4話 真咲サイズを測る




結局、手作り衣装反対派のおばちゃんは、あの後、自分の子供の手を引き、さっさと返ってしまった。
飯野君と光一と真咲、そしてガンちゃんは、例年のどんな感じでやってるのかビデオかアルバムがあれば見せてくださいと担任の橘先生にお願いすると、先生は教室に案内してくれた。
テーブルも椅子もちっちゃくて。自分たちもこんな小さな椅子に座っていたかと思うと今じゃ信じられないぐらいだった。
教室の後ろには、お遊戯会のデザイン画が張られていた。
デザイン画は全部で8点。
お姫様、蝶々、カエル、モグラ、ねずみ、ツバメ、妖精、王子。

「おやゆび姫?」

真咲が呟く。
「おお、よくわかったな鎌田」
「わかるでしょ、これは」
「そうなの! ももな! おひめさまなのっー!」
飯野君の妹が元気よく答える。
「しょっか、おひめちゃまか!」
「そうなのー!」
「鎌田、赤ちゃん言葉になってる……」
光一の言葉に、むっとして真咲は云う。
「いいじゃんよ」
「隣クラスは白雪姫みたいだぞ!」
ガンちゃんは隣のクラスを見てきたらしい。真咲もちらっと見た。
隣の教室の後ろみると同じ場所にデザイン画が展示されている。
どうみても7人の小人……と魔女と、王子と、森の動物たち王子、そしてお姫様……。
「その隣はアリスだった!」
「……」
先生達も、このお遊戯会には並々ならない気合があるようだ。
デザイン画を見るたびに、これは着ぐるみだろうというデザインがあったりするのだ。
「着ぐるみって……どうやって作る」
「し、調べるしかないよ」
「鎌田、調べられるか?」
「……女子だからって、お裁縫得意とかいうのは思い込みだよ、瀬田君」
「……期間ねえんだぞ」
「わかってるよ!」
「まあ、まあ、写真見ればいいってことよ」
ガンちゃんがノンキにそういう。
そして先生が大きなアルバムとスナップ写真を収めたポケットアルバムを持ってきた。

「これがさくら幼稚園ここニ、三年のお遊戯会衣装です」

お遊戯会の出しものボードを先生がかかげての集合写真を渡されて、パラパラっとアルバムを見る。
光一はそれをバタンと無言で閉じて、目でムリムリムリムリと訴えている。
「何閉じてんだよ、光ちゃん〜」

ガンちゃんはパラっと扉を開いて、アルバムに視線を落とす。
目を見開いて、息を飲む。
真咲もポケットアルバムの方を目を通して息が止まる。
「衣装をリサイクルでなんとかならないものかと言われたりしますが、子供がやりたい役と、それと合う衣装はなかなかリサイクルできないのです」
そう先生が説明する。

自分の親がつくるオーダーメードだから、当たり前なのだ。
ていうか、まじで先生のデザインどおりの衣装を着た子供たちが集合している過去のお遊戯会の写真。
確かにこれは伝統だと真咲は思った。
演目を終えて、満足そうな100%の笑顔が写真に残っている。
そりゃ、そんな笑顔になろう……ていうぐあいの親の手作り衣装である。

「オーダーメード一点モノってことは、サイズを測らないと駄目ってことだよな」

ガンちゃんはパタンとアルバムを閉じた。
「サイズ測る時間がなあ」
そうなのだ、幼稚園の就業時間と中学生の就業時間は違う。
授業を抜け出して、幼稚園児のサイズを測ることは無理だ。
「サイズ測定なら、やっておけるかも」
先生が言ってくれた。

「お願いします!」

ガンちゃんは即答する。
ガタっとちっさい椅子から立ち上がると、教室の後ろに掲示してたデザイン画を全部外す。
「何する気だ。ガン」
「コピーすんだ、えーとその前に、先生、配役、被ってるのあるよね、クラスは25人なのに、配役8だ」
「ええ、お姫様や主役は競争率高いから、例年、二人って決まってるの」

