3話 ガンちゃん交渉する




幼稚園の園舎って、こんなに小さかったっけ? と真咲は思った。
通り過ぎることは多々あれど、マジマジと中を見ることは久しくなかった幼稚園園舎そして園庭。
意外に小さい。
職員室で一騒動……もとい、家庭科室使用許可をもぎ取ったガンちゃんと一緒に、今度はさくら幼稚園に足を運んだ。
園舎の奥で子供達が遊んでいる姿が見える。
降園時に親が仕事でお迎えにくることができない園児が残っているらしい。
正面玄関で園長先生と思しき人物と、一人の保護者が立ち話をしていた。

「本当に、やらないといけないんですか? こっちも仕事を休めないんですよ! 時間が取れないんです!!」
「でも、うちの伝統ですから」
「よその子には作ってあげるっていうじゃないですか!!」
保護者の剣幕はなかなか迫力がある。
どうやら、この人物が、今回、飯野の妹のクラスに文句を言ってきた保護者らしい。
「それは仕方なくです! 飯野さんのところは事故で怪我をされているからっ……」
園長先生はガラスの引き戸を引いて、正面玄関に入ってきた飯野を初めとする中学生の三人を見て、視線をこちらにむける。園長の視線を見て、そのすごい剣幕で怒鳴っていた保護者もキツイ表情でこっちに注目した。

「こんにちは、園長先生」
「……飯野君」
「あの、橘先生お願いします」

飯野の言葉に、園長先生と一緒にいた親はピクリとコメカミにしわを寄せた。

 

ドアを開けた時に漏れ聞こえた会話の流れで、この人物が、お遊戯会のお洋服作成ボイコットを先導した人物であるのは、真咲だけではなく、ガンちゃんも、光一にも察しは着いた。
気の強そうな視線を飯野君に向けている。
大人からそういう敵視的な視線をむけられて、やっぱり身体は成長期だけど、心はまだまだお子ちゃまな中学生達は内心びくびくだ。

――――でも、ここに飯野君のファンの女子が数名いれば、このおばさんの眼光には太刀打ちできるかもしれない……。


飯野君のもてっぷりを理解している真咲は、このおばさんと、飯野君ファンのバトル状態を想像してみた。
確実にタメ張れるなと思う。
ニ、三分ぐらいはこの緊張が続いたのだろうか、程なくして飯野君の妹、桃菜ちゃんと、このボイコット首謀者のおばさんの子供が、担当の先生と一緒にやってきた。
さすがに担当の先生も、飯野君とおばさんの鉢合わせ状態に、胃の痛い状況。
でも、お迎えされてる子供、飯野君の妹とおばさんの息子は仲良く手をつないでる。

「とにかく、うちはできませんからっ! お遊戯会の衣装なんて!!」

おばさんが吐き捨てるように云う。
それを観ていた光一は眉間に皺を寄せた。


――――子供のいる前でやんなよ!!


もう顔面にその文句が浮かび上がってる。
ガンちゃんは飯野君の恐縮した顔と、光一の不機嫌にした顔と、困惑した先生の顔と、無邪気でキョトンとした子供の顔と、そして、冷静な状態で現場にいる真咲の顔を瞬時にさあっと見比べて、おばさんの前に進み出る。

 

「オレ達がやります!!」

 

おばさんが小馬鹿にしたような笑いをちょっとだけ浮かべて、ガンちゃんを見つめる。
園長先生と担任の先生が、ガンちゃんと飯野君を見比べた。

「オレ、梅の木中学の岩崎厳太郎です。飯野君の同級生です! 飯野君が今回のことで気にしてるっていうんで、クラスのみんなに声をかけて協力者を募りました」

園長先生も担任の先生もポカンとしてる。

「さくら幼稚園、きりん組のお遊戯会衣装を作るの、手伝います!!」

そういうと、先生の足元に立っていた二人の園児が顔を見合わせて両手をあげて万歳のポーズになる。

「うわああ! ほんとうに? ほんとうに? ももなたちのおいしょう、つくってくれるの? おにいちゃんほんとう?」
「ここにいるガンちゃんがみんなに呼びかけてくれたんだ」
「……がんちゃん」
「桃菜ちゃん、よろしくな」
「うん!」
「お、おれのも?」
おずおずと桃菜の隣に立つ男の子が言う。
「おう、きりん組さんの衣装は、オレ等で作るよ」

