2話 ガンちゃんお願いしまくる




岩崎厳太郎。
このご時世、そして同年代の人間で、こんなに熱血系の男子に、鎌田真咲はお目にかかったことがない。
というか、あまりいないタイプだ。
しかし、普通これだけ熱い男は周りから引かれる要素があると思うのに、そうはならないのは……多分自分の為じゃなく、友達の為に動いているからだ。
だから人から好かれるのか……。
ガンちゃんのパフォーマンスにあっけにとられたクラス内だったけれど、声があがる。

「いいよ。ガンちゃん。あたしと美紀は手伝うよ」

「っ! マジで!?」

申告してきたのは、クラスでも地味めなグループに属する女子二名。友里と美紀だった。
たしか二人はビーズ手芸同好会のメンバーだ。
ビーズ手芸は本当にビーズだけ、専門のアクセサリーキットを個人負担で買ってきて、放課後保健室でチクチクやっているのを見たことがある。
保健の先生もビーズアクセを作るのが好きで顧問をしているのだ。
まあ手先は器用だろう。

「何人ぐらいいればいいんだ? お遊戯会っていつやるんだよ」

光一が突っ込む。

「本番が12月の18日なんだ」
「あと一週間ぐらいしかねえじゃねえか!」
「何人分の衣装作るんだよ! 一日一着じゃ間に合わないぞ!」
「それ、ムリムリムリ!!」
「無理だろ!」
教室内がざああと引く。
「ガンちゃん。さくら幼稚園ってさー、本番前に通し稽古すんだよ。一週間前ぐらいに。だいたいそこで手作り衣装を着せて、お母さんたちが微調整するんだって言ってたよ」
卒園者である太田さんが間延びした口調で発言する。
「じゃあ衣装合わせとっくに終ってんじゃね?」
「そうなんだけど。こままじゃ、保護者のゴタゴタを収束できるかどうかわかんないし。本番にさえ間に合えば……頼む〜みんなの力を貸してくれ〜」
オラに力を分けてくれ〜とどっかの漫画のキャラクターの台詞を吐きながら、手を合わせてみんなに頼み込む。
「みんなが手伝ってくれれば、オレに奇策があんだよ!」
多分幼稚園の一クラスってピンきりだけど二十人前後だろう。
その人数分の衣装を一体どうやってやる気だ?
「……いいぜ、手伝おう」
「光ちゃん……っ! ありがとう!!」

瀬田光一が手を上げた。
多分クラスで一番テストの成績のいい男子生徒だ。
彼はなぜか、ガンちゃんを気に入ってる。

「じゃあ、あたしも〜」
間延びする口調の太田さんも手をあげる。
「なあ、時間のあいてる時だけでいいの?」
すぐには答えられないんだと、いう生徒もちらほらいる。
興味はあるけれど、様子をみたいという生徒も。
真咲もその一人だったが、気持ちはなんかやってみたい気にはなっていた。

「いいよっ! その都度、手伝ってくれれば!! 強制じゃないし、でも、お礼はできないんで、ごめん。マジでボランティアだから」
ボランティアでそういうことをやろうと、クラスに声かけする、その度胸は、賞賛する。真咲は手をあげた。

「あたしもやる」
「鎌田さんも!! マジ? ありがてえー」

そんなこんなで、クラスの大半は時間の都合がよければ、この件に携わることとなったのだった。



 

話しがまとまったらすぐに、真咲と光一、ガンは、事の問題の当事者である飯野に話をつけることにした。

「崇行〜、うちのクラスの半分くらいは、OKとれたぞ〜!」

隣のクラスのドアを開けてそう云うと、学校の女子半分ぐらいは、ぽーっとなりそうな顔をしている飯野崇行に声をかけた。
「ほ、本当に?」
「おう。ちなみに、本日は光一と鎌田さんが詳しいこと聞きたいって」
「うん……」
その綺麗な顔を光一と真咲に向けた崇行は、躊躇いながら話し出した。

