいヤツ用意して、色は白」
「どうすんの?」
三人組のほかに、美紀と友里が真咲の傍に寄ってくる。
真咲は小さな長方形のピンクのハギレにギャザーを寄せて、くるっと丸める。美紀が渡してくれたビーズを中央に通せば、小さな花の形になった。

「おお!」
「かわいー」
「これを妖精のワンピの裾にくっつけていく」
「真咲すごーい、愛衣ちゃん直伝?」
「それもあるけど、本で見たのよ」
「へー」
「頼んだよ」
「あたしもやるわコレ」
「あともういっちょ。縦に巻くとつぼみの薔薇になる。これもよろしく」

光一は意外にも起用でカエルのつなぎを、ダダダダっとミシンで縫いつけている。しかも手早い。
真咲もモグラのつなぎで戸惑ってる子の手伝いをしたりしていた。

「真咲ちゃん、もしかして、お花作ってくれてる?」
「美紀たちがやってくれてる」
「姫ドレスにもお花、同じようにつけるから、二着分、追加でお願いしてもらっていい? えーとね、ピンクの花だけをくるっと一周させたいの」
「依頼済みだよ」
「さすが真咲ちゃん」
愛衣ちゃんは大きなテーブルの上に白いサテン生地を広げ、チャコペンで記しをつけている。
見本を作ったヤツはみんながそれを回して目で見て、なんとなく形になってきているけれど、見本を作っていた分、遅れたドレスの型どりに、ようやく愛衣ちゃんが着手している。

 

「こんにちはー」
ガラガラっとドアを引いて現れたのは、桃菜ちゃんだった。
「あー桃菜ちゃんだー」
「こんにちはー」
橘先生もいる。
「今日は翔太君も一緒なんだー」
健太君と一緒にいるのは、あのボイコットの先導した母親を持つ翔太君だ。
先生と、その後ろにいるのは翔太君のお母さんもいる。
先生と飯野君と一緒にココへ陣中見舞いにきたということは、和解したんだろうなと真咲は思う。
まあ、このドタバタな状況で、一つぐらいはいい事があるのは、ほっとするなと思いながら、真咲はねずみエプロンを縫い始めた。

が、差し入れのお茶で休憩してた時、一難去ってまた一難という言葉が真咲の脳裏をよぎった。

「姫のヘアアクセがティアラじゃなくて、カチューシャなのはどういうことよ?」

 

問題の2組の女子の斉藤が言い出した。

「おかしくない?」
「ドレスと併せるんだからおかしくない」
真咲が言い切る。
「姫なのに地味じゃん! 白いカチューシャだけってのは」
「ドレスにつける薔薇をカチューシャにもつける! もっと時間があれば、友里と美紀にビーズで作らせたよっ!」
美紀と友里は衣装の縫製中に「ティアラ、作りたいね〜」と云っていた。
「何かいい案でも?」
「百均で探さなかったの? 子供用おもちゃとか、デコレーションの凝ってるヘアアクセとかあるでしょ? 見たの?」
百均とは百円ショップのことだ。
確かにそこまでは見てない。
真咲は即答する。
「見てない! 時間なかった! 今ようやく袖つき系……着ぐるみ系の型が出来るところまでもってきてんのよ!」
幼稚園の先生と、お母さん2人がハラハラしながら真咲と斉藤を見てる。
「あたしが行って来る」
「待ちなさいよ!」
「さぼりゃしないわよ!」
「当たり前よ! 行く前に、他に必要なものがあるか確認するのよ!」
どのみち追加の買出しはあるだろうと、愛衣ちゃんは云っていた。
ガンちゃんが、真咲と斉藤の前に進み出る。
「真咲ちゃんの意見、ありだよね、よっしゃ買い物いってくる、みんな必要なものをいって」
「ポテトチップス〜」
「あたしポッキー」
友里と美紀の発言に真咲が一喝する。
「それ違う!」
「ちょっとした冗談なのに〜」
「真咲ちゃん煮干食べてよ〜カルシウムがたりないじょ」
美紀と友里に云われてしまい、斉藤もその様子を鼻で笑っていた。
ガンちゃんはそんな真咲の肩をポンポンと叩く。
「真咲ちゃん、メモって」
ガンちゃんに云われて、真咲はむかっ腹を堪えて、メモをとる。
「モール、あればいいなー」
「モール?」
「モグラの衿に巻くの。バイアステープないからそれでごまかそうと思うの。茶色か黒かなければ黄色いっそ金でもいいよ」
真咲はメモをとる。
「ボンド、あと例の透明マニキュアとー赤のフェルト、姫のヘアアクセね」
「書いた?」
ガンちゃんに云われて、真咲は頷く。
「じゃ、オレと真咲ちゃんと斉藤さんとで買出しに行ってくるね」
「ガン、オレの携帯持ってけ、こっちでまた必要なモノがでたら、その場で買い足してもらう方がいい」
「OK。先生、あと崇行と、お母さんたちは、明日よろしくお願いします」
「はい、よろしくね」
先生は頷く。

――――明日? お遊戯会は明後日じゃないの?

真咲はガンちゃんと飯野君を見つめる。
その視線に気づいたガンちゃんはヘラっと笑う。
その笑いでごまかしているのがミエミエだ。
まだ何を企んでいるんだろうと思う。
まったくもってストレスが溜まる。結局、問いたださずに正面玄関へ真咲は歩き出した。



もう日が傾きかけて、オレンジ色に染まっていて、荒川土手沿いを歩くと、川から吹きさらされる風の冷たさが身にしみる。

「さーみー」
「……」
斉藤は黙っていたがやっぱり寒いらしい、ガチガチ歯を鳴らしている。
「やっぱ寒いね」
そういうガンちゃんは全然寒そうには見えない。
「斉藤さん。ほら」
ガンちゃんがポケットから携帯カイロを取り出して、斉藤さんに渡す。
「オレ、もう一つ持ってるから。それ使って」
「……あ、ありがとう」
斉藤は寒さに勝てなかったようで意地を張らずにガンちゃんが投げてよこした携帯カイロをポケットにしまう。

――――あたしにはないのか!? あたしには!!

もう川風の冷たさをよりも、憤りが勝ると思って放置されたのかと真咲は思った。
が、ガンちゃんは、真咲の顔を見る。
「真咲ちゃん、ごめんね」
カイロを斉藤に渡したことに対してのごめんねと思っていた真咲は云う。
「いーよっ! 別に」
しかし、そうじゃなかった。
ガンちゃんは真咲の手をひっぱる。
その動作にドキンとする。

「な……」
「あと一つの貴重なカイロは、オレと真咲ちゃんで共有」

そういって、ガンちゃんの制服のポケットに真咲の手を引き寄せた。
それを見た斉藤も目を見開く。
あまりのことにからかう言葉もでてこないようだ。

――――ナニー!! なんだっ――――!? 

ギュっとガンちゃんの制服のポケットの中で手を握られる。

「わあ、真咲ちゃん、あったかーい」
幼稚園児みたいに無邪気にガンちゃんが呟く。
「真咲ちゃん、子供体温?」
「照れてんでしょ、察してやりなよ、岩崎」

斉藤はそういって歩調を速めてさっさと前を歩いていく。
あまりにことに誰にナニを云えばいいのかわからなくなって、真咲は口をパクパクさせるが、冷たい風が口の中に入るので、口を閉じた。

振り解こうとすれば出来るけれど、真咲はそれをせずに、ガンちゃんと肩を並べて歩き出した。