Extra ラスト・ゲーム 7回裏




7回裏。
最後の守りがこんなに混戦するなんて誰も想像していなかった。
下位打線は、きっちり抑えてきたトーキチだったが、ここにきて散々走らされて、スタミナ切れを狙われた。そしてとうとうデットボールを出してしまう。
代走にアローズの俊足を誇る選手が入る。
その代走のせいで、この回はもう当たることはないと思っていた4番と当たる羽目になっていた。
4番がネクストサークルにはいってくる。
現在ワンナウト満塁だ。
ヒデは舌打ちしたい気持ちだった。

――――ああもう、チックショー。いや、ダメだオレがキレてどうするよ。

マウンドに立つトーキチは相変わらずクールフェイスだ。
ファールが続き、おまけにピッチャー狙いで打ってくる。
内野手もみんなフォローしてるが、スタミナの消耗は激しい。

アローズは打つ気なのか、2、3度軽くスウィングしてから、バッターボックスに入ってきた。
トーキチは投げる。
初球カーブそのボールを狙っていたように、バットを水平に下ろして投げるようにスライドさせる。

――――スクイズ!?

しかし、相手の行動を読んでいたのはトーキチだった。
投げ終わって、すぐに前進して捕球の体勢に入っていた。

ワンナウト満塁。後ろには4番。
内野陣は打ってくるだろうと思っていた。
しかしあくまで確実にを狙ったのか、トーキチのスタミナを削ぐことを優先したのかわからないけれど、相手はスクイズ。
トーキチはそれを読んでいた。

「ヒデ!!」

ダッシュして捕球したボールをホームにいるヒデに投げてよこした。
ランナーが土煙を上げてホームへ滑り込んでくる。
ホームの周辺は土埃が舞ってヒデとランナーを包み込んだ。
グラウンドにいる誰もが注目する。
ゆっくりと土煙が掻き消えて――――。


「――――アウト!!」

ベースに届かず、ヒデにブロックされたランナーが悔しそうに、「ああ!」と叫び地面を叩く。
トーキチはマウンドに戻って、ヒデを見つめる。

――――怪我してないよな……ヒデ。

そんな心配を押しつぶすように、バッターボックスにはいってきたのは、アローズの4番打者だった。

「タイム!!」
ヒデがタイムをかけてマウンドに近づく。


「投げられるか? トーキチ」
「当たり前だ! ここで逃げてどーすんの!」
「だけどな、トーキチ!」
「トーキチ云うなよ、でかい声で」
「結構粘られてるだろ、この打席、何球目だ?これでトータル」
「75球」

ヒデは眉間に皺を寄せる。

――――嘘をつけ、80球超えてんだよ。

「……スタミナ限界だろーが」

リトルは投げる上限は80球が基本だ。
ファーストの岡野が、まあまあとヒデとトーキチを宥める。
そこへ、控えピッチャーの三倉がやってくる。
グラブは持ってない。監督はこのままトーキチに任せる気だ。
内野の連中に、勝ってもんじゃ食べようなんてトーキチはモチベーションを上げる。
ヒデもみんなも守備につこうとマウンドから離れる。
「ヒデ」
トーキチがヒデを呼びとめる。
「最後だ。抑えるから、絶対受け取れ」
ヒデはトーキチを見て頷く。
「あとワンナウト! しまっていこうぜ!!」

二死満塁。向えるバッターは4番。
アローズさっきから何球もいい飛距離でファールを上げている。
三塁ランナーはまた足が速い。いつホームに突っ込んできてもおかしくない。
さっきの代走ランナーがアローズで一番なら、二番目ぐらには早いはずだ。
トーキチもそれはわかっている。が、こんな時でも、マウンドに立つトーキチは怯まな
さっきの打席の時、トーキチ得意のスローカーブはタイミングを計られていた。
だから……打ちあがっていた。
ヒデの出すサインは――――。

直球ど真ん中だ。

ヒデの出したサインを見て、表情一つ変えない。

「ストライク!」

審判の声がグラウンドに響き渡る。
「うたせてけー!」
「こっちこーい!」
野手のみんなが声をかけてくる。

――――ストライクが決まった。あと二つだ。あと二つで終わる。一球入魂で投げる!

「ツーストライック!」

祈るようにして投げたトーキチのボールは、パシィンとヒデのミットに収まる。

――――ヒデの指示通りのコースで、ストレートで投げてきた。最後のサイン、何が出ても迷わない、ヒデが出す最後のサインなら。精一杯投げるだけ。

最後もストレートだった。

バッターが思いっきりスイングする。
パシイィンとオレのミットにボールが届く。
空振り三振!!


「ストライク! バッターアウト! ゲームセット!!」


野手がトーキチの背中をバンバン叩く。
「やった、やった、トーキチすげえ! 最後粘ったなあ! 三振だ!!」
「偉い!」
ヒデとバッターが何か話して、握手をしている。
審判が声を上げる。
「全員整列!」
道具をそれぞれベンチ近くに投げて、感動の余韻をまだどこかに残しつつ、ホームベースを挟んで一列に並ぶ。
「3対2で梅の木ファイターズの勝利! 一同礼!」

『有難うございました!!!』

全員が45度に身体を曲げて、帽子を外してフカブカと一礼する。
帽子を被りなおす。


「トーキチ」
「……ヒデ」
「勝利投手じゃん」
「ヒデのリードが想いの外よかった」

――――そんな言葉じゃなくて、他にもっとたくさん伝えたい言葉ある。

「なんだよ、それ」
「褒めてんの、ヒデ……」
「あ?」
「ありがとう」

――――ありがとう。ヒデ。

この時。
トーキチが、ヒデにかけたい言葉は、たくさんあった。
でもたくさんありすぎて、何を言っていいかさえわからなくなってきていた。
勝ったことも、終わったことも、一度に実感しているせいだったと思う。
思わず泣きそうにすらなった。
涙を堪えて、伝える言葉は、これしか云えなかった……。

――――ありがとう。