「へんなこと言わないで、できっこないでしょ?」

会話にそう水を差したのは、園長先生と話してたあのおばさんだ。
言葉の最後は鼻で笑うような口調だった。

「やりもしないで、ぎゃあぎゃあ云ってる人には一生できないでしょ」

かなりムカっとしながら真咲が云い捨てる。
ガンちゃんも光一も、飯野君も、真咲を見る。
気の強いフリをしながらも内心は超びびっていて実は怖かった。
大人相手に、こんな事を云うのは。
でも。
目の前にいる幼稚園児の男の子や飯野君の妹は、すごく楽しみで嬉しそうだった。
本当は親がやってあげればいいのに。
きっと喜ぶのに。
ガンちゃんが言いだして飛び上がらんばかりに笑顔になった男の子。
お母さんがやってあげるよって言ったら、本当に飛び上がって喜ぶに違いない。
目の前にいるおばさんはそれを理解していないみたいで、ちょっとムカついたのだ。
「飯野君のところは、母子家庭でお母さんが入院して大変だって聞いて、僕ら、手伝おうって話になったんです」

飯野君のところは母子家庭だと云う話は、おばさんもしらなかったらしくバツが悪いと思ったのか黙る。


「それに、オレらの学校でも月一でテーマを決めた自主体験カリキュラムに、今回のお手伝いをすることで女子や男子の技術家庭科のスキル向上というのを目的として取り組む事ができるかもしれないと思ったんですが、ダメですか?」


ガンちゃん上手い! 
真咲がガンちゃんに注目している理由。
学校のテストの成績はどうなのかわからないけれど、周囲に呼びかける力。
さっきの教室のメンバー募集の件でもそうだった。
ガンちゃんの口上はすごい。
これなら、親も先生も納得する理由だ。
園長先生と先生への交渉を任せた。


「今回だけ、材料費もそちらで決めていただいて徴収してもらって、オレ達はその枠で収めるってことで」


ガンちゃんの発言に、光一と真咲は顔を見合わせた。



――――ガンちゃん、すげえ、費用のことも忘れずに交渉しているよ!!



光一と真咲はそんな言葉を目で訴えた。
岩崎厳太郎、侮りがたし!
学年トップの成績を誇る光一が、そして、基本、事なかれ主義傍観者タイプの真咲が今回のガンの誘いに乗った理由がここにある。
岩崎厳太郎の、このキャラクター。
将来、コイツが政治家になるといったら、真咲は多分応援してもいい、というか私設秘書に名乗りをあげてもいい。
光一もそうかもしれないけれど、彼は公設秘書か、どちらかといえば官僚系だ。

「最低、生地代と交通費は協力してもらいたいんです」

どうするのよ、おばさん。
忙しいんだろもんね? でも金はかかるのは嫌で自分でやる? どうなの? 
飯野君はハラハラと、そして光一と真咲は興味津々で事の成り行きを見つめていた。

「確かに、それは……他のクラスでもやってることです」

担任の先生と、園長先生は、どうしようと顔を見合わせる。
多分幼稚園側は、これを許して来年もボイコットされたら堪らないと思っているのだ。

「今年、偶然、ウチの学校の自主カリキュラムとぶつかっただけってことで、どうでしょう? 来年は、あるかどうかわからないですし」

ガンちゃんあくまで、学校の関連は今年限りで、今年だけ特別だよと、という念を押す。だから来年は通常どおり保護者の手でやっていくように、園側で時間をかけて説得できるでしょうと……
そこへもう一人の先生が園長先生を呼び出した。
正面玄関から職員室へ、園長先生は移動して、職員室の電話にでた。
やはり保護者からで、この衣装作りボイコットの件に関してだった。
実は他の保護者からの助っ人を園長先生が断ったため、その怒りのクレームらしいのだ。ここで断ると、作成時間が少なくなってしまう。
助っ人を容認してくれという内容が、ガラスの小窓越しにも内容が丸聞こえだった。
園長先生は結局、善処しますといって、なんとか電話を切って、深い溜息をついた。

「先生、彼らに一任することを許可します」
「!」
「!」
「今年だけです!」
「もちろん、今年だけですよ、うちの学校も」

ガンちゃんはにっこりと笑った。