ドレスを二着は作るんだ!?
真咲はもう一度ポケットアルバムに視線を落とす。
確かに、配役が被っているし、姫役は2人だ。

「で、今年はどういう感じで分かれてるの?」

「えーと、まず、親指姫が2人」
「姫が二人なら、王子も2人だよな」
「王子一人だったら、ハーレムだよな」
真咲は光一の椅子を蹴る。光一はびっくりして、「おっかねえな」と呟く。
「したらモグラも2人よね」
「蝶々は4人」
「カエルは4人」
カエルは確か、親子で登場だから、その数なんだなと真咲は思う。
「ツバメは4人」
「ねずみは2人」
「で、あとは妖精です5人」

ガンちゃんは手の甲にボールペンで、配役の人数を書き写す。

姫2
王子2
モグラ2
ねずみ2
蝶4
カエル4
ツバメ4
妖精5


「職員室にコピー機あるんですよね?」
「ええ」
「借りていいですか?」
「いいわよ?」
「光ちゃん手伝って」
「おお」

デザイン画を全部かき集めて、職員室でコピーをしてくる。
合計25枚のコピーを終えて、お姫様のコピーの一枚に、用紙の上にひらがなで「いいのももな」と、書いた。
ついでにメジャーを借りてきたようで、ガンちゃんは、飯野君に桃菜ちゃんの身体のサイズの測定をする。
首周り、胸周り、ウエスト、腰、足の長さ、腕まわり、腕の長さ。
それを桃菜ちゃんの名前の書いたコピーにここは何センチ、ココは何センチと書き移していく。
これさえあれば、サイズと役割がわかるし名前もわかるし……


――――こんなのとっさに思いつくガンちゃんて、すごいかも!!


ガンちゃんの素早い行動に、真咲はただただ感心する。
先生もガンちゃんのやりたいことがわかったらしい。

「ツバメ役と、蝶々役と、カエル役の子たちが、今いるわ、お預かり教室で!」
「名前は? 先生、これに書いて!」
先生が名前を書き写すと、ガンちゃんを先頭に、みんなでお遊戯ホールの方へ走っていく。

「とりあえず、サイズだ。デザインとか縫製とかは、二の次だ! できることをまずやろうぜ」
「おう」


お遊戯ホールに入っていくと、まだまだお母さんのお迎えがきていない園児が大きなスポンジブロックで遊んでいたが、ガンちゃんに注目すると。みんな寄ってきた。

「わー! お兄ちゃんたちなにー!?」
「お名前。青木大河くん!」
「はい!」
名前を呼ばれた園児は条件反射で元気良く手を挙げて返事する。
「よし、鎌田さん、測れ!」
「はーい大河君、こっちきてくださーい」
さっき飯野君が桃菜ちゃんのサイズを計測したように、真咲も測っていく。
測りながら、それを口頭で復唱する。その復唱したサイズをガンちゃんはコピーしたデザイン画に書き写していく。

「カエルさん終了、次! 吉沢ほのかちゃん!」
「はあい!」

ぴょんと飛び跳ねて、ガンちゃんの前に立つ。女の子。

「ほのかちゃんはちょうちょうねー」
「うん! ほのか、きいろだいすき! もんきちょうなの!」

モンシロチョウだと親指姫の衣装とかぶるしな。
いや、姫だからピンクがいいのか? お姫様っぽく。
いやいや、配色とかデザインとかは二の次、二の次、まずサイズ!
真咲は内心そう思って、サクサクとサイズを測っていく。
そして最後。
ツバメ役の子のサイズを測ろうとするが、じっとしてくれない。
遊び相手と思って、ちょろちょろして、捕まえようとするとぱっと逃げる。
それをくりかえされるとイラっとくる。
「どうしよう、イライラする〜」
そう呟くと、ガンちゃんも光一もゲラゲラ笑う。
それにつられて、幼稚園児たちもゲラゲラ笑う。
「笑い事じゃないよっ!」
「浜野健太くんのは、なくていいね」
「?」
ちょろちょろしている健太はピタっと止まる。
「帰るか」
「測ったし」
ガンちゃんと光一がお遊戯室から帰ろうとすると、ちょろちょろとしたツバメ役。健太君は2人の制服の裾を握って、叫ぶ。


「おれもはかる〜」


その様子を見て、ガンちゃんは真咲に今だと目線で合図した。