「だいたいガンから聞いたと思うけど、うちの妹が通っているのが、さくら幼稚園で、そこは毎年、クリスマスお遊戯会をきらきらプラネットホールで行われるんだ。さくら幼稚園の一大イベントと言ってもいい」
「それはガンから聞いた、親が手作りで衣装を作るんだってな」
「うん。それで多かれ少なかれ、この時期幼稚園に通わせている親は戦々恐々なんだけど、今年の春に転入してきた親がね、そういうことをするって知らなかったらしいんだ。『忙しいのに、出来る人に全部やってもらえないのか』って。毎年子供を通わせていた親も、なんかその迫力推されてね。極めつけが、オレんちの親が入院して、先生がそれを見かねて、衣装を作ろうかなんて発言したら……他の保護者からクレームがあがってさ」
「それで集団ボイコットかよ、親が……」
「年末だしね……イラッとしていたのもあるだろうけどさで、なんか騒ぎが大きくなって、先生も困って、桃菜も幼稚園行きづらくなってて……」
あったことはないが、この飯野崇行の妹であれば、そうとう可愛い幼稚園児には違いないと真咲は思う。
「オレもなんとかしたいんだけどさ、普段の生活をやっていくのに精一杯なんだ」
母子家庭で親が入院すれば、長男のこの崇行がいろいろと家事をやっていかなければならないのだ。
洗濯物を自分の箪笥にしまうだけでもめんどくさがる真咲にしてみれば、尊敬である。
「飯野君が家事とかしてんの?」
「まあ。母さんが仕事してるから、そういうのは普段からはやってるけれど、それにプラスして何かやれって云われたら、正直きつくて……」
「だよなあ」
「そしたら、ガンが、オレが声をかけてやるって」
ガンちゃん……いいヤツだ。
真咲はガンちゃんの背中を見て思った。
「学校終ったら。幼稚園にお迎えに行くんだって、なあ、暇なら行ってみない?」
ガンちゃんが提案する。
「毎年恒例のことなんだろ? 写真ぐらいは残ってるかもしれないじゃん」
「そうだよね、先生から通常どうやってお遊戯会の衣装を作ってるのか話を聞くのもいいかもしれないしね」
真咲が云うと、光一も頷く。
「そうだな時間ねえし、一連の作業進行の把握はしておきたいよな」
光一の言葉に、真咲は頷く。
「よかった〜、マジよかった〜光ちゃんと鎌田さんが参加してくれて!! 作業ももちろんそうだけど、スケジュール管理できそうな人材は必要だもん〜」
両手を組み合わせてお祈りのポーズをしているガンちゃんを見て、光一は眼鏡のブリッジを中指で押し上げる。
「ガン、おだてても、もう何もでねえぞ」
光一の呟きに、ガンちゃんはえへへへと照れたように笑った。
「じゃ、お迎えに行く前に、人員確保したんだから、次、行っとこうぜ」
笑顔のままガンちゃんは三人を見つめる。
「次って?」
「何?」


 

「場所の確保さあ」


 

ガンちゃんはとっとと廊下を歩き始めた。
真咲たちは首を傾げて、ガンちゃんの後をついていく。
彼が立ち止まりドアを開けたのは職員室だった。

「家庭科の佐々木先生はいますか?」

職員室の隅にいる眼鏡をかけて、小柄な女性教師が振り返る。
「はい?」
家庭科の佐々木先生だ。
ガンちゃんはあんまり面識なかったらしい。
つかつかと歩み寄って、ぺこりと頭を下げる。

 

「放課後、家庭科室の使用を許可してください! えーと多分、明日か明後日から、期間は一週間! 三日でもいいです!! お願いしまっす!」

 

真咲は口を開けて驚かずにはいられなかった。
さっき云ってたガンちゃんの奇策とはこれか?
ガンちゃんの云ってた場所確保。
中学校の家庭科室。
ミシンは10台前後はある……!
それをフル稼働させて、お遊戯会の衣装を作る気だ!!
だからさっきできるだけ人員を確保したのだ。

岩崎厳太郎。

その着眼点、発想力。おそるべし。
真咲は固唾を呑んで成り行きを見る。

「ナニに使うの?」

ガンちゃんは飯野君を指して、事の成り行きをだーっと先生にも説明する。
職員室にいる教員のほとんどが、ガンちゃんの発言を聞き入っていた。
「お願いします!! 三日! 三日でいいんです!!」
「何人ぐらいでやるの?」
「うちのクラスの半分は、手伝ってくれます! 先生は教室管理、監督だけでお手を煩わせることはしませんから!!」
「衣装だけか……技術室はいいのか? 岩崎」
技術科の畑野先生が尋ねる。
「大道具はどうするんだ?」
「大道具は幼稚園が使いまわしてるのを使用するそうです、な? 飯野?」
飯野君はコクンと頷く。


「お願いです! お願い〜!! 岩崎厳太郎一生のお願い〜!!」


「いいわ、わかった。許可します」
先生が云うと、ガンちゃんはよっしゃー! と職員室でガッツポーズをとったのだった。